人格の異変
「ついたーあ!!」
両手をあげてバンザイをする巳弥とは打って変わってボロボロな状態で肩で息をしている里の人達。戻ってきたもののやはり男は村へ追い払われたらしく里はもぬけの殻だった。女性人はかたまって、くったりと座りこんでいた。
2匹の獣は自分の里だと言わんばかりに誰かの家に入り込み中を荒らしていた。
「がきんちょ。この妖怪さん達なにしたいのかわからなくなってきた。」
「今更か。」
「森ってまともに歩けないし、領地争いしてるやつだっているらしいし…窮屈だから、森を出て新しい住処でも作りたいのかなーって思うんだけどさ。この獣さん達、乙鬼に逆らって反抗したいんでしょ?だったらこそこそせずに堂々と掟破ればいいじゃん。死ぬけどさー。」
「死にたくないからコソコソしてるんだろ。」
「あーあー…か弱い私を巻き込まないでよねーもう。」
「か弱い?お前のことか」
「え、もしかして私強い子?」
目をキラキラと輝かせて聞くと、根性だけは妖怪に負けないな。と言ったが喜んでいいのか分からなかった。獣は獣で、家を荒らすのに飽きたらしく、帰らない仲間がどこへ行ったのかとイライラしている様子だった。
もう乙鬼に始末されたよーと伝えてあげたいが、それで逃げるならまだしも暴れられたりしたら、里の人に危害が及ぶかもしれないので我慢する。
それにしても、乙鬼が来たというのなら、彼はもう此処にいる何かに化けているはず。それこそ、わざわざ人間である巳弥の匂いを付けた子供用の着物を持参して行ったのだから、今の乙鬼は子供に違いない。それなのにそれっぽいものを着ている子供がほとんどで皆同じに見えた。
「もっとよく着物見とけばよかった…。」
「…?」
ガキンチョがちらりとこちらに視線を向けるが、すぐに獣の方へと向き直った。苛立ちが頂点に達したのか、短気な獣が叫び始めた。そのまま狂ったようにかたまって集まっている人達の所に歩いている。立ち上がって後ずさるような暇もなく怯える人の、一番手前にいた男の子の頭を獣は片手で軽々と掴んで持ち上げた。
「(あ…私に化けものっていった男の子…。なんか危ないかも)」
「おいチビ!俺たちの仲間が帰って来ないんだが、知ってるかァ?しってたらさっさと吐け!!」
みしみしと音をならしながら、掴む頭に力が込められ、それに男の子は苦しそうに表情を歪ませた。
「離せ…!っ…お前等もどうせすぐにあいつに殺される…!早く消えてしまえ!…痛ッ」
「あいつ、だと…?それは誰だ。答えろ!」
怒りに興奮した獣は、さらに男の子の頭を握りつぶすかのごとく力を込めた。獣の鋭い爪がめりこんでいるのか、頭からツーっと赤い液体が流れた。しかし、そこで何故か男の子は、パッと掴まれていた頭が離され、地面に尻もちをついた。殺されるかと一瞬考えた少年は、解放されたことにポカンとし、獣を見上げた。
獣は依然と腕を伸ばしたまま。しかしそこには、腕に短刀が貫通し、ぽたぽたと血が垂れていた。そしてその短刀を握りしめているのは
―――――巳弥だった。
乱れることのない静かな殺気を放っていた。能天気で光を宿しているいつもの瞳は、すっかり宵闇のごとく何もうつしておらず、表情すら「無」だった。
「…!あいつ…いつの間に」
死にそうになっていた男の子に気を取られていたのか、巳弥がそちらに向かって行っていたことに気が付かなかった。いつの間にかそこに立っていた巳弥は、どこか別人のよう。一度も見たことがなかった。
短刀を腕に刺された獣は、痛みではなく、その手が思うように動かないことに顔を歪ませた。
「しびれ薬だよ。無抵抗の人間に危害を加えることは、許さない。」
「お前か…?このガキが言ってた「あいつ」ってのは…。」
おまえが、殺したのか。とみるみる顔を険しくし、殺意を露わにする獣。刀が刺さり麻痺している腕と反対側の鋭い爪を巳弥目掛けて振り下ろす。それを予想してか、すかさずかわして短刀を腕から引き抜き戦闘態勢に入る。
「そうか、同じ半妖だと思ってなめていたらしい。今までのふざけた態度にも騙されていたってわけか。それが、本性か?」
「ってことは…向こうにいる半妖のガキもグルみてえだな。」
対峙し合う巳弥と獣に、もう一匹の獣は、ガキンチョの方へと飛んでいく、その勢いでガキンチョのところに突っ込んで行き、地面に大きな穴をあける。ガキンチョを叩き潰したと、愉快に笑うのは、5匹の獣の中で指示を出していたリーダ格の「理蛇」
砂煙がたち風とともに視界がはっきりとするが、そこにガキンチョはいなかった。その代わりに理陀は背中に重みを感じ、そこに乗っかられていることに気が付いた。
「……。」
ガキンチョの安全を確認できたのと同時に、巳弥自身にも獣は襲い掛かる。人の身でありながら、短刀ひとつで軽やかに攻撃をかわしながら、相手にダメージをしっかりと与えていた。人道離れした彼女はまるで戦場で舞っているように見えた。あるはずのない桃色の花びらが吹き荒れる幻覚すら見えてしまうほど。
そんな彼女に背後を取られ、不意の攻撃に蹴り飛ばされ大きな図体がドシンと倒れ込む、すぐに起き上がろうとするが、巳弥はそれが出来ないように横たわった身体にのしかかる。
しかしそれを、しめたと言わんばかりに大きな手で巳弥の首を締め上げた。
「形勢逆転ってか?ヘッ…こんな小っこい身体でオレを押さえつけてられるとでも思ったか!!あめーんだよ。これで終わりだ。」
「…触るな。」
首を絞められながらも表情一つ変えずに、殺気をこめて言葉を発した瞬間、巳弥のうなじから、しゅるしゅると白蛇が出てきて、絞める獣の腕に巻き付いた。
慌てて首から手を放したが時すでに遅し。蛇に激しく噛みつかれ、痛みに声を荒げる前にパタリと倒れた。蛇はそのまま巳弥の着物の中にしゅるりと戻っていった。
まったく動かなくなった獣の身体の上からどいて1人、俯きながら立ち上がる。瞳の奥の深く重苦しい闇は消えてはいなかった。
足を引きずるように歩きはじめる。ゆっくり、ゆっくり。その方向は、唖然と惨劇を見ていた里の人達。
壊れてひとりでに動き出すカラクリのよう。今だ発せられる殺気に、女子供は震える足を必死に動かして立ち上がり、逃げようとする。
「巳弥。やめろ。」
彼女が戦っている間に瞬殺で理陀を始末していた乙鬼。ガキンチョのままでは戦い辛いからと、巳弥が見てないのをいいことに乙鬼に戻っていた。
突然の彼女の人格と戦闘能力の代わりように、しばらく観察していた乙鬼だが、獣は全員始末され、今だ殺気をだだ漏れにしている巳弥を見かねて、声を発した。
ゆらりと、振り向いた巳弥は、対象を見つけたように乙鬼に向かって走り始めた。しかし、走っている最中に、乙鬼は彼女を手刀で気絶させた。
倒れ込む巳弥を肩にかつぎ、取り残されたようにただポカンとしている里の住人に向かって、「後は好きにしろ」と静かに言うと、森の中へと消えて行った。




