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覚めた夢の続き  作者: 神無
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夢ノ続き

 薄く霧のような雲が月を濁らせた。冷たく優しい光が見下ろす先に、同じように淡い光りが体を薄く覆わせる娘、巳弥がいた。されどその桃色の光は荒ぶるように静かに体中を燃えていた。


巳弥は襲い掛かる村人達の攻撃を避けることなく、むしろ攻めていった。武器を持った村人の攻撃に怯むようすもなく、虚空を見るような焦点の合わない瞳で人間業とは思えない俊敏な動きで、次々と村人を倒していった。



ずっと傍観していた者も、外に出ていたものは容赦なく巳弥は襲い掛かった。怒りで我を忘れ、乙鬼がつくりあげた桜の木の妖力にのみ込まれ自我はなくなっている。



背後からは、離れたところから投げた槍や矢が飛んでくる。槍は背中に命中し、矢は脚に刺さり、絶えず村人を襲っていた巳弥はそこでようやく崩れ落ちた。




そこで巳弥を包む妖気は彼女の身体の中へと消えていった。まるで夢遊病から突然覚めたように、瞳をパチパチとさせながらひとまず起き上がろうとする。



「……?」



身体が全く動かなかった。唯一動く瞳を右往左往しながら目を見開いたのは、自分が横たわる所から真紅の液体がどんどん流れてきた。血であると気づくのに数秒かかり、顔の前にある手にまでその生暖かい血は進み、手を動かすとぬるりとした感覚が襲った。



なぜ自分はこんなにも大量の血を流して横たわっているのだろう。目を少し動かすだけでも同じように倒れた人がたくさんいる。でも、血は流れていないから気絶してるだけかもしれない。




私に覆いかぶさっていたはずのミツさんと雪乃ちゃんが、離れた場所にいる。

何も覚えていないということは、おそらく自分の中に培われてしまった乙鬼の妖気が暴走してしまったということか。



手も指しか動かせず、脚も全く動かない。馬鹿みたいに腕や足を振り回して暴れたのだろう。折れてしまっている。




「でも、全然痛くない……。」



血が温かいと感じていたが徐々に体中が寒いと感じるようになった。しかし、ぶるりと震える暇もなく、バタバタと激しい足音がいくつも自分に迫ってくる振動がした。



耳がボーっと低い耳鳴りのような音で、怒鳴り声が聞こえるが何を言っているか聞こえない。ただ、目を向けるとまだ倒れていない村人が、四方八方から武器を構えてこちらに走ってくる。




