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覚めた夢の続き  作者: 神無
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終末絶望論

「――――!」



手足の指を自分の思い通りに動くようになったことを確認する。静かに戸を開けてみると、外は真っ暗な一面の闇が、ざわざわと騒がしい自身の心に反して、落ち着いて広がっていた。



朱里の白蛇は、主のめいのために乙鬼から離れたのか、はたまた乙鬼自身が置いていったのか、ちゃんと巳弥の着物の中にするすると入っていつものように締め付けていた。



毒のせいで死にかけたんだからね、と白蛇に文句のひとつでもいいたいところだが、これから役に立ってもらわねばならないので許すことにする。



「出てきて白蛇、村まで案内お願い。」






言葉の分かる便利な妖怪ナビを起動して、出来るだけ音を立てないように小走りで白蛇が引っ張る方へと走った。




思えば、自分が村を少しだけでもいいから立ち寄りたいと言っても、翠や葵が行かないほうがいいって言っていた。


この時代に来てそんなに時間経ってないし、此処の人の考え方なんて分からない。生贄って本当に昔はあったんだと思い知らされる。500年も離れていれば考えが違っても仕方ない。


考えなしに村へ向かって走っているけれど、決めた契約を破っても私だけでなく雪乃ちゃんまでも殺さないでいてくれた乙鬼を再び裏切ることになる。



もう、ここに戻って来られるなんて思ってはいない。




『また朝に来るから、動けるようになっても此処を出るなよ。次はお前確実に殺されるぜ。』



夕暮れ自分の住処に帰り際、葵が言っていた。そんなことは自分がよく分かっている。そもそも、葵が「雪乃は死ぬだろう」なんて言うから今こうなったてるんだし。


葵や翠の考えがただの考えすぎならそれでいい。彼女が普通に村に戻って村長に報告して、普通に家に戻ってるならこれ以上の幸せはない。



『分かってる。その時は、乙鬼に殺されようかな。』


『……お前……!』



彼女はきっと大丈夫だ。そう思っているのに、自分の心は外の闇に侵食されていくように黒い何かが渦をまいていくようだった。



「ちゃんと帰って来られればの話だけど……。」


大丈夫だと思いながらも、足は走るのをやめない。乙鬼に情けをかけてもらっておいて、学習しないとは呆れるほどの自分勝手な奴だと我ながら感じる。



肩で息をしながら、あっという間に森の出口付近にまで来た。村へはもう一本道で今朝の出来事の場所だ。目の前の木に寄りかかり、荒れた呼吸を軽く落ち着けると再び走り出した。



この道に雪乃ちゃんはいない。ちゃんと村へは帰りついたようだ。

森も騒ぎなどがなかったから、あれから襲われたということはなさそうだった。




目の前にはもう、村の入り口が見えた。速度を落としながら、こっそり中の様子を伺う。これといって騒々しくもない。夜だからか、皆寝静まっているのか。



走ったせいでもあるが、走っているときよりもどんどん心拍数が上がっていくのを感じた。ゆっくりと近づいて、入り口に足を踏み入れると、暗闇の中に、何かの影をみつけた。




「……ゆ、雪乃…ちゃん?」




こんな暗闇で寒い闇夜に、外で横たわっている人がいた。体じゅうの血が凍るような悪寒に襲われる。それは足元から悪寒が駆けのぼってくるようだった。



「―――巳弥……!その声…は、巳弥…かい…?」



「え、」


丸い歪な形をした影は誰なのかよく見えなかったが、呼びかけて返られた声は雪乃のものではなかった。

苦しげに振り絞った声は、年をとった者の声。巳弥がよく知る声だった。



「ミツさん……?ど、どうして外に……!?」



すぐに駆け寄ると、ミツさんと思われる人ともう一人細身で小柄な人が、横たわっていた。揺らしてはいけないのでそっと身体に触れた瞬間、何かどろりとしたものが手についたのが分かった。



