不意
葵が帰って乙鬼サマもどこかへ行ってしまった。お腹もいっぱいになり、木の根元に寝転がった。こんな所を見られたら、汚いだの何だの言われそうだ。そうはいってももう慣れてしまっているのだから気にはならない。
ゴツゴツしたところに寝転がる自分も謎だけれど、扉もすっかり新しくなった室内にポツンと眠るよりは、外にいるほうが少しだけ落ち着いた。
近くで小鳥が鳴いている。なんというか、歌ってるみたいだ。聞いたことのない鳴き声のその鳥を探すが、その姿はどこにもない。きっと妖なのだろうと目を瞑って耳だけで聞いてみた。風に揺られて木々がさわさわと静かに音をならしている。
すっかりリラックスして、眠たくなってきたときだった。耳に意識を集中させていたため、普通は気づかない何者かの気配を察知した。ハッと目を開けて起き上がる。砂利を踏む重い足取りと、低い息づかいが聞こえる。
どうしようか。今、乙鬼サマも葵もいないんだ。暇だからと翠あたりが遊びにきたのかと一瞬思ったが、こんなに野太い息遣いは知らない。しかも山に生まれ育ったから当然山道に慣れているはずの妖怪が、そこまで疲れるとはいったい何をしていたのか。
息を潜めて荒い息遣いのする方の様子をうかがう。気配の消し方とか乙鬼サマに習っておけばよかった。ガサガサと草むらが揺れ、ついにお出ましか!と揺れる其処を凝視した。
「はあ…はあ……人の子…!!ようやく見つけたぞ!」
「きゃああーーッ………ってなんだ。目玉か。こんなところに何の用?え、もしかしてまた呼び出し?」
「おい、小娘!俺は……此処に立ち入るなと……言わ、なかったか?よもや忘れたなど言わんだ…ろうな……。」
ゼハゼハと息を切らしながら殺気を放つ目玉の背中を、ふとさすってやりたくなった。なんかかわいそう。
まあそれはさておき、この目玉が怒るのは分かる。以前この乙鬼サマの住処に入ろうとする所を目撃されてしまっているからだ。ただ、あの時は、乙鬼サマの家だと知らずに入ろうとしてしまったと勘違いしてくれたので、近づかないほうがいいぞと言われただけで見逃された。
だが、もうここは龍華サマの僕としては危険なところだと知っているのにもかかわらず、その正面の木のしたでお昼寝しようとしている所を見られたのだ。大分まずい状況だ。
「あ…ああえっと今ね、奇襲をかけようと思ったんだけど…いなかったみたいなの。だから待ち伏せしてただけよ!」
ほっほっほと笑いながら適当な嘘八百を並べ立てる。百歩譲って「奇襲」まではいいとして……待ち伏せはおかしい。待ち伏せるまえに乙鬼サマが先にこちらに気づくだろう。
いや、私そんなこともわからないバカじゃないわ!でもそれしか思いつかなかったんだもの。もっとそれらしい言い訳が瞬時に出てこない自分めがかわいそう。
でも、もっと悲しくなったのはその直後。
「フンッ貴様如きが奇襲だと?笑わせるな!救いようのない馬鹿め。」
「……!!!!」
ドスっと胸に大打撃が…というか心に衝撃がきた。まさかこんな山道一つ満足に歩けない真っ青な腑抜けに…目玉の部分しか栄養のない無価値な妖怪に…髪の毛も生えてないのに…!!!!
「おい。小娘が!!髪の毛は余計だこの野郎!!」
「ぎゃあっ!!目が充血しててきもい!!!」
あ。勢い余ってはっきり言ってしまった。目玉はフリーズしている。むこうも私と同じように傷ついたらしい。じゃあもう打ちのめされたってことで帰ってくれないかな。
「……ッ龍華様がお呼びだ。」
「あ…うん。なんか…ごめんね?」
敵の妖怪に何故謝らなければならないのか。それはこの目玉の妖怪がひどくショックをうけて大きな口がプルプルと震えていたからだ。
思わず笑ってしまいそうになったのは内緒。しかも、なんだかんだで私の言った無茶な言い訳も信じてるみたいだし。つまりこいつも馬鹿だった。馬鹿にバカと言われるとは、失礼しちゃう。
だが敵を慰めてる場合ではない。これから龍華サマに会いに行かなくてはならないから、気を引き締めなくては。彼女はなかなか鋭いので、その場しのぎの嘘だとバレたときが恐ろしい。着くまでにいろいろ考えればいいか。
「着いたぞ。」
「早い!!!!」
なんだよこの歩き始めて即着いたとか!え、何なの?目玉。お前めちゃくちゃ息切れしてたよね。それはそれは遠くから長々と探してようやく見つけました的なあのゼハゼハは演技!?
という疑問を言葉にしている暇もなく、彼女は現れてしまった。全身に緊張がはしり、その威圧感に背筋が震えた。
「……龍華サマ?」
―――どうしたんですか。と、そう声に出したはずだったのに、自分の声が聞こえなかった。目の前いっぱいに龍華サマの顔がある。彼女のドス黒い瘴気で口元
を掴まれてしまったためだ。
いつもの美しい顔は、右半分が今にも龍となりはててしまいそうに鱗が出てきている。その金色の右目と目が合うと、そのまま食い殺されるのではないかと錯覚した。
それは本当かもしれない。突進された勢いのまま、巳弥は後ろに倒れこんだ。そこに瘴気に覆われた龍華が巳弥の上に覆いかぶさる。
「んんんっ!!」
口元から押さえつけられているため話すことができない。しかも顔がつぶれそうなほど痛い。いったい何がしたいんだと必死に暴れた。すると、慌てたように目玉の妖がまるで我を忘れたかのような龍華サマに話しかけた。
「龍華様!!お気をたしかに!!小娘をつれてきました」
「ぐ…っう…ッハァ…」
ふっと力が緩んだ瞬間を狙って即座に瘴気から抜け出した。突然殺されそうになるとは思わなかったので、動揺が隠せない。
乙鬼サマ達と仲良くしているところを見られたのだろうか。……いや、でも今は感じではない。何か…自分自身と戦っているというか、乗っ取られそうなのを耐えているような感じだ。
だがそれもおかしな話だ。彼女はもともと龍で、乙鬼サマですら鬱陶しがるくらいには強く、人の形をとることができる上級妖怪だ。
もしかして、人の姿には収まりきらないくらいの妖力があるとか?
「ね、ねえ…目玉。どうしたの?龍華サマ……これから脱皮するとか?ついに龍になりますってパターン?それ絶対この山ごとなくなっちゃう気がする……。」
「いや、おそらく……。力を抑えるため、器にした死体が何かの影響で騒いでるのだろう。」




