長旅
「ミツさーん!ただいま帰りました!!」
「お帰り、宿に泊まったんだね。」
「はい、半額にしてもらいました!」
いつものようにミツさんは心配しながら帰りを待っていてくれた。やっぱりミツさんのつくるご飯が一番おいしい。
ガキンチョには会えたかと聞かれたので、夜はその話で盛り上がった。汚れた制服も洗っておいてくれるらしい。
「ミツさん突然なんですけど、明日ガキンチョと温泉に行きたいんです。一週間くらい帰って来れなくなると思うんですが、行ってもいいですか…?」
「温泉…?!巳弥、それは危ないだろ。やめときなさい」
当然驚かれて却下されてしまったが、私はめげたりしない!!絶対行く!!広いお風呂入りたい!!
あきらめずにミツさんを説得していたら、しぶしぶ折れてくれた。
「あの山はまあね…確かに人は入れるが…。」
「なら…!!」
「妖怪が全く出ないという保障はない。危ないと思ったら、すぐ戻って来なさい」
「ありがとうございます!」
その山道の地図を大まかに書いてもらい、明日の準備を始める。遭難しないように二人分の食糧と、お金、着替えを学校カバンに入れてくれた。
制服もすぐに洗ってくれたので、明日の朝には乾くだろうと言ってくれた。
明日は早起きしなくては。早く寝ようと横になるが、遠足気分でなかなか寝付けなかった。
眠りにつくのに時間がかかり、朝起きるのが辛かった。しかし、ガバッと起きて身支度をする。それに気づいたミツさんも起きて支度を手伝ってくれた。
そして私はガキンチョの待つ都へと歩き出した。ミツさんは私が見えなくなるまで見送ってくれた。
「ガキンチョお待たせー!!」
本当に待たされたな、という嫌味を早々あびせられたが聞かなかったことにして二人で長い長い道のりを歩き出す。
「それよりお前、道は分かるのか?」
「大丈夫!なんとなくで地図かいてもらったから!」
「……当にならんな。」
「んもー!噂によると山上ってれば、案内してくれる人が立ってるんだって!」
「そいつが人ならいいがな。」
「え?もうー何物騒なこと言ってんの?妖怪が道教えてくれるわけないじゃん!」
「お前はもう少し周りを疑え」
そんな話をしながら歩いていると、すっかり人が通らない道へ来た。村から都へ行く時の道も人は一切通らないが、もう何度も通っているために慣れている。しかし初めて通る道は全然分からない上に少し怖い。右側にずっと続く林から突然何かが襲ってきそうだ。そうなれば林側を歩くガキンチョが一番先に襲われてしまうと思い、会話をしながらさりげなくガキンチョの右側へ移動した。
「…お人よしな奴め。心配しなくても何がきても俺は負けない。それともただの死にたがりか?」
「ちびのくせに!一言余分なのよ全く!…それにしてもガキンチョ、荷物少なすぎない?」
「俺は別に温泉など入らなくてもいいからな。いつでも入れる。」
「あぁ、おぼっちゃんだっけ。なのに着いてきてくれたの?優しいね!」
「全くだ。貴様に死なれてはリンゴが食えない。」
「それくらいいつでも食べれるでしょうが…。素直じゃないんだから!」
そういえば、今日のリンゴ。と言いながら、ガキンチョにリンゴを渡した。美味しそうにかぶりつく姿だけは少年のようだ。まぁ、少年なんだけど、貴族育ちのせいか、妙にに大人な話し方をする。少年とはまるで思えない。
特に、私を馬鹿にするところとか、私を馬鹿にするところか、わた…
とにかく、もう少し苦労して育たなくては。ガキンチョの歳なら、まだいくらでも性格は変えられる。
まぁ、そのうち親もしつけ方を改めるんじゃないだろうかと半ば願望を込める。
「そういえばさ、あんた親の許可はもらったの?そんなに小さいのに、親心配するでしょ。よく行かせてくれたわね。」
「フンッその必要はない。俺が支配しているからな。俺がいない間に好き勝手しなければいいが…。」
耳を疑ってもう一度聞き返してしまった。見事無視されたが、一応しっかり聞いていた。ガキンチョが一家を支配しているなどという発言が聞き間違いでなければ。