暗闇にも目が冴えてきて、それが血であることは容易に想像が出来た。




「巳弥、巳弥……。帰ってきて、くれたんだ……ね」



「ミツさん、血……血が!!!!」



ガクガクとミツさんの血がついた掌を震わせながら、いったい何がどうなっているのだと混乱状態に陥る。


ふいに水でも浴びせられたように、体中に電気が走るほどの衝撃に何も考えられなくなった。


しかし、それを現実に戻したのは、弱弱しいミツさんの声。そして、もう一人小さく呻き声を傷口を押さえて丸まっている女性。



「……!!あ、っゆ…雪乃ちゃん!!いったい誰がこんな…!!」



予想はしていた。ミツさんのことは想定外ではあったが、何事もないことを切に願っていた巳弥にとっては絶望でしかなかった。



「いい…の。分かっていたことだもの…。覚悟なら、ずっとずっと前から…出来てたから。」


きっとそれは、巳弥が代わりに森に行くといった時のこと。



虫の息の2人は、血も止まっていないまま瀕死の状態だ。おそらくこの惨劇が起きたのは、「ついさっき」なのではないだろうか。



「巳弥、無事で良かったよ。本当に、本当に。顔を、よく見せとくれ」


小さな声で、幸せをかみ締めるようにミツさんは笑った。顔を近づけて見る彼女の笑顔はとてもなつかしくて暖かいものだった。



「はや、く。巳弥、逃げて。森の中へ…村の人には分かってもらえなかった……。私をかばって、ミツさんも。―――あんたまで…っ失いたくないっ!!」



途切れ途切れに声を振り絞って離す雪乃の言葉で、やはり葵達の言っていた言葉が本当だったと理解した。雪乃ちゃんを、そして庇ったミツさんまでもを斬ったのは村人自身。


「危ないッ!!!」



「!!!!?」



警戒していながら、背後の殺気に気づくのには遅すぎた。そして、向かい合っている雪乃は、巳弥の背後にいち早く気づき、胸板を勢いよく押した。



ドスッという鈍い音が耳に焼きついた。雪乃に押されて地面に倒れた巳弥は、目の前の雪乃を見て、言葉を失った。



「あ、あぁ……あ!」



雪乃の脇には、深く矢が突き刺さっていた。それに固まる暇もなく、次は雪乃の背に矢を射抜かれる。


骨に貫通する、鈍い音が響き考えるより先に、雪乃を伏せさせようと両肩を持つが、逆に下敷きにされてしまった。


そして、その上を必死で身体を動かしながらミツさんがその上に覆いかぶさる。


「森に火を放て!燃やし尽くしてやる!」


「おい!!!まだ妖怪がいたぞ!!あいつ巳弥だ!やっぱり帰ってきたぞ!!!奴も、既に食われて乗っ取られたに違いねえ!皮を被った妖怪だ!」



「殺せ!!だまされるな!!」



雪乃ちゃんとミツさんに覆いかぶさられながら、怒鳴る村人達の声が聞こえた。

石を投げつける者や、矢を放つ音。雪乃ちゃんやミツさんの呻き声が耳元で聞こえる。


2人をこれ以上傷つけさせられないのに、どうしても退こうとせずに巳弥を守ろうとする2人に、ただ敷かれるだけだった。



「村の、人たちはもう…恐怖…で心が壊れてしまったわ。巳弥、せっかく村に来てくれたのに、また3人話そうって言ったのにごめんなさいね――――大好きよ。」



「……雪乃ちゃ……!」



その言葉を最期に、彼女に何が当たっても呻き声や言葉を発することはなくなった。



「や、……いやだ、雪乃ちゃん!!!」


「巳弥、あんたを妖怪だと思っているから、彼らは迂闊には…近寄ってこない。死んだふりでもして、しばらく動いてはだめだよ。」



「いやだ、ミツさんたちを、置いて行けっていうの!?」



私は、弱っていた2人にとどめを刺しに来たようなものだ。心配して、助けたくて来たはずなのに。足手まといどころか、雪乃ちゃんを死なせてしまった。この出血の量だと、ミツさんもきっと―――――




「あんたは、帰るんだろう?未来に。」


「……はい…っでも!」


「なら、また私が送り出してあげなきゃね。」



口から血が流れている。体中もいくつの矢が刺さったことだろう。それでもそれを感じさせないくらい、ミツさんの笑顔はまぶしかった。




「巳弥、森の話を…聞かせておくれ」



「―――!」




  『巳弥…必ず、必ず帰ってくるんだよ。約束だよ。帰ってきたら、森の話を聞かせておくれよ。』


森へ行く前、ミツさんが言っていた言葉を思い出す。泣きながら、見送ってくれたミツさんの顔は今でも忘れない。



「とっても、楽しかったです。もう、妖怪が襲ってくることもない平和が来たんですよ…!森の、中の話を…っ聞いてほしいです。少し、長くなっちゃいますけど。」



「へえ、それはぜひとも聞きたいねえ……。今度、聞かせておくれ…」


「―――はい、必ず。」




雪乃ちゃんもミツさんも、それ以来眠ったように何も話さなくなった。ただ、私の上に静かに覆いかぶさっていた。




呻き声をしなくなった私達を見て、村人が夜中にもかかわらずわらわらと集まってくる。ただ、けして近寄ろうとはしない。



「倒したぞ!!!妖怪2匹ちゃんと死んでるか確認するぞ。」


「本当に、死んでるのか?とくにあの巳弥に化けた奴。覆いかぶさられてるぞ。死んだのか?」



ずっと様子を見て、死んだと判断するかと思ったが、村人の数人はおそるおそるこちらに寄ってきた。



人間はなんと弱いのか。勝手に決め付けて。そんな奴らを守りたいと思っていたなんて。何も出来なかった自分が一番愚かで憎らしい。



「ハハハ…。あはハハ……!」



ミツさんにあれほど死んだフリをといわれていたのに、口が勝手に開いた。何も面白くもないのに勝手に笑いがこみ上げてくる。



「おい、あいつ!!やっぱり生きてるぞ!!!」


「笑ってやがる。この状況で笑うなんざやっぱり妖怪なんだ!!」




「あ、あいつ何か、光ってねえ……?」



どよどよと周囲が騒がしくなる。脳みそが今にも破裂しそうでこれ以上考えていられなかった。こみあげる衝動に身を任せ、諦めにもにた表情でゆらりと立ち上がった。



体中が桃色の気に包まれて、違和感と同時に浮遊感にも似た軽さを感じ、ふらふらと村人達のほうへ歩いた。



村人達はその刹那、桜を体中に舞わせながら瞳を紅色に開眼させ不吉に嗤う女を見た。

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