命令
「巳弥。」
「ふむ……では巳弥、今は食欲があまりないから食料の件は保留にしておいてやる。」
そのかわり、と袖を口元に持っていくと、さも嬉しそうに「お前も我が僕となるがよい。」と言ってのけた。もちろん、何を言っているのかすぐに理解出来ずにポカンとしている巳弥は、数秒後意味を理解したが全くその気もない。
遠慮しときます。と弓を地面に置いて軽く頭を下げて断った。
「そうか、ならば用済みだな。もったいないがその魂、食ってやる。」
「喜んで僕に立候補します。なんなりと」
間髪入れずに調子よく笑顔で意見を買える巳弥の言葉に、賢明な答えだと龍華は口角をあげて笑った。
「そうだな……では巳弥、ほしい食料が思いついたぞ。」
「ええぇ……今さっき食欲ないって言ったじゃないすか……。」
あからさまに嫌そうな顔をしてしまったけれど龍華は気にしてはいない様子。あー良かったとホッと息をついた。
そして、その突然食欲が湧くほどほしい物は何ですか、と尋ねてみると巳弥はやはり聞かなければ良かったと後悔した。
「――― 長の骸を持って来い。」
突然の重苦しい殺気に気圧されて、思わず立ち尽くす。首から上だけをこちらに向けて言う龍華の左頬は灰色の鱗のようなものが額から縦におりて、左目のみが暗闇で光る猫の目のように黄金に輝いていた。
「……行ってきます。」
突然豹変すんなよと内心毒づきながら、適当に話を打ち切り逃げるようにその場から離れた。目玉と茄子っぽい妖怪は、恐れをなして一目散に逃げていた。僕じゃないんかい。
そもそも長って誰か聞くの忘れたし。適当にわかったと言って逃げてきちゃったんだった。
このまま帰りたいところだが、アキが見つからないので帰れない。暗くなる前には帰るつもりが、もう薄暗くなってきた。
「おい!!お前待ってろって言っただろうが!」
「うわっ吃驚したー。葵か…遅いよ本当。」
先ほどの恐怖心がだいぶ楽になったと安堵の息をつくが、葵の後ろにはまた見知らぬ顔があることに驚いた。
そして、その顔を見ると、アキと自分を殺そうと襲ってきた狐の耳と尻尾のある男だと分かり、即座に葵の後ろに隠れる。
その動作をみて、葵は「こいつは翠だ。」と紹介してくるが、無表情でこちらを見る翠という男の警戒心をそう易々ととれなかった。
後ろに張り付いて、翠を威嚇すると、やがて彼はクスクスと笑い出した。
「フフッそうか、一部の記憶消したんだった。ついでにさっきの記憶も消しとけばよかったかな。」
「……お前記憶消してからは初対面なんじゃねえのかよ?」
「うーん。巳弥が500年前に行く前に殺しとこうかと思って。」
「はああ!?何やってんだよお前……!!乙鬼様にぶち殺されるぞ」
「それはないだろ?あそこで巳弥を殺しておけば、僕らからこの子と出会った記憶は消滅するわけだし。」
何物騒な話してるんだろう。そもそも何故自分の名前が出てくるのかも分からないし、葵がこの狐を連れてきたのは、「自分の身体が死んでしまっている」ということを伝えるためにではなかったか。
それなのに、殺し損ねた話を目の前で聞かなくてはならないのか。記憶が何だとかも理解できない。
「あのーもう帰っていいデスカ。」
「ああ、巳弥さっきはすまない。殺すつもりはあったんだ。ただ殺し損ねただけで……しかしもう遅い、これからはまた仲良くしよう。」
きらきらとした笑みを浮かべて仲直りしようと手を差し伸べてくる。この男、私への殺意をあっさりと認めてる。「また」仲良くしよう。とはどういうことか。また殺しあおうと言いたいのか。警察呼ぼう。
日本語のすべてが理解できなかった。全く謝る気が感じられない。葵だけはまともなのか、げんなりとしている。葵曰く、「言葉が下手な奴だから許してやってくれ」だそうだ。確かにあれが弁解でもしているつもりなら相当な男だ。
「あ……アキは!?あんた、殺そうとしてたでしょ?アキは無事でしょうね!?」
「アキ?ああ、あの子ならとっくに森の外に置いてきたよ。もちろん記憶消してるから何も覚えてない。君の場合その件については消し忘れたみたいだ。」
「……そう、無事なんだ良かった。って今よく分からないこと聞こえたけどまあいいや。ってことはもう此処にいる必要なし?もう帰っていい感じ?」
帰る気満々で手を振りながら2人に聞いてみるが、2人はどこか微妙な顔をしていた。




