招かれざる来客
誰かが開けたのか、ちゃんと閉らずに少し開いた板戸の隙間から光が室内にこぼれていた。もう何度破壊されたか分からないボロボロの板戸が風に揺られてギーッと開いたり閉ったりしていた。朝日を浴びようと目をこすりながら巳弥は外に出た。眩しい光を浴びながら伸びをして朝の空気を吸う。
しかし巳弥が思っていたより爽快な朝ではなかった。森の中はいつも妖気に満ちた空気だが、今回はもっと重苦しいような少し肌寒いせいで背筋がぞわりと悪寒が走った。その気味の悪い風に揺れている木の葉も騒いでいるようだった。
板戸を開けると目の前の大木の枝で眠っている乙鬼もいない。きっと何かあったのだと思い風向きとは逆に歩き出す。この重苦しい気が森中に充満する時は、大抵人と妖怪の争いで、また死人が出たのかもしれないと気が濃いところに歩いていく。
歩いていくたびに重苦しい空気は次第に妖怪臭い、と思うようになった。もしかしたら、乙鬼や、翠、葵などの強い妖力を持った上級妖怪が会議のようなものでもして集まっているのではないかと。
妖気が集まりすぎると重苦しい空気になるのではと巳弥は思ったが、実際は少し違っていた。乙鬼や翠が集まっているのは確かだったが、同じような人の姿をした数人の妖怪と向かい合っていた。
乙鬼達と向かい合う彼らはこの森に住む上級妖怪かと思ったが、どこか違う空気がした。重い空気というより、何か危ない空気だった。
巳弥は、気配を感じ取られないように距離をあけて木の上に登って様子を見ることにした。
「遊びにきただけだろーが。ちょっとしたらすぐ帰るからいいだろ?」
「……。」
「貴様……!さっきから凍夜様を無視して何様だ……!!」
「乙鬼様だ。」
「ああ!?」
話を聞く限り、向かい合っているどこか変わった空気を漂わせている彼らはこの森の妖怪ではないらしい。どこか他の山に住む、いわゆる余所者という奴だろう。
どうしてかは知らないが、この森にしばらく滞在したいようだが、乙鬼にことごとく無視されているという状況。余所者にもそこの一番偉い支配者がいるようだ。どうやら凍夜という妖怪がそれらしい。
何様だ、という余所者の怒鳴り声に答えたのは、葵。この森の妖怪たちはあきらかに喧嘩を売っている。それもものすごくダルそうだ。何日も一緒に生活していれば嫌でも分かる。
おそらくこんな早朝から余所者が来たという知らせを聞き、面倒ながらも行かなければならなかったことで眠さと苛立ちを感じているに違いない。乙鬼なんかは、巳弥が見ている限り一度も口を開かない。
そして目を閉じてしまっている。もしかしたら、目を瞑って立ったまま寝ているのかもしれない。こんな時になんて呑気な奴らだ!と危機感を覚えながらも黙って気配を消して話を盗み聞く。
「おいおい、この森の頭はお前だろ?喋れないのか?まあ、しばらく滞在させてくれないってなら、此処の妖怪共殺しちまうかもなァ……。この森の外にある村の奴らでもいいんだが弱くてつまらなくてな…。」
にやりと楽しむように笑う男は、凍夜という男。ぬばたまの闇のように黒い髪がまとめられて右肩に垂れている。その黒さのせいか、その端整な顔はとても生気が感じられないくらい白かった。
瞳は髪のように真っ黒だ。曇った何も興味のなさそうな瞳の奥に悲しみを感じた。その凍夜という妖怪こそ余所者達の長だろう。他の余所者達の行動、言動や反応を見ているとそう窺えた。
その彼が、この森に危害を加えようとしている。それだけでなく、妖怪たちと関係のない村の人間まで。乙鬼とは、森に入ってこない村の人に危害を加えないと約束してもらった。
それなのに余所者に暴れられてはまた人と妖怪が争い始める。乙鬼はどうするのかと、巳弥は唾をのんで成り行きを見ていた。
「……一週間。」
「?」
静かに呟いたのは乙鬼だ。きっとここに来て初めて声を発した。凍夜達は少し驚いていた。もしかしたら彼らはただこの森を荒らしたかっただけなのかもしれない。
「へえ、一週間、か。それ以上いたらどうなんだァ?」
凍夜の挑発的な言葉に、乙鬼はようやく目を開きまっすぐに凍夜を捕えた。
「殺す。」
「!!……面白え、そうこなくっちゃな」
殺す発言に対し、「そうこなくっちゃ」とはもはや、滞在許可をとる者の言葉ではない。その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ぺろりと舌なめずりをしている。
一週間後に戦いの約束をしているようなものである。翠や葵も余裕のある表情で向かい合っていた。それを離れたところで見る私は内心ひやひやしながらそれを見ているのだった。
その後、乙鬼は余所者の彼らに何かを話していたが、そろそろ話も終わるころだろうと思い、見つかる前に早く戻って待ってることにした。
家の中にいるのも暇なので、どこにいても見える淡紅の花、もう何度も行った乙鬼の妖術でつくられた桜の木へと歩いて行った。
「凍夜様……本当にこの森にいるつもりですか?此処の長は、危ない感じがしましたが……。暴れるなら他の所にしましょう。あの乙鬼とかいう奴は危険です。」
「おい、誰に物言ってやがる。俺が、あいつに負けるとでも言いてえのか。」
「そ、そういうわけでは……。」
殺気を放ちながら、一週間という期限付きで森の中に滞在を許された余所者達、人の姿をした妖怪は3人、凍夜と後は護衛のような付き添いが2人だった。
「そういえば、乙鬼っていう奴から出された此処の掟、守るんですか?とりあえず従っておいたほうが良いと思いますが。」
「……此処の妖怪と、森に入って来ない村人に手を出さない。この森に1人だけ人間の娘がいる、その女に手を出さない。だっけか?これじゃ、暴れられねえじゃねえか。」
「しかし、此処で暴れるのはやめましょう。いくら貴方でも、この森の長は危険です。」
「ッチ、面白くねえな……。」
しばらくして、あまり木が立たない静かな場所に行きつきた。道も分からないので3人で歩いていると、季節外れの木を見つけた。
妖怪もいない木も立たないもの寂しい場所で、大きな存在感を示す大木が立っていた。3人はすぐにただの木ではないと感じた。近づくか迷ったが、妖気のまじった気分の悪くなるほどの木を近くでみようと歩み寄った。
「……!!凍夜様、お下がりください。あの木、何かがいます……」
「……?」
近づくたびに、押しつぶされそうになるほどの強い妖気の中に好んで行くものがいるのかと、うろたえたがそれでも、この桜の木の幹に背をあずけて枝の上に気持ちよさそうに眠っている娘がいた。その娘は何かの気配を感じとったのか、ゆっくり瞳を開いてこちらを見つめた。
「……なんだ、あいつは?」
思わずそう呟いた凍夜に両側の2人が驚いた。
「……凍夜様、あの娘……乙鬼が言っていた人間の娘とやらでは……?」
「……人間の?」
こちらを見つめる娘の目が、すこし見開いていた。
何故人間と仲の悪い妖怪が、人間の娘を住まわせているのか不思議でならないが、胸の中に高ぶる何かを感じた。
「なるほどな。……面白くなりそうだ。」




