死亡フラグ
枝の上に器用に乗って顔を上げれば頼りないほど青く透けた、無限の天空が広がっている。まだ春寒の残っている冷ややかな空気の中には芽や花のにおいが交じっているが、この桜の木は咲き急いで満開だ。というか年中満開なので散っても散っても花がなくなることはない。
としたら、500年間散り続ける花弁は何処へかと思って地面を見下ろすと、木を覆う妖気の外に出た花弁は水蒸気のように消えてしまった。
それもそうか、此処はそもそも姿を木に見せただけの、ただの妖気の塊なのだから。
木から飛び降りると、その小さな衝撃で地面の桜の花弁が、軽やかに飛び上がった。土の上に絨毯を敷いたような桜の花弁を両手で救い、頭上でふわりと両手を広げれば、散った桜が再び咲き乱れているように美しく、儚かった。
先日、木の下の土を掘って、自分の携帯電話が出てきた。もしかしたら、他のも何か出てくるかもしれない。と何とはなしに掘り返してみた。
携帯を見つけたときは、ただ土を被せているだけのように埋まっていたので、きっと何かあるなら浅い場所にある。
彫ってみようと思ったのは、特に何もすることがないというただの暇つぶしに過ぎなかった。だからまさか、本当に出てくるとは、思いもしなかった。
「……アルバム?」
なんだろう。土を簡単に払うと、中をぱらぱらとめくってみる。アルバムの半分ほどに写真が入っていた。
そして、中を見て私は唖然と言葉が出てこない口をパクパクと動かした。
「ほぼ乙鬼サマじゃんこれ!!何これ!?」
え、これ私のアルバムでしょ。で、カメラから出てきた写真で……。撮ったの私だよね。え、何なに!?ストーカー?私、長のストーカー!?
一枚一枚、食い入るように見てみると、彼が眠っている瞬間だとか、こちらには明らかに気づいていない瞬間しか撮られていない。明らかに隠し撮りじゃんかよ。
「この男の子、誰だろ…。」
所々には謎の男の子、小学生ぐらいの少年と一緒に移っている私が数枚。これは別の誰かに頼んで撮ってもらったようだ。少年は、どれも無表情だ。何処ぞのお貴族様という格好に、乙鬼サマや、葵達と同じ雰囲気を感じる。
そこからぱらぱらとめくってみても、もう写真はない。しかし、一番最後のページに一枚写真が入っていた。
そこには唯一カメラ目線の乙鬼サマが、私と一緒に写っていた。彼もまた無表情。
なんなんだこのアルバム。無表情しかいない。だいたい撮ってから500年も経つのに、このアルバムは普通に撮ったばかりのように真新しい。
私のスマホも、落としたりしたのか傷ついてはいたけど、普通に電源入るし綺麗なまま。
此処で500年抜け殻として眠っていた私自身、骨と化しているのが普通なのに、そのまま。
「そのまま……。何で血まみれで死んだんだろう私。」
制服はもはやボロボロで茶色くなった血痕がすごかったのに、自分自身の傷は治っている。それもこの木の力のせいなのか。
ここだけ時間が止まってるのか。
アルバムをぱらぱらとめくってそんなこを考えていたとき、真横から声がかけられた。
「おー巳弥、何してんだ?」
「葵……あ!ちょうどいいところに。このアルバムなんだけど……。」
「アルバム?……あーそれか。ってかお前、どんだけ土掘ってんだよ!動物じゃあるまいし…汚ねえな!ちゃんと戻しとけよ。」
葵の言葉は右から左へ受け流すと、持っていたアルバムを開いて気になる写真を指差して聞いてみた。
「この男の子だれ?私と写ってるから知り合い?」
「……あ、あぁ。そうだな。仲良しだった。」
「へえ。名前は?」
「………ガキンチョ」
目を逸らしながらポツリと葵は呟いた。なんでそんなに言いづらそうなの?
ていうかガキンチョってそのままじゃん。
「ガキンチョ?それ名前!?ガキ・ンチョとか?え、外国人…?」
「なんだその奇妙な名前は。『ガキ・ンチョ』なんて変なところで区切るな。」
じゃあ本当の名前教えてよ!!といってみるが、何故か教えてくれない。ブツブツと何かを考えている。
「いや、こいつは今も変わらずどうせ馬鹿だから言っても別に…」とかかなり失礼なことをぬかしてくれている。殴ろうかな。
もういいや、乙鬼サマとセットのアルバムだし、もしかしたらこのガキ・ンチョのこと知ってるかもしれないから聞いてみよう。
思い立ったらすぐ行動。未だにブツブツと何かと葛藤するように悩んでいる葵をスルーして横を通り過ぎ、白蛇ナビを起動して乙鬼の家に向かった。
彼の住処であるはずなのに、なかなか中にいることはない。いつも外出中のようで、留守だった。しかし、私がぶっ壊した戸は元に戻されていて今度は壊さないように中に入ろうとした。
「おい、お前。そこで何をしている。」
「え?………げっ」
背後で声をかけられた。戸にかけた手を離し、すぐに後ろを振り返ると、そこにいたのは目玉。
顔に1つだけしかなく、大きくある目玉がチャームポイントのこいつは、龍華サマの僕だ。この間は、全身紫の細い妖怪と一緒に私を攫って供物にしようとした妖怪二匹だが、今日は一人でいるようだ。
「あ、ああ!目玉じゃん。どうしたの?」
「そこに何の用だ。」
ま、まずい。これはまずい。長と敵対するこいつらに、これから長の部屋に入るよーなんて口が裂けてもいえるわけない。
仮にも、龍華サマには私自身、僕と言われているのだ。これはかなりの裏切りで目玉が龍華サマに報告したら終わる。私の人生おわる。死亡フラグ
「あーなんで?空き巣だから此処を寝床にしようと思ったんだけど、もう住んでるの?」
寝床にしようとしているのは間違いない。とりあえず、此処が長の家であることは全力で知らないフリをしてごまかす。
大きな目玉がこちらを見透かすように睨み付けてくるが、やがて忠告するように話し始めた。
「そこは忌々しい、龍華様の敵である乙鬼の住処だ。お前は奴に顔を既に知られているんだろう。龍華様と共に居るところも見られたと聞く。そこを寝床にするのは勝手だが、間違いなく死ぬだろうな。」
「あ、ありがと。」
疑ってはいるようだが、それでも何も知らないという私にそこまで忠告してくれるなんて意外と親切な奴だ。
実は此処出入り自由なのです、なんていえるわけないので「忠告ありがとう」と言ておくと、目玉は無言で木に紛れるように消えてしまった。
「……び、っくりした…。」
龍華様に報告しませんように!頼むよ目玉!
