記憶
頭の中で、男の声がする。何を言っているのか分からなかった。でも、なんだか話しかけられているような気がして、耳を澄まそうとするのと同時に意識が覚醒した。
さっき起きなかったっけ?と疑問に思いつつ、何故また桜の木の枝で寝てるのだろうと目を開けようとしたが、この木の空間には自分以外の誰かがいることに気がついて、瞑ったまま寝たふりをして、男の話を聞いた。
「おかしい。なんでこいつ、こんな下のほうの枝で寝てんだ?もう数百年も木の天辺の枝で死んでたはずなんだがなー。」
「……。」
んんんん?誰が死んだって?私が?
いやいや、確かに何で幹にもたれて器用に寝てるのか謎だし、もっと高いところにいて、飛び降りたような気がしたんだけど。
ついでに言えば、アキが白髪の変な奴に襲われて、まき沿いくらって殺されそうになったところまでは普通に覚えてる。
でも、死なずに助かったはずなんだけど、それからどういった経緯で今、自分はここでぐっすり寝ていたんだろう。
「翠の奴が何か企んでそうで来てみたが心配なさそうだな。でも位置が変わってるのはおかしい……。翠の奴が動かしたのか?でも、なんでだ……。」
狸寝入り、というより目の前の人物に合わせるならば「死んだフリ」をした私がずっと目を瞑ったまま思ったのは、「こいつどんだけ独り言多いんだよ」だった。
少し興味が湧いたので、薄く目を開いてみた。慎重に慎重に、と気づかれないように目蓋を少しだけ上げてみる。ピクピクと引く付いているが、目の前の人物は気づかず独り言を続けている。
「……。」
ふーん、意外とかっこいい……じゃなくて、なんだろう。髪は黒いけれど、服装も和風だし瞳とか獣の目だよねあれ。グレーのカラコンでもしてるみたいな。
でも、何故か不思議とすんなり理解することが出来た。彼は人間じゃないと。
何故かって聞かれると、会ったことないはずなのになんか懐かしいような。うっとうしいような……此処から一歩も動きたくなくなりそうな。うーんつまり「さっさとどっか行け」って言いたいんだけど……ってこれ理由というか切実な願いだわ。
簡単に言ってしまえば、そう!臭いんだこの人!!それよそれ!ああ……違う違うこれはそういう意味じゃなくて、なんというか、肉々しい?みたいなアハハ。
いわば、人間より獣に近いと感じさせるということだ。森には妖怪が出る。そう祖父ちゃんに言われてたのに、アキを助けるどころか能天気に木の上でお昼寝タイムとかどんだけくつろいでんだよ私。というかさっさとどっか行ってくれないかなこの妖。
「とりあえず、乙鬼様に報告を――――って、なんだありゃ。なんで朱里の白蛇が今更……。」
やっとどこか行ってくれるのかと思っていたのに、彼は何かを見つけたらしい。何かっていうか、聞きたくもない単語だった。蛇とかね、蛇とか。
「おい、どうした?おいおい巳弥は死んでんぞ。500年前それで主の下に帰ったんじゃねえのかよ。」
「……。」
どうしようこの妖怪、蛇と話してるよ。しかも蛇しゃべらないし、通じてるの?妖怪って以心伝心できるの!?それかただ単にこの妖怪の頭がほんの少ーし救いようのない程度にイタタなだけなのかな。
目を瞑りながら考えこんでいると、襟元から何かがもぞもぞと入り込んで、胴体に巻きついてくるではないか。
一気に身体を強張らせると、顎にサラッとした何か掠めるものを一瞬感じ、薄目を開けて確認した。しかし、それが間違いだった。
「ギャアァァアアァァアアア!!!!!!!」
「オアアァアア!?!?!?」
雪のように白い蛇が、自分の胴体に巻きついて、襟元からこんにちは!といわんばかりに顔を出し、赤くて細い舌をシュルルと出して顔を舐めてくる。
噛まれたら死ぬ噛まれたら死ぬ噛まれたら死ぬ……
頭の中はそれがエンドレスするだけで、パニックになっていた。爪で黒板をギリギリと引っかくような声を絞り上げると、それまで死んでいたと思っていた独り言男まで、驚きで叫びはじめた。
枝から飛び降り、目の前の妖怪に飛びつき、どちらが妖怪なのかと疑いたくなるほど男は顔を青くして、反対に自分は目を血走らせて興奮した獣のように、男を押し倒した。
「お、お前……!?生きてた、いや……生き返ったのか!?」
「殺して殺してええぇえ(蛇を)!!」
「何!?いや、お前はもう死んでいる。……じゃねえ!!どうしたんだいったい!!お前、500年前死んだんじゃ……。ひょっとして、現代にかえってきたのか?それが、今なのか……?」
ハッと閃いた男の問いに、答えるものはいなかった。
「ん?お、おいどうした!?き、気絶してんのか?白蛇のせいか……?」
いったい何がどうなってるんだ、と混乱する男と再び死んだように動かなくなった巳弥。そして、服の中からシュルルと出てきた白蛇。ポカンと巳弥に覆いかぶさられたまま倒れていると、空から声が降ってきた。
「おや?葵、巳弥と何じゃれてるんだ?」
「……!!おお、翠か、こいつ目覚めたんだ。しかも何か様子が変だ。」
真剣に伝えようとする葵に反して、翠はクスクスと面白そうに袖で口元を隠しながら笑った。
「そりゃそうだよ。さっき帰ってきたみたいだから、記憶を消したんだ。500年前の記憶も無ければ、僕達の記憶ももうないよ。」
「!?!?どうしてだ?」
「500年前の罰を。ってのもあるけど、巳弥を守ることでもあるだろ?」
「……龍か?」
葵の言葉に、翠は静かにコクリと頷いた。葵も、何故かすんなりと納得するが、気絶する巳弥の頭をなでながら、寂しそうに「仕方ねえか……。」と呟いた。
「葵、きっとすぐに起きると思うから、帰してきたらどうだろう。此処は、500年前の巳弥が帰ろうとしていた場所だから、きっともう家があるんだろう。出口にでも寝かせておけば、自力で帰るだろう。」
「ああ。」




