待ち合わせ
「ミツさん!私都へ行ってきます!」
「気を付けていくんだよ」
はーい!と言って外に出てさっそく都へ向かう。
この時代は、電子機器がまるでないために、時間間隔が難しい。ガキンチョは昼と言ったが、どれくらいなのかもわからない。
現代で言う正午には着けるくらいにはミツさんの家を出たつもりだ。真っ直ぐ道に沿って行くだけで着くため案外楽だ。ガキンチョとしている待ち合わせ場所も、都へついて左に曲がるだけ。方向音痴の私にやさしい道だ。
都に着き待ち合わせした場所に向かうと、あの生意気なガキンチョは既に待っていた。早く着いたつもりだったけれど、もっと早く着いていたとは思わなかった。走ってガキンチョの所へ向かう。
『ガキンチョー!お待たせ。待ったー?』
「リンゴ」
『あのね?坊や、第一声が”リンゴ”はどうかと思うよマジで。」
まぁ子供だししょうがないかと気にしないことにした。
リンゴを受け取るとその場に座り、すぐに食べ始める。相変わらずお行儀の悪い豪快な食べ方をするなあと見ていると、ガキンチョがこちらに視線を向けて喋りだした。
「お前、今日はおもしろい着物をきているな。」
『あぁ、これ?制服っていうんだよ。』といって勢いよくぐるりとその場で一回転してみせる。
勢いを付けてまわったせいでスカートが上がってオパンティーが見えてしまった。
『わきゃー!』
すぐにバフっとスカートを抑える。
『阿呆だな。…して、せいふくとはお前の国の着物か?ここの生まれではないのか』
「れっきとした日本人ですう!でも…」
リンゴを食べていた手をとめて、こちらをじっとみつめるガキンチョ。顔には早く言え。と書いてある。短気なやつだな!
『私、もっと先の未来から来たの。なんで此処に来たか分からないんだけど…。だから、親切な人に帰れるまで泊めてもらってる。』
すると、初めてガキンチョは興味を示したようだ。ほうっといって怪しい笑みを浮かべている。うん。実に気持ち悪い。
「おまえのいる未来では、森はどうなっている。妖怪は存在するのか?」
『あー森に入ってはいけないっていう掟があるよ。あと、ある女の子が村のために森に入り込んで、妖怪の長に魂食べられちゃうの。その子も妖怪になっちゃって村を滅ぼすんだって。酷い話だよね。』
「はっ!聞いた俺が馬鹿だったな。長がなぜ娘の魂を食べるんだ。」
『私に聞かれても困るし。でも安心しなさい。森は全部燃えてなくなっちゃうからね!』
まあ言い伝えによると、その後妖怪の長が一瞬にして焼けた森を元通りにしてしまうらしいんだけど、未来は平和なんだとこの子に教えてあげたくて敢えて続きは言わないことにした。
それなのにガキンチョはすごい勢いで立ち上がり目を見開いていた。食べかけのリンゴがころころと転がっていく。
『え…ちょっとどうしたの?』
無言で立ち上がるのやめてほしい。私の発言に相当驚いたようだけど、むしろホッと胸をなでおろすところではないのか。嘘だとバレた?でも森が一度全焼しちゃったのは事実言い伝えられている。私には妖怪の長が元通りにしちゃったことのほうが信じられない。だからそこは言わない。
聞かれなかったことを言わないことは嘘とは言わないのだ。…ということにしておこう。
「なぜそんなことになった?その女のせいか?」
村が滅んでしまったことより、森が燃えたことのほうが気になるなんて変な子だな。
『さあね、でもそれが原因ではあるんじゃないの?知らないけど。』
「人間を食らう趣味はない。無論、人間を妖怪にする理由もない。」
『なんでそんなに妖怪のこと詳しいの?やっぱ貴族はそういう情報得やすいとか?』
「……。」
ガキンチョは答えてくれなかった。何やら考え込んでいる様子。さっきは全然信じていなかったのに、森が全焼したと知った瞬間ころっと態度を変えた。
