氷
不気味に笑う、「少女」ではもはやなかった。巳弥の足首を握る小さな手は、その白い皮膚を突き破り肉が見えた爪の長い獣の手と成り果てた。笑う口は耳元まで裂け、牙が生える。
真っ赤な美しい着物を突き破り背中から骨が飛び出ている。黒い髪は依然と揺らめいていた。
透明感のあった瞳は濁った灰色になり、桜の妖気に当てられ爛れた皮膚は、より一層恐ろしい姿へと変貌させた。
数秒の出来事に、「雪女」なのかという疑問すら湧いてきた。もはや巳弥が捕まっている幹と枝は頑丈でも、足首が粉々になると判断した巳弥は、捕まるのを止め、引っ張られて地面に叩きつけられた。
そのまま肩をガッシリと地面に押さえつけられ、口から涎が垂れおち巳弥の首元を濡らした。
「っ…こんのッ!!」
抑えられた肩の痛みに耐えながら、かろうじて動く手首を動かして、地にひらひらと舞い散る桜の花びらを掬い取り、「雪女」に降りかけた。
「ぐあァぁあアッ…!!」
「効いた!!」
さっと抜け出したもののすぐに捕らえられる。焼け焦げて顔の原型がなくなってきている妖怪は、巳弥を再び捕まえても苦しんだまま。
「これでも、くらえ…!!」
何度も何度も花びらを当てるが、苦しませて狂暴化させるだけだった。
武器など持って来ていないし、一度自我を忘れて暴れたことがあるが、なぜそうなったのかも分からないので巳弥自身の意思で出せる技ではない。
どうすればいいのかと、全神経を緊張させた。
すると、頭上から凛とした声が発せられた。
「乙鬼様、やはり此処にいたようですね。見つけました。」
「……。」
乙鬼様、の言葉にハっと顔をあげると、そこには黒い髪に赤い着物をきた真っ白な女性が浮いていた。続いて乙鬼も木々を飛び越えてやってきた。
巳弥の姿を見つけた乙鬼は至極不機嫌だった。
見覚えのある女性の姿はすぐに、目の前にいる元々「少女」で布を肩にかけてあげたこの妖怪と同じ姿だと気付いた。しかし、浮いているのは「少女」ではなく大人びた顔の女性。
「雪女の親子…だったり?」
「違うわよ、お嬢さん。」
すぐに鈴とした声が再び巳弥へ向けられる。妖怪は暴れるのをやめ、空に浮かぶ女性と、乙鬼を見るが、その瞬間再び暴れ始めた。
「雪女は、私。その妖怪は私の真似事をする真似妖怪ね。“雪女が来ると森の妖怪が隠れる”のは、その妖怪のせいなの。
それで、長の命により、共にその妖怪を捕らえんと捜していたのだけど…。お嬢さんは災難だったわね」
この妖怪は雪女の真似妖怪。という説明を一通り聞くと、本物の雪女は一瞬にして妖を凍らせて手者へ持っていく。
「え、まさかそれコレクションにするの!?」
「これくしゅん?なぁにそれ?」
「あ、いえ何でもないです。」
雪女が気に入った者かどうかはさておき、持って帰るというのは本当だったらしい。
これにて一件落着かと盛大な溜め息をついた時、巳弥の視界がぐるんと回り、浮遊した。
「ぎゃあ!え、なになに!?って、…乙鬼サマデスカ。」
ぎろりと睨まれながら、俵担ぎをされていた。外を出るなという言いつけを破るどころか、桜の木に近づくなと言われていたのにあっさり破り、おまけに妖怪に襲われる始末。
冷ややかな視線を向けられて怯んだ時、「あらまぁ…。」と雪女が声をあげた。
雪女の方を2人して振り向くと、雪女は意外なものをみたというように驚いた顔をしている。
「乙鬼様もお持ち帰りですか。その人の子は、あなた様のお気に入りだったのですね。」
「これくしゅん、ね!」といって雪女が無邪気に笑った途端、突然彼女が凍らせた真似妖怪の氷にピキンとヒビが入った。乙鬼以外の巳弥と雪女は緊張が走る。
「あら?おかしいわね、ちゃんと頑丈に作ったし、中身も凍らせて始末したから生きてるはずないんだけど。なぜかしら?」
とぼやきながら補修する雪女に背筋がゾッとした。
そんな雪女を無視してそのまま巳弥を担いだまま、木々を飛び越えて家に帰って行った。




