僕
こちらを見つめる女性は、顔が見えないくらい離れた場所で岩の上に優雅に寛いでいた。頬杖をついて寛ぐ彼女の髪の毛は、岩を滑り地面まで伸びていた。青紫色の長い髪の毛だ。銀の着物に黒の羽織を着ていた。そのため余計に青紫の髪に目がいった。
何を思っているのか分からず、見せ物のようになって縮こまっていると、岩の上で寝転がっていたはずの女は、その場所から消えて一瞬にして巳弥の前に現れた。
「……!」
日の当たる場所に出たからか、青紫だった女の髪は、鮮やかなブルーになっている。光りの角度や場所よって色が変わるタンザナイトのように美しい髪だった。
しかし、巳弥を見下ろす女の瞳は、鮮やかなその髪にそのまま闇を加えたような色でひどく冷たかった。
「お前達、何を持って帰ってきたかと思えば。これを私に食えというのか。」
「龍華様……お気に召しませんでしたか……!」
自分を取り押さえている目玉の妖怪が狼狽えた口調で話し出す。その時、押えつけられている力が緩まり、すぐに起き上がった。
頭を地面に押えつけられていたので、頬には砂利の痕がくっきりとついてしまった。どれだけの重さだったか、妖怪は全体重をかけて圧し掛かっていたのだ。身体が潰れそうなほど痛く、それが開放されて巳弥は大きく深呼吸をした。
起き上がって巳弥は、冷たく見下ろしてくる龍華と呼ばれるこの女を見上げた。すると、女は自分に興味が失せたのか踵を返し岩へと戻っていく。
「貴様ら、この私に抜け殻を……骸を食えと申すか。」
「そ、そんなめっそうもない。こやつは人間の娘です!この通り生きておりますぞ」
いったい何の話をしているのか。献上品として持ってこられた私は、食料として運ばれたのか。それはともかく、ここでも抜け殻や骸と言われているが全くもって聞き捨てならない。本当に自分は死んでいるのかと、信じがたいものだった。
「ちゃんと見なかったか?あの忌々しい乙鬼の妖気に満ち溢れた桜の木に、数百年前から人間の小娘が死んでいただろう。」
「こ、この小娘がですか?し……しかし、では何故生きているのでしょう。」
じいっと三人に凝視される。しかし、龍華という女はそれほど興味がないようだ。どうでもいい、と一言いうと、再び巳弥の前に瞬間移動し、今度は座り込む巳弥と同じくらいしゃがみ込み、話し始めた。
「そうだな、何故今このときになってお前が目覚めたかは知らぬ。その身体は今や骸同然。魂が入り込んで動いているにすぎん。だから喰らいはせぬ。小娘、その魂を食われたくなければ……。」
「……?」
ごくりと巳弥は唾を飲んだ。死にたくなければ、なんだというのか。
「私に代わりの食料を持って来るがいい。さもなくば、その抜け殻ごと食ってやるぞ。」
さっき食わないって言わなかったか、とツッコミたくなったのを押さえ込み、とりあえず、自分は生きているので食われたくはない。女の条件に従うことにした。
「あ、では目玉の妖怪が背負っている弓矢を借りてもいいですか。」
「かまわぬ。目玉、貸してやれ。」
「はっ!!」
目玉から弓矢を借りる。というかこいつ本当に「目玉」って名前なのか。そのままじゃねえかと内心思いながら、弓を構えた。
すると、三人はぎょっとしてこちらを見てくる。龍華以外の二匹は飛び跳ねんばかりに驚いていた。
「……おい、娘。その矢を何のために使う?私は食料をと言ったはずだ。」
「はい、龍華サマ。この目玉か、こっちの真っ青の茄子みたいなのどちらがいいデスカー。」
巳弥は龍華に背を向けて、目玉の妖怪と、全身青白い妖怪に弓を向けた。「両方でもおっけいですけど。」と棒読みで付け加えて、狙いを定めた。
「お、おおおお前!!我らを狙うとは何事だ!!龍華様の僕ぞ!栄養になどなりはしない!」
「ははーん、そんなことないって目玉、あんたはとくにその大きな目玉にたくさんの栄養が詰まってそう。あーでもそっちの青白いのはおいしくなさそう。何でそんな色してんの?腐ってるのかな…」
慌てはじめる二匹に対して楽しそうに狙いを定める巳弥に、龍華は面白そうに見つめていた。
「女、その二匹はやめろ。私はそのようなまずいものは食さぬ。して…女、お前、名はなんと申す?」
背後からそう尋ねられたので、弓矢を下ろし龍華の方に向き直った。




