葛藤
逃げ出したい。今すぐに。
思い出しても絶対知らないフリすれば問題ないんだろうけど。まあそれは思い出したとき考えればいいや。
今は森の中を迂闊に動いて回れない。ちょっと狂った龍華サマに何いわれるか分かったもんじゃない。面倒くさいのが本音。
白蛇もまったりと眠ってしまっている。起こすのもどうかと思うし乙鬼サマもいなくなったからわざわざ急いで逃げ…出て行くこともないよね。
そう考えていると、既に壊れて外が丸見えの戸の向こうから足音がひとつ。砂利の音が小さくなった。
此処に来るまでの足音がまるでなかったので、飛んできたのだと分かる。すぐに戸のほうに視線をおくると、そこにはポカンとした顔の葵が突っ立っていた。
「あー、葵。どしたの?」
「お、お前なんで此処にいるんだ?もしかして思い出したのか」
「いや、千世さんから此処に泊まればって言われて」
「い、乙鬼様は知ってんのか!?」
「うん、さっき出てったよ。」
そういうと、どこか落ち着いた顔をして中に入ってきた。龍華サマと一緒にいるところを見てから会うのは初めてなので、きっとまた質問攻めかあ…と思った。予想通りすぐにその話題になり、乙鬼サマに話したことと同じことを繰りかえした。
なぜ最初から相談していなかったんだと怒られたが、そもそも龍が危険と聞いてただけだし、龍華サマがまさかそれだなんてそこまで考えていなかったのだから仕方ない。
そう口を尖らせて反抗すると、葵は呆れた息を出した。
「あーっくそ!面倒くせえな…。仕方ねえ……巳弥、お前じゃあの龍は倒すなんざ無理だ。死なないように適当に従っとけよな。」
極力会わないように、桜の木に行ったらすぐに此処に戻ってこい。と葵は言った。
「え、従うの?」
「ったりめえだろうが!逆らったら死ぬぞ。無茶振りしてくるだろうが、出来るだけ従っとけ。そうすりゃ喰われたりはしないだろうからな。」
つまり龍華サマのいった命は従えってことでしょ。分かってるよ。でもさでもさ本当に従ったらヤバいよね。だってさー
「乙鬼サマの骸を御所望なんだってー」
「………。」
「巳弥。」
「なんでしょう葵さん」
「あの龍殺して来い頼む。」
「はい無理ー」
そんなこんなでころりと態度を変えた葵はさわやかな笑みを浮かべて、「従わなくていい」と言ったきり去っていった。
恐らく此処へ来た本来の目的である主の元へ駆けていったはずだ。
あれ、でももし葵がそれ報告したらまずくない?大丈夫かな。仲良しなら殺したりしないよね……。
いやいやでも、逃がさないとか危ない発言してたし、元々殺すつもりならその時期早まったりするかもしれない。
「や、やっぱもう帰ろうかな……逃げよう。」
ふりだしに戻る。