「大方、その女の自作自演だろう。常日頃から村の人間に恨みがあって妖怪に憑りつかれたように見せかけて村を滅ぼした。それしか考えられない。」
『いやいやなんでそんな頑なに妖怪のしわざだと認めないのよ。女の子一人でそんな力あるわけないでしょうが。』
「知らん。お前のその話には信憑性が全くない。聞いた俺が馬鹿だったようだ。」
『私のせいにしないでよ!でもね、これだけは確かな話よ!あの森は”炎滅の森”って呼ばれてるの!言葉通り、燃えて滅んだのよ。』
一度はね、と心の中で言っておいた。そもそもあまり未来の話をするのはよくない。でもこれくらいなら多分大丈夫だと思いたい。そもそもこんな小さな子が知っていたところで未来が変わったりしないだろうし。
もし私のいるこの時代にその女の子がいるのなら、何としてでも森に行くのは止めたい。
ガキンチョの言ったように、事実は全く異なる理由だとしても。
「―――――そうか。」
俯いて小さく呟いた。ちょっぴり猫っ毛のあるガキンチョの前髪が邪魔で表情はよく見えなかったが、とりあえずそれは信じてくれたのかもしれない。
もう、何も言わなかったから。
せっかく会ったのに、こんな言い争いをしたいわけではなかった。楽しく店をみてまわるつもりだったんだから。
『よーっし!店を見て回ろうよ!』
「一人で行『そんなこと言わずに!さぁ!』
ガキンチョが何かぶつぶつ言っているが、そんなのお構いなしに手をつかんで私は走り出した。
相変わらず都には人がいっぱいだ。これくらいにぎやかな方が楽しい。
普段こんなに沢山人がいるのに、お祭りなんていったいどれくらい混むんだろう。
「都の祭りってどんな感じなの?」
「なぜ俺に聞く。……とにかく人だらけだ。」
『ですよね。』
それは簡単に想像がつく。
「だが、祭りは嫌いではない」
祭りが好きだなんて意外だ。やっぱりそういうところはこどもなんだね。
『へぇ、私も見てみたいなぁ。ミツさん達も来るのかな?みんなで行きたいなー』
「誰だそいつは」
『あ、泊めてもらってる人。ガキンチョも祭りは一緒に見て回ろうね~』
「俺は暇じゃない」
今暇だからこうやって此処にいるんじゃないのか?と言いたいけれど、言い争いにはなりたくないので黙っておく。
『あー昼ごはん食べてないから、お腹すいちゃった。』
何かないかなーと言いながら、制服のポケットをあさった。するとアメやチョコ、ガムがでてきた。
「やった!現代のお菓子!ガキンチョ、喜べ!数百年後のお菓子だよ。一つずつあげる。」
そういいながら、巳弥もガムを口に入れもしゃもしゃとかんだ。
「これは、何だ?」
『それは風船ガム見てて…』
食べていたガムを膨らませてみせると、びっくりしたのか一気に距離をとられてしまった。
上から目線のガキンチョを驚かせる事で勝った気持ちになる私は、ちょっと大人気ないかもしれない。
ガキンチョもやってみ?といったが、もったいないらしく取っておくそうだ。代わりにチョコを食べていた。美味しそうだ。
一通り店をぐるりとまわって少々疲れてきたのでそろそろ帰ろう。
『ミツさんのご飯食べたくなっちゃったし、そろそろ帰るね。』
「ああ。また明日来い。」
『……はいはい。気を付けて帰るのよ!』
お前がな、と一瞥してくるとガキンチョはさっさと帰ってしまった。
私も日が沈む前に帰ってこれた。帰ったら、ミツさんがご飯を作って待っていてくれた。
「今日の少年はどうだったんだい」
「相変わらず生意気でした。まったく何であんなに上から目線なんでしょうね!親の顔が見てみたいです。」
「それはまったくだねぇ」
そうして笑いながら、また一夜が明ける。
都のにぎやかさは好きだけれど、ミツさんのいるこの温かな村が、この村の人が大好きだ。