懐かしい赤
木から飛び降りて唸っているのは、葵。人の姿をしているが、毛並みを逆立てて威嚇しているような感じがする。
先ほどの閃光を上げたのは、葉に隠れて見えないが、枝に座っている人物だろう。かろうじて見える彼の手から、薄く白い煙がシュウウ……という音とともにあがっている。
未だにちかちかする目をぎゅっと瞑っては開いてみるがあまり意味はなかった。
「ぐ…っおのれ……乙鬼……!!」
先ほどの閃光のせいか当てられた腹部を押さえて立ち上がれないでいる龍華。
手を貸すべきか、しかし翠達の敵に手をかしたとなると、また面倒なことになりそうだ。気づいていないなら、ここから家に帰ってしまいたいくらいだが、足音ですぐそばの龍華に気づかれるとまた逃げられなくなるので、しばらく身を潜めることにする。
翠達3人の不意打ちによって一瞬にして龍華のこの有様をみる限り、何ともまぬけだなあと思ったのは口が裂けてもいえない。
「貴様、弱って森から離れて…隠れていたのでは……なかったのか…っ!?」
苦しそうに呻き声を上げながら叫ぶ龍華。森から離れて隠れていたというのは、もしかして自分が彼女に報告したことだろうか。
それなら、葉で隠れてみえない枝に座っている人というのは、この森の長か。
白蛇の妖怪から聞いたのは、ただのデマだったのかもしれない。間違って報告したとかで後で殺されるかもしれない。
「や、やっぱり逃げておこうかな……。」
ぼそりと独り言をいう。じりじりと足音を立てないように少しずつ後ろに下がる。三人の視線はすべて龍華のほうだ。木々が回りに立っているので素早く移りながら離れようとする。
龍華は三人を睨んで逸らそうとはしないので、翠達三人の様子を伺いながら後ろへ後ろへと歩く。
その時、枝に座っている男を阻む木や葉がいっさいなくなり、全体を見ることができた。
「………?」
思わず立ち止まり、離れたところから彼を見つめた。黒に金の刺繍が施された刺繍の羽織に左肩から一つに束ねた伸びた真っ赤な長い髪が流れている。
額よりの左側頭部には、血が流れているのかとすら思う髪の隙間から角が生えている。
翠や、葵と違って彼は気だるそうに幹にもたれて座っている。龍華が睨んでいるのにもかかわらず、さして興味もなさそうだ。
すると、突然何かのフラッシュバックが頭の中で起こった。
「……痛ッ……!!」
真っ赤な髪の毛だった。暗闇の中で風に揺れる濃い真っ赤な髪の毛。それに、夕日のように焼け付くような真紅の相貌。
ちょうど、視線の先に座っている彼のような―――――
「うあっ…痛い……ッ」
頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。特に小枝を踏んだわけでも、それで音を立てたわけでもないのに、その些細な動作に、彼らが気配に気づいたようだ。
「誰だ!!」
地に立っていた葵が、いち早くこちらに瞬間移動してきた。当然、そこにいたのが私と知って固まっていたが。
「巳弥…お、お前なんでこんな所に……。ここは龍の敷地内だぞ…!!」
何故まっすぐに帰らなかったと、声を沈めて葵が怒っている。龍華に近い場所なので、とりあえず翠たちのほうへ来い、と手を引っ張られるままに歩こうとした。
「それは我の僕ぞ!!奪うことは許さぬ!!」
葵に引っ張られている手がバシンとはたかれた。あまりの速さで何の衝撃だったかは分からない。手もじんじんして痛い。
そして一瞬のうちに自分の体は龍華の元に引きずられていった。
「そ、龍華サマ……」
巻き込まないでえええ!!という嘆きもむなしく、葵や翠等の前に姿をさらすことになった。
葵は、しまったという表情で取り返そうとこちらに向かってくるが、地に降りた翠にとめられる。もちろんこんな場所にいた私を、翠も大層驚いていた。
それに、何故か此処にきて初の対面なのにもかかわらず、赤い髪の「長」と思われる男も龍華ではなく、私を見て固まっていた。
何故、そんなに目を見開いてるんだろう。さして興味もなさそうだった彼の目にやっと光りが出てきたような、そんな瞳だった。




