全盲の少年
「あ、とーや。……すっかり忘れてた。もう帰るの?一週間経ったんだ。早いなー」
「一週間だけって約束だからな。俺はまだおっかねえ鬼に殺されるわけにはいかねえし。……つか今さらりと酷えこと言ったな。」
とくに何もすることのない日々で、昼間は特に乙鬼も葵も来てはくれないのでこの上なく暇なのだ。というわけで昼間は桜の木の所でお昼寝をするのが日課。夕方迎えが来るまで寝ている時だってある。つまり夜は眠くならないのですっかり夜行性になった巳弥。そのため夜は弓の練習をしたり、最近では葵に戦い方を教えてもらったりと時間を有効に使っているとみせてただのダラダラ生活だ。しかし睡眠時間としている昼もよく邪魔が入るのでぐっすりは寝てられない。そして今日、「また起こされた」とでも言うような表情で木から飛び降りると、数日ぶりに見る妖が気だるそうな顔をしてこちらを見ていた。
彼はもともと妖の住む森を荒らしまわっている妖怪だが、この森の長には敵わないと思ったのか一週間だけ滞在するという条件のもとこの森に入ることを許された。知らぬ間に一週間が経ち、今日自分の森に帰るのだと教えてくれた。
「ありゃ?とーや森で暴れるために来たんじゃないの?まあ乙鬼と約束したしねー」
「フン、約束した覚えはないがな。」
「凍夜様、報告に行ってきました。」
「うおぅ!?ちょっと護衛!瞬間移動やめてくれない!?突然現れられると私のか弱い心臓が吃驚すんじゃん!」
突然、凍夜の護衛かと思われる一人が現れ、乙鬼と話を終えて後は帰るだけのようだった。
「あ、あぁそれは失礼した。………?」
「え、な、なに?とーやの護衛じゃなかった?」
「いや、か弱い心臓ってのは間違いではないかと思ったので。」
「え?わざわざそこに疑問?」
せっかくの来客なのにもっと話したかったなあと若干後悔しながら、凍夜達を見送ることにした。歩いている最中巳弥はふと、凍夜と護衛と、あともう一人いなかったかと聞いたら3日目くらいに自分の森へ帰ったのだと言っていた。凍夜という長がいなくなってそちらの森の妖怪達も荒れているのだとか。そんな危ない妖怪達をほうっておいて長ともあろう凍夜は何しに来たのだと呑気に欠伸をしながら歩く彼をみながら盛大なため息をついた。
「……おい、お前いつも桜の下に迎えに来てもらうんだろ?迎えに来てくれないと帰れないってことは方向音痴じゃねえか。なのに森の出口分かるのか?」
「……え?知らない。こっちじゃない?多分。」
「……。俺達は森から出ようと思えば飛べるが、お前迎えは来るのか?此処結構離れてるぞ……。それに出口どころか奥に行ってる気がするぞ……。お前が見送りするって言うから付き合ってるが戻った方がいいんじゃねえのか。」
「大丈夫大丈夫。ほら、あそこにでかい桜の木が見えるし。どこにいても見えるから、あそこに行けば迎え来てくれるよ……多分。」
「それすらも多分なのか。」
だんだんと獣臭くなっている道をそのまま真っ直ぐ歩いて行く。この辺りは巳弥は通ったこともないので新種の妖怪が見れるかもしれないという好奇心にかられていた。何かあったときは凍夜を盾にすればいいと軽く考えていた。しかし巳弥が石につまずいてこけそうになった時にはそのままスルーで受け止めるどころか避けられたのを見て、もう早く帰った方がいいかもしれないと、やっと危機感を抱いた瞬間だった。
「そういえば、とーやにお別れの贈り物をあげよう!」
じゃじゃん、と言いながら懐からとりだしたものはなんと、茸。凍夜は数秒沈黙した。しかし一日しか話したこともなかったのに何故か巳弥の性格を分かり切ったように予想通りだという顔をしながらその茸を受け取る。その茸はこの森にしか生えていない毒茸だ。まさか食べるために取っておいたのではないかと聞くと、巳弥は材料だと言った。いったい何に使うつもりだったのだろうか。
「またおいでよ」
「お前のところの鬼がまた来て言いというような奇跡が起きたらな。」
「むーそうか。なら私がそっちに行くよ!約束する」
「出来るか分からないことを約束するな。妖怪は約束を必ず守る。契約という名の縛りで約束を果たせなかったり破ることは裏切りだ。裏切りは死だと鬼に教えられなかったか。」