身体も動かないし、起き上がる気力がない。ここまで出血しててほうっておいても自分は死ぬだろうというくらいなのに、まだとどめを刺しにくるのか。



とどめを刺そうと走ってくる村人から目を離し、向かい側に横たわるミツと雪乃を見つめた。



「助けられなくて、ごめんなさい。」




そう呟き、静かに目を閉じた時だった。


地面を叩く振動がフッと止んだ。四方八方に村人は数人いたはずだが、何一つ音もなければ痛みも襲ってこない。



痛みは元から感じていなかったから、既に刺されているのだろうか。



おそるおそる目を開いてみると、走ってきていた村人が血をぶちまけて倒れているではないか。


首を懸命に動かして見える範囲を流し見ても、皆が倒れていた。その周辺に、武器なるものはなく、一撃で殺されていた。



巳弥のとどめを刺しに来ずに、傍観していた者は泡を吹いて崩れ落ちた。言葉をなくしている。


彼らがこのような反応をするときは妖怪、それも上級の者が来たときしかない。




自分の頭上の方から地面を唯一歩く地からの振動を頼りに、目を向けた。





「――――― 乙、鬼……。」



目が合った瞬間、瞬時に膝を付いた乙鬼は、重症な私を気遣うこともなく、荒々しく抱き起こした。


それでも特に痛みはないから、相当自分は重症なのだと知った。しかし、その反動で内臓の傷が広がってしまったのか、ゴホゴホと吐血した。



「―――!?おまえ……っ!!」



地面に撒き散らされている赤い血が、すべて私の身体から流れたものだと理解したのか、乙鬼の目はかなり見開かれていた。


初めて乙鬼と対面した日も、なぜか名前を聞いて見開いていたけれど、それ以上に開かれている。



吐血した私を見て、少しビクッと揺れて狼狽していた。



きっと、身体も動いて口もきけて元気だったら、腹を抱えて笑い転げたことだろう。そして、手持ちのカメラで撮ってコレクションにしたはずだ。



一見は無言で驚いているだけだが、ここまで取り乱しているのは初めてだ。




助けに来てくれたんだ。もしかしたら、二度の裏切りで殺しに来ただけかもしれないけれど、今の乙鬼の様子を思えば、それはありえなかった。



大丈夫だと薄く微笑むと、先ほど力尽きたはずの自分の体内の妖力が再び自身を包み始めた。乙鬼が発しているのかと思ったが、彼も驚いているし、自分だけが覆われていた。


その光は、小さな花びらの形をして、巳弥から離れて空に飛んでいき始めた。



すると、今まで沈黙だった空気が突然目覚めたように、風が吹き始めた。その花びらは、風にのって森の方へと飛んでいく。



桜の木に帰っていってるのかもしれない。それをいち早く理解した巳弥は、今だに狼狽えた彼に口を開いた。



「桜の木、連れて……て。」


はっと我に返ったように、無言で巳弥を横抱きにして森のほうへと飛んで行った。



村に行くときは、息切れで倒れこみたいほど走ったのに、乙鬼のひとっ飛びは、数秒であっという間に到着した。




「ウッ…!」


心臓が突然電気に打たれたように跳ね上がり、呻き声をあげる巳弥を乙鬼は強く支えた。



ざわざわと、風のせいでもなくひとりでに桜の花が揺れているようにも感じた。

それに反応するように、身体中を纏っている妖気は、桜の木にひらひらと戻っていく。




その様子を、乙鬼に支えられながら見る巳弥はふと閃いた。こちらの時代に来るときは、桜の花びらにこんもりと包まれて時代を超えた。


今は、自分の身体から桜の花びらが木へと戻っていっている。




―――――――ああ、もう帰るのか。



そう自覚したものの、この傷では現代に戻っても助からない。血だらけの身体を見てみても、やはり酷いものだった。それに気づいた乙鬼は、支える手に力をこめて静かに言った。



「人間によって負わされた傷は治せない。妖力では救えん……。」



影が差した無表情で答える乙鬼に、巳弥は分かっている、と浅く微笑んだ。


ベールほどの薄い雲が晴れ、凍りつくような白金の月が2人を照らした。

花びらとなってさらさらと目の前の木に戻っていく光が異様に眩しくて、自分ごと持っていかれているのではと錯覚するほどだった。




「ごめ、ん……乙鬼…っごめ…」



情けで一度の契約破りを見逃してもらったのに、また裏切ってしまった。


声を上げずに、静かに涙を流しながら、彼に心から謝罪した。乙鬼は、その事に関しては答えることはなかった。ただ、秀麗な顔の眉間にしわをよせて目を瞑る。



「――――――……逝くな。」



きっと元の世界に戻るだけだ、と言おうと思ったが、出てきたのは空気だけだった。話す力もなくなってしまったのか。それを話せたところで結局死ぬことに変わりはないので、何も言わず無言で彼を見つめた。



ぐったりとして動かない身体を支えられ、もう何度も来たこの場所で、まどろみの夢を見た遠い日々を思い出す。




 失くしたものは、甚だ愛しい者達の思い出。自分の意志に反して流れ出る涙を拭うことも出来ない。どれだけ零しても、もうあの頃には戻れない。




 そそぐ瞳に見守られ、その瞳を静かに見つめた。声が出ない代わりに、悲しみ、苦しさ、悲願、をその燃え滾る赤い瞳に語りかけた。そこに言葉など、必要なかった。



唯一残っている力で、乙鬼の襟元を力ない手で自分のほうに引っ張った。抵抗することなく、乙鬼はゆっくり顔を近づける。


巳弥は、近づいてきた彼の唇に、自分のそれを重ねた。


一瞬悲しそうに目を見開いた彼は、巳弥を強く抱きしめた。抱きしめられるぬくもりに、優しさを感じた。


 暗く暗転していく空。されど依然と赤く燃える瞳に祈りを捧げた。目覚めた時に泡沫の夢にいつかまた出会えるように。伝えたくても今の自分に伝える手段はないけれど、もう唯一動かせる瞳に全てを籠めて。 



闇の中に消えるまで、その赤い光をずっとずっとみつめていた。遠くで幸せを掴み、笑い描いた未来を夢にみながら。






突然輝きが消え、巳弥の中にあった自身の妖気が、すべて木に戻っていったのを見届ける。巳弥があの傷で生きていたのは、間違いなく自身の妖力であり、それが木に戻っていってしまったため巳弥は眠るように逝ってしまった。



優しい風に吹かれて、桃色の花弁がふわりと瞼に落ちる。いつの間にか、暗い森の中を照らす朝日が昇っていた。



ぐたりと横たわる巳弥を、桜の木の枝の高いところに乗せて幹にもたれ掛けさせる。まるでいつものように、迎えが来るまで一人ぐっすりと眠りこけているようだった。



そして、乙鬼は悲しいほどに冷たい殺気を放ちながら、村へと飛んでいった。



温かい朝の光りが照らす中で、乙鬼は森の妖怪を引き連れて村の生き残りを皆殺しにした。命を助けた雪乃も、小柄な老人と寄り添って倒れている。



「―――巳弥。」




荒々しく暴れながら、ぽつりと呟いた。乙鬼が一言発したその名前を、村人の一人は聞き逃さなかった。



その村人は、数少ない生き残りとして、後の伝説を伝える者となった。







―――参・完―――

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