目覚め
頬をさらさらと何かが掠めるくすぐったさに、重たい目蓋をゆっくりと開いた。視界一面が桜の花で囲まれていて、いったい何が起きたのかわからない。自身が桜の木にでもなってしまったのかと焦りつつ、両手を握ったり開いたりと存在を確認する。
ぼうっとした頭では何があったのかは判断しかねるのでとりあえず満開の桜の木の枝から飛び降りる。
普段の場所より高い場所にいたとは思ってもおらず、少しばかり長い浮遊感に痛みを覚悟した。
花に覆われた中から出るために飛び降りたこの刹那、変わらぬ場所ではあったが真下には、白髪で長身の男がナタを振り上げていた。
制服を着た一人の女と、男の隣で気絶している女。私は、この瞬間を知っている。ナタで斬られそうなのは私自身。そして横で倒れているのはアキで、白髪の男は翠だ。
頭を抱えて死を恐怖する私は、すぐに桜の花びらにまるく覆われはじめる。そして音もなくその球体は爆発し、鮮やかに桜の寄せ集まっていた花びらが舞い散った。
いったい何が起きたのかと、ナタを振り上げた体制のまま固まっている翠の目の前に、「私」は着地した。
さっきの私は、たった今500年前に行ったのだ。そして、「帰ってきた私」が目覚めた。いわゆるパラレルワールドみたいなものだ。
翠は、目をパチパチとさせ、桜の木と私を交互に見やる。やがて理解したのかナタを地面に落とした。
「帰ってきたんだね。あれからそろそろ500年経つ。起きると思っていた。たった今「君」があの500年前に行ってしまったよ。殺し損ねたけどね。」
「ずっと思ってたけど、なんで、殺そうとしたの?あの時は吃驚したんだからね。全然しらない人、ていうか妖に殺されそうになって。」
「うーん、話は簡単だよ。君のおかげで森は全焼し、村人もほとんど死んだみたいだけど、妖怪も焼け死んでしまってね。今じゃ、伝説にまでなってるくらいだろ?だから、君が来なかったらこんなことにはならなかったわけだ。なら過去に行ってしまう前に君を始末しておけば今は変わるかもしれないと思ってね。」
「……あぁうん、まあ確かにそうだけど。」
気まずい顔をして俯くと、くすりと翠は笑いながら「まあ行っちゃったけどね」と付け加えた。
え、え?ちょっと待って。森全焼して、村人もほぼ死んだって伝説変わってなくない?運命変わってなくない?
ということは、雪乃ちゃんがあの時行ってても、私が変わりに行ってても一緒だったってこと?
そんな突然でてきた私の疑問は解決することなく、次々と話しを進める翠についていくしかなかった。
「今の君はもう帰ってきた者だから、殺しても意味ないし、今となっては思い出だ。だから殺さないけど……ただ、巳弥。君は、掟を二度も破った。だから、その罰は受けてもらわなくてはならない。」
「わかった。何するの? ――――っ!?」
これが乙鬼との約束もとい契約を破った罰になるのなら甘んじて受けようと思ったが、突然の眩しさに言葉を失い目を強く瞑った。
ふわりと、翠の手が頭に乗せられる。瞳を開けるが焦点が定まらなかった。頭の中がぐるぐるとかき回されているような感覚に、足が覚束ずに目の前の翠の懐に倒れこんだ。
「すまない巳弥。」