何とかごまかせはしたようなので、その場にへたり込む。
閉まった戸に凭れて、大きく息を吐きながら正面にある木に目を向けた。ただ、なんとなく正面を見ただけだったが、その木から目を離せなくなってしまう。
「………げっ」
本日二度目の「げ。」もっと周りを警戒しなくてはと痛感した瞬間だ。ふと目をむけた木には、優雅に幹に凭れて座る乙鬼サマの姿が。
存在感なかったんだけど!いや、こんな目立つのいたら気づかないわけないけども!どうせ気配消したりしてたんでしょうよ全くもう!
心とは裏腹に、引きつっていく顔を無理矢理微笑ませて「ごきげんよう~」と小さく手を振ってみるが、冷めた彼の瞳に相殺された。怖い。
「やはり、あの小物は龍の手下か。始末しておけばよかったな。」
「い、乙鬼サマ…?」
声はいつもどおり落ち着いた声色だったので、少しだけ安心する。言動はそうでもなかったが。
「ずっと此処をうろついて探っていた。始末しようかと思ったところにお前が来た。」
「そ、そうなんだ。」
自分も人のことは言えないが、それだけうろついておいて、此処にごくごく普通にいる乙鬼サマの存在に全く気づかなかった目玉は結構馬鹿だな。いや、うん。私もね。はは
「お前は、あまりうろつくな。」
「そ、そうします。」
いやいや、私何しに来たんだ。アルバムで聞きたいことがあるんじゃん。
ちょっと気まずい空気にはなったが、気になるので聞いてみることにする。
しかし、隠し撮りした乙鬼は何故か見せるのはまずいと思った。もしかしたらもうばれてるのかもしれないが、一応隠しておこうと、一枚だけを取り出して、後は服のポケットにしまった。
「あ、乙鬼サマ。この写真見てほしいんだけど……。」
「……何だ。」
優雅に寛いでいた彼は一瞬にして目の前に下りてきていた。瞬間移動怖い。
驚いて一歩下がってしまったが、彼は気にせず、手に持っている写真を取り上げて見つめた。
「そ、その写真の男の子って誰?」
「………。」
聞いてみたが、だんまりだった。なんだろう葵も、乙鬼サマも教えてくれないのか。いや、知らないのかもしれないけど。「名前知らない?」と聞いてみると、写真を見ながら、静かに彼は「ガキンチョ」と呟いた。
「ええ!?本当にガキ・ンチョ!?外国人!?」
「発音を変えるな。お前は、そう呼んでいた。」
ああ、そういうことか、なるほどー。名前で呼んであければいいのに私ってば。
「じゃあ、この少年の本当の名前知ってたりする?」
何となくしってるような気がするので、聞いてみると、ずっと写真を見つめていた彼が、こちらをじっと見つめてきた。
な、なんだよ。聞いちゃだめなのかな。別にそこまで気になることじゃないから別にいいけど…。
まるで試すようにこちらを見つめる彼は、ようやく口を動かした。
「乙鬼。」
「ん?」
確かに今、乙鬼といった。え、今更自己紹介?いやでもこの男の子の名前聞いたんだし、ってことはこの子乙鬼っていうんだ。
目をぱちくりとさせて考えてみるが、乙鬼サマはこちらの反応を凝視している。ただ、じっとこちらを見ているだけ。
え何、ジョークなの?と聞いてみたくなったけど、真剣なのでそうではないのだと感じた。
「あ、乙鬼サマと名前一緒なんだ。すごい偶然だね。ってことはこのアルバムは乙鬼集…!なるほど私考えたな!!」
「……。」
一人小さな感動をしていると、はあ…。と目の前でため息をつかれてしまった。ため息に混じって、ほっと息をついているようにも見える。が顔は呆れていた。
「どうしたの?」
「相変わらずのようで安心した。」
「え」
何のことなのか分からない私は、きっと馬鹿なんだと思う。だからきっと、彼は相変わらず馬鹿だと、言いたいのかもしれない。




