選択
「乙、鬼…なんで此処に?」
「こっちの台詞だ。村に続く道に何の用があるのかと思えば。人間が入り込んでいたのか。」
虫を駆除するような感覚で依然と前に出された右手から、再び赤い妖気の塊を出す。巳弥はいそいで雪乃の元にかけよりたいが、それ以前に動かない足と戦っていた。
「乙鬼!その子はだめ!!待って!!」
――――こんのっ…足、動いて!!
ガクガクと震える足を力の限り動かし、乙鬼に背をむけて走り出すも無様に地面に崩れ落ちた。恐怖で足が言うことをきかなかった。
しかし、乙鬼の初発の攻撃は外れて木に当たっただけだったことが分かり、安堵する。雪乃は腰をぬかして固まっていた。
「お願い、この子だけは見逃して!!遊び半分で入ってきたわけじゃないの!!村の人に生贄にされて…!!」
必死で訴えるも、乙鬼は全く聞く気がなく冷静に侵入者を殺そうとしていた。
村が知らずとも掟は掟。村を襲わないが、森に入った人間は始末する。長が決める掟は絶対だ。
「そして、その女と共に、村に帰ると?馬鹿な女だ」
「違う!そんなこと言ってないでしょ!この子だけでいい」
雪乃は絶対に殺させない。と固まった彼女を庇うように抱きついた。
「巳弥、お前もその女と一緒に死にたいのか。」
乙鬼はずっと機嫌が悪かった。雪乃と一緒にいる私を見て裏切られたと思い、怒りで我を忘れてしまっているのだろうか。全く聞く耳をもたない。きっと一緒に逃げようとして見つかったから言い訳をしていると思ってるんだろう。
約束は必ず守る。いつか、村に行く許可が貰えるんじゃないかと生温いことを考えていた自分が愚かしい。
「……殺せるの?」
乙鬼は私を殺せないだろうなんて、自惚れてはいない。しかし、全く話を聞いてくれない彼に頭にきて、途端に彼を挑発するような言葉が出てきてしまった。
何を言っているんだと自分でも思う。後悔したが時既に遅し。彼を怒らせるには十分な言葉だった。
一秒もたたぬ間に一瞬にして体が触れ合うほどに接近してきた乙鬼が、巳弥の首を片手で掴んで持ち上げた。
「あ…グっ」
首を絞まってうまく声が出せない。でも乙鬼が本気で絞めようと思えば、きっと頭と身体は離れ離れになっているはずだから、きっと普通に持ち上げられてるだけ。
乙鬼の腕を両手で掴んで首から離そうと爪をたてたり、浮いた足をばたつかせて腹部を蹴ってみるも、無駄な抵抗だった。
「ならば、選べ。」
「?、うあっ…」
途端に、足が地について首から開放された。一気に酸素を吸い込もうとして苦しさにゴホゴホと咳き込んだとき、呼吸する時間さえ与えないというように、巳弥は顎を掴まれ、上を向かされた状態で噛み付くように唇を塞がれた。
「……んっ……!?」
生ぬるい舌が、口の中に入ってきたかと思ったら、舌を牙で噛み付かれた。鉄の味が口内に広がり、やっと唇が離され呼吸を整えたときだった。
「……っ!!」
ドッと体中の血液が弾けたかのように、そのまま地面に倒れこんだ。
巳弥の口からは噛み付かれたからか、身体の損傷で吐血したのか、口の端から鮮血が零れた。
口を噛まれただけで、どこか刺されたりしたわけではないはずだ。それでも身体は動かず、内側だけを攻撃されたように、痛みが走る。
内側、口の傷。痛みに耐えながら考えれるのはその単語だけ。しかしその二つだけで予想はついた。
「ど、く……?」
声を出そうと精一杯腹に力をこめて、やっとの思いででた言葉と同時に、ゴホッと血を吐いた。まさか吐血するとは思ってもみなかったので自分でも驚いた。
「そうだ。お前が道案内として飼ってる朱里の白蛇の毒だ。傷口から入ったら普通は即死だろうが、ほんの微量だからしばらくは生きてられる。」
「…っ…ゴホッ」
「さあ、生きるか、死ぬか。」
-―-――――選べ。




