祭り
朝夕の風が頬をかすめると冷りと寒気を感じる。北風が木の葉を散らす頃、森の中に一本の季節外れの桜の木が燃えるように存在する。さらさらと散る桜の花弁は桃色に輝いているため、揺らしている風までもが光っているようだった。桜の木が結界のような桃色の輝きに覆われている。あまりの美しさに魅せられて入り込んだ低級妖怪は、この木が立って一日も経たないのにもかかわらず何匹もいたが一瞬にして燃え尽きてしまった。それでも見に来る妖怪は多かった。
私もその一人だったが、生憎今日は祭りなので、急いで葵に森の出口まで送って行ってもらった。そして都へと駆け足で走る私を見送ってくれた。
葵は何故か木に向かって話し始めた。
「乙鬼様、面倒な事してますね……。」
「……。」
葵の言葉に返事はなかったが、ガサッと葉が揺れ、乙鬼は木々を飛び越えて都の方へ飛んで行った。
乙鬼は都までひとっ跳びのため、時間差をつけながら目的地に到着した。
『がきんちょー!!待ってたよ。久しぶりだね元気だった?』
「……まあな。ところでお前、なんでそんな泥だらけなんだ。来るまでに何をしていた……?」
私の泥まみれの服をみてガキンチョは唖然としている。来る途中で泥がついてしまったのだ。
『いや~真っ白なウサギを見つけてさ、近づいたら泥かけられちゃったの。だから泥遊びしてた』
「………は?泥の掛け合いをしていたと?ウサギと?良い年した奴がガキの真似事を?」
『そうだよ。ちょっと待って……!今私のこと大人の女性って言った!?う、嬉しい……』
「黙れ。言ってない。耳は健全か?」
喜びのテンションで、そのままくるくるとその場で踊ると着物にべっとりついた泥が、辺りにびしゃびしゃと飛び散る。ガキンチョは着物につかぬように黙って数歩離れていた。
「おい……。地面を汚すな、それに周りの視線が痛い。近くの店で買いに行くぞ。」
『ええ、私そんなお金持ってないよ。村でミツさんにお願いして貰うわけにもいかないし。乙鬼との約束だからね。」
本来森を出てはいけないという約束なんだけど、それを言うと「じゃあ今都にいるのは?」とガキンチョにツッコまれてしまうので、さりげなく「村に行ってはならない」という約束にすり替えてしまっている。私もダメ元だったんだけど、乙鬼が許可をくれたなら、それがルールだよね。
「仮に約束がなくとも、お前が村に戻るのは危険だ。」
なんで?と聞いたけれど答えてくれなかった。伝説通りの女の子みたいになってしまうからだろうか?私は村を破壊したい衝動なんて持ち合わせていないけど。
もやもやしながら二人で屋台を見ていると、美しい髪飾りや着物がずらりと並んでいる店を見つけた。
『わあ……綺麗。』
「あら、可愛らしいお嬢さん。いらっしゃい」
女性が着飾るためのものが並ぶ店を一通り眺めると、奥からこの店の人だと思われる男性が出てきた。おねえ風の人だった。
『か、可愛らしい!?き、聞こえなかった!もう一回お願いしますお兄さん!!』
「え、」
「……聞こえてるだろう。」
私の勢いに若干引いている店の男性におすすめの着物を用意してもらう。出されたのは桃色のシンプルな着物。花が川に流れているように描かれたそれを、ガキンチョはあっさりと買った。着付けをしてもらい、泥まみれになった着物は処分してくれとガキンチョは頼んだが、私は森に住んでいるし、森から出る許可もなかなかもらえないため、着れるものは大切にしなければと泥まみれの着物を大きな布にくるめて持ち歩くことにした。
「そうだお兄さん、カメラ撮ってくれません?こうやって持って、この丸いボタン押すだけでいいので!!私とこのガキンチョ撮ってください!!」
「亀?いいですけど、珍しいもの持ってるんですね。じゃ、この丸いところ押しますよ。」
ガキンチョとは前撮ったので、どこを見ればいいのか分かっているらしくため息を吐きながらもカメラの中心を黙って見てくれた。てっきり、何故俺がお前と映ってやらなきゃならないんだとか、くどくど言い出すかと思っていたが何も言わずに隣に並んでくれたので嬉しかった。撮ってもらうと、カメラをもらい店を後にした。
「ありがとう。でもさ、いったいそのお金はどこから出てくるの?ガキンチョって森の妖怪でしょ?その姿だと、此処で仕事するにも雇ってくれないんじゃ……。」
「問題ない。勝手に入ってくるからな」
『え。恐喝?』
「?」
いやいや、ガキンチョがそんなことするとは思えない。きっと森の長や、上級下級の妖怪がいるように、階級みたいなのがあるんだよ!きっとそこでこのガキンチョはお坊ちゃんみたいな立場なんだ。そう。森のお坊ちゃん。あれ、なんか変……
