理由
「いや……まあ戻ってもいいんだが…。」
葵が至極言いづらそうにしている。無理矢理森から追い出そうとしたり、やっぱ帰らなくていいと言ったり訳がわからない。
もう此処にいる用はなくなったからもう帰りたい。それはもう全力で。でなければ、豹変女に殺されてしまう。森から早く出て、卒業式したら春から大学へゴーするんだ。二度とここには来ないようにしよう。
それなのに葵の次の言葉で私の将来設計は地獄のどん底へと突き落とされた。
「さっきも言ったが、お前死んでんだよ。生きてるのはその妖力のおかげだ。」
「はいはい。それで?」
「その妖力が消滅したら、お前の魂もなくなりその身体もただの死体となるってわけだ。だから、こまめに妖気浴びとかねえとそのうち今纏ってる妖気もなくなるぞ。」
やっぱり何言ってるのかわからない。いや、分かるけどだからどうしろと言いたいのかが謎だ。だいたい何故そんなことしなければならなくなってしまったのか。
確かに心臓も止まってるし、体温は何故かあるけれど、この寒い時期にもかかわらず何一つ寒気を感じない。
「お前、今中途半端なんだよ。人間でもなく、妖怪でもない。半妖みたいなもんだな。」
「へ?」
ペラペラと話される英語を聞いているような感覚だった。何を言っているのかわからずに付いていくのにも精一杯。こんなことなら、学校の英語の授業ちゃんとまじめに受けてればよかったと的外れなことを思う。
「とりあえず、その妖気を供給しないとね」
翠がにっこりと他人事のように軽いノリで話し出す。供給って人を物みたいに言うなよと思いながらも、考えるのも面倒だったので、従うことにした。
説明されたのはごくごく簡単に、「桜の木を覆う桃色の光の中に入ればいい」ということだけ。確かに目を覚ましたのもその木の上だった。不思議とあの場所は落ち着いた。
「毎日来なきゃだめ?」
「毎日でなくても大丈夫だと思うけど、定期的に来れれば問題ないね。」
面倒だが突然身体が砂にでもなられても困るから渋々言われたとおりのことを頭に入れる。桜の木に行くだけでいいのは非常に楽ではあるが、龍華という化け物そのものがいて尚且つ言われた任務のようなものをしなければならない。
逃げ出したことがバレて森の外に出られても困るけれど、毎日桜の木に行けば毎日、龍華に会うかもしれない。
長という者を殺してその亡骸を持っていかなければならないなんて、人間の自分に出来るだろうか。だいたい今はもう人間ですらないと葵は言う。
「はあ……巳弥、死んでるなら早く言ってくれよ。これじゃ君の記憶を消した意味がなくなってしまった。」
「……ごめん今とんでもない言葉を聞いた気がする。」
この際言ってもいいかな、と翠はあっさりと重大なことを語り始めた。葵も、まあ仕方ないという顔をして腕を組む。
「すまない巳弥、君には無くなってしまった記憶がある。僕がそれを消してしまった。だが約定を破った罰でもある。いずれ思い出すとは思うが……。」
静かに話し始めた翠によると、私は先刻目覚める前は500年前にいたらしい。詳しくは教えてくれなかったが、彼が私の記憶を消した理由は2つ。一つは「長」との約定を破ったこと。
そしてもう一つは、村人によって焼き尽くされた森を再生するのに力を使ったことで、今は過去ほど強大な力がなく100年前突如現れた「龍」に森を乗っ取られそうだということ。
しかし、妖力をほとんど使った長に、龍を倒すほどの力がなく今は森から離れて体を休めているそうだ。
力を戻すには、一つだけ方法がある。巳弥が桜の木を通じて時空を超えていたことを知った長は、「現代」に戻って来た後、桜の木は不要となることが分かった。
その時が来たら、長の妖力そのものである桜の木を消し、長の体内へと戻すことで復活というわけだ。
現代に戻った巳弥にはもう家があるということで、今までの記憶を消して普通の生活をさせてやろうという考えではあったが、桜の木がなければ巳弥は死ぬ。けれど、桜の木を取り込まなければ長の力は戻らず、復活するまでにまた数百年はかかるとのこと。
それまでには龍に見つかり始末されてしまうかもしれない。長くから付き従っていた長が変わるのは、翠や葵、その他の妖怪もよく思っていないようだ。
それもそのはず、突然どこからかやってきた奴に乗っ取られるのは腹の立つことだろう。
「だから、彼の妖力がなくなったのは君のせいだともいえる。」
桜の木は、私のために妖力を使い作ったもので、森が焼かれたのを再生させたのも、約束を破って私が村に行ってしまわなければ何事もなかったのだとか。
記憶がない今は、翠たちの考えを信じるほかなかった。簡単にいえば、自分がいなかったらそもそもこんなことになっていないということはよく分かった。
「だから君が500年前に来なければ、今この状況になってないと思って、過去にまだ行っていない君をさっき殺そうとしたんだ。」
「はあ……。」
「まあ、過去の君の発言からして、殺せないだろうとは思っていたけどね。でも約束は守ったんだから許してくれ。」
「約束?」
「ああ。君の友人は安全に森から出してあげた。まあ覚えてないだろうけどね。」
何のことかさっぱりだったが、消された記憶の中にそんな約束をしていたのか。妖怪は約束したものは必ず守る。どんなことでも、破れば「死」なんだとか。私の記憶が消されたのは、その約束を破ったことでもあると言われた。まあ、それならまだ軽い方だろう。
普通に生活するにあたって何ら不便はない。今までどおり学校に行って、おじいちゃんと生活するだけだ。
「今までと違うところがあるとすれば、死んでることかな。あはは」
「そうそう、前向きが一番だよ巳弥。」
「なれるかっての!!」