「可哀想に…あんたの親は…育て方を間違えたみたいね…。いやでも逆にすごいわ!この歳でここまで傲慢な子に育て上げるなんて!きっとあえてこうやって育てたのかな??」
「お前にいわれたくない。そこまで阿呆に育てられて哀れだが、ある意味では希少だな。誇るがいい。」
この子はいったいどこまで煽れば気が済むのかというくらい惜しみなく喧嘩を吹っかけてくる。
「このくそがきーーー!!」
すぐムキになるところは直したほうがいいだろうな。ボソリと呟かれた言葉もしっかりと聞いた。殴りたい衝動でこぶしを握りしめたが、ここは大人の対応をしなくては。
「我慢するのよ巳弥。私は心が広い子なの!慈悲深い心優しい女の子よ…。さぁ!深呼吸だ!ひっひっふー。よし、仲直りしようではないか!」
バッと手を差し出して仲直りの握手をもとめたが。手にのせられたのはガキンチョの手ではなく、芋虫だった。
「芋おおお!!?虫いいい!!!!ぎゃあああ!!!」
その芋虫をそのままガキンチョの後頭部に投げつけたが、後ろに目でもついてるのか、それとも予想していたのか軽く避けられてしまった。
「芋虫ぐらいでギャーギャー喚くな。」
「…もう、リンゴ…あげないわよ!!」
無反応だったが、確かに反応したのを私は見逃さなかった。言い返しても返り討ちに会っていたが、ガキンチョの意外な弱みを握れた。
それから、あまり話さずに山道を登って行った。
外はすっかり暗くなっている。わりと早いペースだが、今日はそろそろこの辺りで野宿しなくては。ミツさんが、山には人が住んでいない空き家が所々にあるそうだ。きっと、森の山道は妖怪がよく出没するということで引っ越したのだろう。ミツさんの話を頼りに山を登っていると、古くなった小さな小屋があった。疲れたし眠れれば問題ない。ここで一晩寝ようとガキンチョに言って、人がいないことを確認してから入った。
「ふあぁー…疲れたね…。」
ガキンチョの反応がないのでそちらを見てみたが、相変わらず澄ました顔をしていた。いくら運動できてもこれだけ歩けばさすがにダルそうな顔をしてもいいくらなのに。もしかして山登りには慣れているのだろうか。山に住むのは妖怪くらいだからそれはないか。きっとそういう育て方をされているんだと勝手に結論づけた。
「汚い所だな。こんな所で寝れるのか?」
「私どこでも寝れるもの。大丈夫だよ、ちゃんと布敷いたから、服も汚れないよ」
いそいそと寝る準備をしてもう一つの布を掛け布団代わりにして横になる。その掛け布団を開いて「ここにおいでガキンチョ~」といいながら、布団をポンポンとたたく。するとガキンチョは、みるみるうちに不機嫌な顔になった。
「おい。何故貴様と一緒に寝なきゃならない。俺は外でいい、木の上で構わない。お前は虫すらも怖がるような虫けら以下だから俺が見張っておいてやる」といいながら出て行こうとするのを無理やりひっぱって布団の中に押し込めた。
ものすごく暴れていたが、この山は決して安心とは限らない。このボロい小屋だって安全ではないが、自分たちの存在を隠さなくてわ。堂々と木になんて登られては危険すぎる。だいたい貴族のおぼっちゃまが木登りなど、この子の親や世話係は何をしているのか。もっと上品な生活をしなくてわ。
埋もれた布から顔をだし、むすっとした顔で大人しく隣で寝ることにしたらしい。初めからそうしていればいいのに。
「俺にこんなことをする命知らずな小娘は、生きてきた中でお前1人だ。」
「ふふっ。まだ8才くらいのチビッ子のくせに達者な口なんだから。私をこんなに疲れさせてイライラさせて生意気な口をきくチビッ子はあんたが初めてよ」
「だろうな」
自覚あるなら、直しなさいよ。と言おうとしたが、視界がぼやけてきた。まだ話の途中なのにっと思ったが、瞼が重い。現代の修学旅行でもホテルに泊まって消灯時間にこうやって話しているのが楽しいのにいつも起きていられない。眠気を受け入れて静かに目蓋をおろした。
私が眠ると、ガキンチョは布団を抜けてすぐに外に出ていってしまったことを知るのは日が昇ってからだった。