眩しさ
人のいない方を目指して、奥へ奥へと駆けて行く。通ったことのない道だったため戻るとなると厳しい。呼吸を整えて、後ろからついて来ているはずの翠を探したが、肝心の翠がいない。
人ごみの中を走ったわけではなく、ごく少数の歩行人しかいなかったはずなのにだ。離れ離れになってしまうとは思わなかったので翠よりも先を走った。そもそも翠が、人を見失うとは思えなかったからだ。
「もしかして何かあったのかな。」
その場で立ち止まり、人一人いない道で立ち尽くす。全く翠が来る気配がないので来た道を戻ろうか悩んでいる時、建物の死角から何かが出てきた。
「……翠、なの?」
音もなく静かに現れた男は翠ではなかった。しかしそれは人間に違いないが、掌に石のようなものを持っていた。その石は朱く怪しげで、鼓動のように脈打って灯かっている。
「……!―――これは…っ」
一瞬、朱く灯かる石を取り落としそうになるが、すぐさまこちらの存在に男は気付く。
じっと石を見つめる巳弥をよそに、男は素早い動きで札を巳弥目掛けて投げ払った。
札は、ビシッと音を立てて巳弥の額に命中した。思わず「あだッ!!」とまぬけな声をあげたが、特に体に異常はない。ただ、額がヒリヒリとしたので手で擦っていた。
「……!!やはり…この程度では効かぬか!!」
「え?何々!?何するの?やめて無理無理!効きました!火傷並に私のデコがピリピリします!!ナイスパワーでした。はい」
巳弥の言葉などに耳を一切かさない男が懐から何かを出した。それはまた眩しいほどに黄金に光り輝いて、太陽を直視してしまったような感覚に巳弥は目を細めた。
「滅せよ!!!」
鋭く叫ぶ声がはっきりと聞こえた。それでも眩しすぎて目が開けられないまま、光は巳弥を包み込んだ。
激しい風圧が巳弥に襲い掛かり、足に力を入れて踏ん張るがいったい何が起きているのか分からない。
前へ前へと、押し上げる眩しい風に立ち向かうように一歩一歩足を踏み出す。すると、男の狼狽えた声が聞こえた。
「ちょっと!眩しいし、息しにくいし早くやめてくれる?」
一方的な攻撃にいくら人とはいえ、頭にきた巳弥は低めの声で言葉を発した。その数秒後、諦めたのか眩しさと風がなくなった。
そこで初めてお互いがしっかりと向かい合った。
「で、頭つるつるのおじさん何か用?」
「忌々しい妖怪めが!!退治してくれる!!」
「……妖怪?ごくごく普通の人間だし。……ていうかまだあるの?眩しいのはやめてね…。目が辛い。」
「人間…だと?世迷言を。この石は妖怪にしか反応せぬ。この灯りが何よりの証拠。それも、祓い屋をやっていて一度もこんな禍々しい色を見たことがない。」
「その朱いのが?」
「そうだ。弱い妖は「藍色」一般的な獣妖は「緑」最も危険な上級妖怪と言われる者が「黒」く光る。」
「んー、じゃあ「朱」は…故障じゃないの?」
「んなわけがあるか!!朱は未知の力。恐ろしいものに違いない。森の長となるほどの力があるということ。その朱が貴様に反応している。そもそも貴様、本当に人間だろうな?」
頭がつるつるのおじさんは、余計に警戒した姿勢でこちらを探っている。
まあ、払い屋をしていると言ったが、数十年やっていて初めて見た石の光に動揺するのは分かる。
あれ、でも「長ほどの力をもつ」ってやっぱり自分のことなんじゃないの?
だって朱里や乙鬼曰く、乙鬼が作り出した桜の木に居過ぎたことにより、その妖気が巳弥にも入り込みつつあるということ。
近づきすぎると、その莫大の妖気に飲まれるのだと。実際飲まれかけたこともある。
乙鬼の妖気が私にもあるってことだから、おっさんの石が反応を見せても不思議じゃない。
「なんて言えないよね~。危ない危ない」
「……?まあいい。こちらの監視下に置くことにするから両親に合わせろ。しばらく預かる許可をもらわねば。」
真顔で言いきるおじさんに思わず顔が引きつった。
500年後の未来に居ます。
―――なんて口が裂けても言えない。
「あ、…会えない、場所に…いる。」
「…!―――――そうか、すまない。」
「?」
すぐに察したようにおじさんは視線を落とした。巳弥自身、何故そんなにしんみりし出したのかと思ったが、違う意味でとったようだ。
そうだ。この時代は死が身近に付きまとう―――そういう世界だった。
申し訳ない気持ちになったが、事実を言っても信じるわけもなく、ただいないとなると妖怪だと決めつけられて捕らえられかねない。
何はともあれその場は凌げた。
「それにおじさん。少なくとも今日は、妖怪は此処にはいないよ。」
「何故わかる?」
「だって今日森では、妖怪たちの会合だからね」
「……?何故、人だというお前がそれを知っている?人間というのはやはり嘘なのか。」
「あ、……まいっか。……森に住んでるの。今はあそこが、私の家。」
さらりと本当のことを言ってしまった。おじさんは目を見開いて顎まで落ちてしまいそうな表情をしていた。
一から話すのはかなり面倒なので省略し、それ以上は何も言うつもりはなかった。
おじさんは、森に住んでいるということを以外にも疑わなかった。何故かというと、巳弥の着物は所々、土まるけで、払い落とし損ねた小枝が引っ掛かり、小さく破けた後や、転んだ時のアザもある。
普通の生活でそこまでにはならないから、信じざるを得ないのだろう。
それを思うと、自分でも気づかなかったが、随分みすぼらしい恰好をしていたんだなーと感じた。
変えはあるが、すぐにボロボロになるのであまり着る気にはなれないだけだ。
「……わかった。監視下には置かない。だが、一つやってもらうことがある。最後にお前が本当に人間かどうかを確認する。」
「…?まあ、痛くも眩しくもないなら…。」
「お前は痛くないから安心しろ。右腕を出してくれ」
言われるがままに袖をまくり右腕を差し出すと、おじさんは自身の袖の中に手を突っ込んで筆をとり、巳弥の右腕にさらさらと何かを書いていく。
つなぎ字で何が書かれているのかはわからないが、悪寒が巳弥の身体を循環した。
「また、何かあれば来るといい。」
無表情で静かに言うと、踵をかえして立ち去ってしまった。
「え、これだけ?確認できたのかな」
もやもやする気分に違和感を抱きながら、その場で立ち尽くしていた。




