背後に迫る
とりあえず、その後は暗くなったので葵に送ってもらい家に帰っておじいちゃんに叱られた。
森には出入り禁止じゃ!と、こっ酷く怒られたから葵たちから言われたことは黙っておくしかない。
自分でもすっかり忘れていたというか興味がなかったので、どうでもよかったが祓い屋なんだとか。だから、じいちゃんに妖怪に脅されてるとか仲良くしているとか言ったら退治に乗り込みかねない。
たぶんしないと思うけど……。
その翌朝は普通に学校へ行った。卒業式もやったことだし春休みになって二日目。こんなにも一日が過ぎていくのが早い。不思議な虚無感を覚えながら朝を迎えた。
そろそろ森に行ってみようか。そう思ったのは、翠に言われた言葉が原因でもあるが、なんとなくこの喪失にも似た感覚がすっきりするかもしれないと思ったからだ。
しかし、入れば森にはあの恐ろしい女がいる。いつも同じ場所にしかおらず、僕を動かして自分は悠々としている感じがしたので、そうそう見つかることはないだろう。
しかし、与えられた任務を丸投げしていることが分かったら、襲い掛かってくるかもしれないので、万一会ってしまった時の言葉も考えておこう。
幸いおじいちゃんは、ご近所さんと仲良くどこかへ行ってしまった。どこへ行くかは言っていたような気もしたが、寝ぼけていて覚えていない。
するりと布団から抜け出し、誰も見ていないことを確認すると中に入っていった。
ふとい枝が転がっていて、杖になりそうだなあと拾ったが、こんな心臓破りの登り道もなぜか軽々と上れてしまう。杖代わりとしてはいらないことが分かったので、何か妖怪が襲ってきたときに利用できると思い、構えながら険しい道をゆっくりと歩いた。
すると、予想通り近くでガサガサと聞こえ始めてきた。ガサガサというのは、草を掻き分けて向かってくる音なのは分かるが、それに交じり地面を引きずる音も聞こえてくる。地の土を、平らな何かで重く擦るような音だ。しかし音はスルスルと軽やかだった。
いったいなんだろうと、木の棒を両手で掴み、自分の前で構えた。
音が止んだと思ったら、草の分け目から何かがニョキリと顔を出す。それと目が合ってしまったと思ったら、どんどん草から抜けてこちらに向かってきた。かなりのスピードだ。
「蛇だあああ!!!!」
大声を上げたと同時に、それは羽が生えたように飛び跳ねて、巳弥の構える木の棒に巻きついた。
木に巻きついたのは真っ白な蛇だった。確か目が覚めた瞬間にも服の中から出てきたのを覚えている。また出た。
白蛇は神の使いと聞いたことがある。記憶があったときに自分はこの蛇をいじめたりでもしたのかとパニックになる。
持っていた木から手を離し、蛇とは反対方向に走る。すると、自分に背をむけて歩いている者がいた。
髪は外にはらったクセがあり、白の羽織に黒の袴姿で立っている。ほぼ真っ白な肌は、人間ではない証。黒の羽織といえば一瞬、龍華かと驚いたが、髪の長さや背丈を見る限り、男だと分かった。
背後からはスルスルと猛スピードで追いかけてくる音がする。助けてくれという危機感が勝って、そのまま走る先にいる人物に飛び込んだ。
気配に気づいた男は、瞬時にこちらを睨むように振り返ったが、どこか驚いた顔をして懐に飛び込まれる形となった。
「た、助けて!蛇!白蛇が……!」
追いかけられてるの、と言おうとして言葉が止まった。抱きつくようにしがみ付いている男を涙目になりながら見上げると、翡翠色をした彼と目が合う。未だに吃驚した顔をしていた。
言葉がつまってしまったのにはそんな彼の表情でもあったが、その白さが蛇そのもののように感じたからだった。
人の姿をした蛇というほうが正しいか。白蛇に追われて親玉に捕まった(飛び込んだ)といった状況に見える。
「あ、あの……」
追いかける蛇に目もくれず、がっしりと肩を掴む手がとても強かった。これでは全然逃げられない。どうしよう。
「お前……。」
蛇の親玉さんが何かを言おうとしたのが聞こえたが、私はすぐに悲鳴で彼の言葉を揉み消してしまった。
それもそのはず。蛇怖さに逃げてるのに、親玉さんの袖口や襟元、着物の中なからするすると大量の白蛇が出てきたからだ。
「あぎゃァああぁああアァあぁ!!!」
「!?」
自分があげてるのかすら分からない何とも下品極まりない悲鳴が耳元で聞こえる。間違いなく自分だ。妖怪が殺される瞬間みたいな耳を塞ぎたくなる悲鳴が口からもれた。
目の前の親玉さんは、吃驚していた顔をしていたのに、みるみるうちにげんなりとした顔をする。
おそらく女とは思えない悲鳴のせいだろう。自分でも吃驚だったから、うん。
肩から手を離してくれたことで、蛇も着物の中に戻っていく。尻餅をついて親玉さんを見上げる。背後から追いついた白蛇が、親玉の足に絡みつきながらこちらを見つめている。
「お前、本当に狐に記憶を消されたんだな……。久方ぶりだ。相変わらず五月蝿かったが。」
「あ……どうもすみません。」
狐というのは恐らく翠のことだろう。親玉さんは、私のことを知っているような口ぶりだ。もしかしたらこの白蛇がやたらと自分によってくるのは、仲良しだったからなのか。
「此処に来なければならないのは聞いた。だが、あのころよりも此処は危険だ。桜の木に行ったらさっさと帰れ。我らが長も、力がなく今は身を潜めている。」
「長?うええ…いないのかー。ん?じゃあ龍華サマの任務遂行不可能じゃんね。やった!殺されずにすむかも!」
独り言のつもりで言ったが、やけに親玉さんはその言葉に反応した。すぐに肩をまた強く掴まれる。
「お前、今なんと言った?龍華と言ったか……!?」
「え、うん。長の骸持って来いって。失敗したら殺されるかもしれないから、どうしようかなって。あ、もう死んでるんだっけ。魂まで食べられちゃうんだ。」
すらすらと話し始める私にみるみるうちに顔が険しくなる。顔が白すぎて眉間にしわを寄せているような表情なのにしわが全くみえない。きれいな顔は歪んでもきれいだった。羨ましい、なんて雰囲気を考えれば口に出せないけれど。
「すぐに翠に報告しろ。奴とはあまり合わないから、お前が自分で言え。長の場所を知っているのは奴だけだ。長に伝えればなんとかなるかもしれない。」
「はいい!?what!? 殺害予告しろって!?絶対翠に言えないよ危ないからって殺されるよ私!一度あいつに殺されかけてるのに!」
「そういう意味ではない。今の長がむやみに動けるかはわからないが……。それでもあの方は強い。どうにかしてくれるだろう。」
「殺そうとしてる人をどうにかするって……『殺しておこう』としか思わないからね!!」
「とにかくそれはないから安心しろ。記憶はそのうち思い出す。早く帰れ。」
問答無用で、帰れといわれるがまだ桜の木に行っていない。私の命の源の場所へ行かせてくれ、と死にそうな声で言ってみると、方向を指さして「さっさと行って早く帰れ」といってくれた。
でも私。帰り道わかんないんだよね。あっはっは
そんな能天気な考えもお見通しだったのか、足元の白蛇をこちらに放り投げる。自分の分身なんだからもっと大事にしてあげてと思ったが、顔面に飛んできた蛇の体に体当たりされてとても痛かった。
「帰りはそれに頼め。」
「は、はあ……。」