「言ってたような…聞いてないような…。そんなに厳しいの?妖の世界も大変だなー。」
立ち止まる巳弥をおいて先にスタスタと歩きだす凍夜と護衛に、急いで追いつこうと速足で歩く。すると突然2人は立ち止まった。
「ここまででいい。」
「え、ここまでで良いの?」
また会えたらいいね、という言うと「せいぜい鬼に頼むんだな」というセリフに少し口元を緩ませていた。そして一瞬のうちにその場からいなくなり上空を飛び去った。雲ひとつない虚空をしばらく見上げていると、枝を踏む音が聞こえてきた。すばやくそちらを向くと、小さな少年が木の幹から顔を覗かせていた。ちょうどがキンチョと同じくらいの年頃の少年で、恥ずかしそうにこちらをうかがっていた。
「お姉ちゃん…?」
嬉しそうに木から顔を出す少年に頬笑みかけてそちらえ歩きだす。目の前まで来てしゃがみこむと、両手を彷徨わせて巳弥の肩に触れた。するとその少年は巳弥に抱きついた。人懐っこい妖怪もいるんだなと頭を撫でてあげると嬉しそうに笑う姿に胸をくすぐられた。巳弥の方を見上げてはいるもののお互いの目が合う事はなかった。目の前までしゃがみこんでいるのに両手を前に出して彷徨わせる行動に巳弥は疑問を感じていた。しかし、視線は彼女の腰のあたり。それ以上上を見上げることはない。まるで少年と同じくらいの身長の人に話しかけているようだった。
それで巳弥は、少年は目が見えないということがわかった。確認するまでもないので敢えて聞かなかった。
「森までよく来れたね。変な妖怪には会わなかった?怪我はしてない?この辺りは危ない妖怪がいないから安全だよ。だからずっとここで待ってた。」
「私ってそんなに人間の匂いするの?変な妖怪には、それはもう沢山だけど……。こんな森の奥なのに安全なんだ。っていうか待ってたって私を?わ、私って有名人?」
「うん。森に入ってくる子なんて君しかいないじゃないか。だからすぐ分かった。妖怪に会ったの!?大丈夫だった?逃げれたの?」
小さな子供と会話するのはガキンチョぐらいでガキンチョよりも少年らしいというか子供らしさを持った男の子だった。というかガキンチョが生意気なだけで特殊なんだと自己完結して少年と話しをするが、だんだん違和感を覚えるようになった。会話自体は成立しているものの、巳弥と会話をしているようで別の者と話をしているような感覚だった。しかし、この年の子供はこれが普通だろうと思い、話を合わせようと、よくわからないまま会話を続けていた。
「ねえ、どうやって森に来れたの?行っちゃだめだって言われてたじゃないか。」
「ああ、まあそれには複雑な事情があってね、森の長と契約して此処にいることになったんだ。」
「ええ!?乙鬼様と!?よく殺されなかったね!なんでそんな危ないことしたの?僕に合うためにそこまで?」
「え?……あ、ああ。うんそうそう。君に会うため?かな!はっはっは」
自己愛の激しいナルシストか!!とツッコミたい気持ちを抑える。少年とは日が暮れるまで話していた。しかしこれ以上話していると、桜の場所に迎えが来る。自分がいないことになると、後で乙鬼に何を言われるかわからない。もう少し話していたかったが、打ち切ってまた来たほうが良さそうだ。少年にそろそろ帰らなきゃと理由をつけて話をきり出すと、目が見えずに空の状態が分からなかったようで、「もうか……。」と言いながらお別れすることになった。
「次来る時は都の方から来るといいよ。村の方は妖怪が沢山いるし、森の入口から此処は距離があるから危険だよ。」
「え?あ、うんそうなんだ、じゃあそうする!」
ずっと此処にいるとさっき言ったような気がしたが、また言ってる時間もなさそうで質問攻めに合いそうだったのでまた森の外から来るということに合わせておいて、後日会った時にまたゆっくり話すことにした。
走って桜の木まで向かうと、タイミングよく乙鬼が現れた。ほとんど葵が迎えにくるのに乙鬼自ら迎えに来てくれるとは珍しいなとひそかに思いながら、家へと戻る彼の背中をみながら帰った。