「おい、変なこと考えるなよ。」
「ちょっともう手遅れかも…」
カメラを持ってきていた現代の学校鞄にしまいこんで、カメラから出てきた写真を見る。興味を示したのかガキンチョも「見せろ」と催促してくる。歩きながら少し背伸びをしているところが可愛らしかった。二枚出てきたので一枚をあげると、じいっと写真を眺めていた。
『ふふー!これでわたくしのコレクションが増えたわ!乙鬼集っていうね!』
得意げに言い切ると、露骨に嫌そうにガキンチョが巳弥を見上げた。
「今、妙な言葉が聞こえたような気がしたが。今、なんと言った。」
『乙鬼集。』
小さな顔をしてさらに眉をひそめるガキンチョに見せた方が早いと判断した巳弥は、近くにあった茶屋に寄って団子を頼んだ。座って一息つくと、鞄の中から、アルバムを取り出してガキンチョと一緒に見ることにした。そこには、名の通り、乙鬼の隠し撮りがたくさん。
『私、気づいちゃったんだよ。ガキンチョの秘密。』
「……!お前……。」
『ガキンチョは妖の長、乙鬼のファンなんでしょ!!同姓同名おまけに服装まで真似てるし。でも森で恐れられる彼に会うのは難しい。だから、遠くから応援するファンなのねっ。だから、そんなガキンチョのためにあの人を盗撮し始めたんだけど、何か面白くなってきちゃってついつい止まらなくなってしまったのだよ。……というわけで、ガキンチョと、乙鬼をミックスした「乙鬼集」が誕生したってわけ。えっへん』
「貴様いつの間にこんなものを撮っていたんだ!よこせ!」
「やーだ。一枚くらいならあげるけど、結構苦労したんだから!ほらみてこの寝顔なんて……うわっ!!」
この写真集を必死で奪い取ろうとする様は本当に乙鬼が大好きなんだなと確信した。ガキンチョは背が低いので手を少し高いところにやれば彼は取ることができない。ジャンプして必死に奪おうとする姿が何ともいえず可愛いとちょっと面白かった。
しかし、そんな私に頭にきたのかガキンチョは私の足を引っ掻けてバランスが崩れたところを狙って地面に押し倒した。そしてすぐさま腹に跨って両腕を押さえつけてくる。
『え、ちょ!えっ!』
少年の力とは思えぬほどの力で押さえつけられた後、右手に持っているアルバムを奪われ、解放された。
「この寝顔……。寝ているとはいえこの俺に気配を察知されずに近づいて撮っただと……?」
『ひどいなあもう。か弱い女の子なのに。』
真っ青な顔をしてアルバムをぱらぱらとめくっていくガキンチョを、地面に座り込んだままじいっと見つめる。撮ったらすぐに出来上がる写真なんて珍しいだろうし、乙鬼のファンなら最高の写真集だろう。
もともとガキンチョのために始めたことだし、あげるつもりだったが、ただであげるなんてもったいない。予定変更してしばらくレンタルさせてあげることにした。
「……。そういえば、俺たち祭りに来たんだよな。」
『そうだね!』
「何しに来たんだろうな。」
『会うためじゃん。毎日来れなくなっちゃったから、ガキンチョと会う約束とかはできない。だから祭りっていう行事に会う約束をしておけば、確実に会えるでしょ。』
「ああ、そうだな。」
だから、また次の祭りの日まで少しの間お別れだね。と言おうとしたが、巳弥は突然ひらめいたようにガキンチョの肩を揺らした。
『ガキンチョ妖怪でしょ?森に入れるんだよね!むしろ森に住んでるよね?なら、わざわざ祭りの日とかじゃなくても森で一緒に暮らせるじゃんか!』
「……。お前のその鈍くて実に残念な頭をもう少し利口にしたら、共に暮らせると思うがな。だが、馬鹿で本当に助かった。」
『……ん?今私、けなされてるの?』
「ほう。そこは鋭いようだな」
結局、共に森に帰ることなく、私は1人で森に帰ることになった。だから次に会うのも祭りのある日ということだ。森の入口に着くと、葵が迎えに来てくれたので私の帰りを待っているであろうもう一人のいる住処に急いだ。葵に連れられて家に着くと案の定、家の前の木の上にいる乙鬼に「ただいま」と声をかけた。すると、身軽に木から飛び降りて着地した乙鬼に今日の都での出来事を話しつつ、カメラを見せてあげながら、ガキンチョと写真を撮ったの、と自慢する。物はガキンチョにレンタルさせてあげてるので今は手元にはないので今度見せてあげよう。
「前よりもっと隠し撮…写真を集めないとね」
途中詰まったところに妙に反応した乙鬼が、何を思ったのか葵を呼んだ。いったい何の用があるのかと二人が疑問に思ったが、彼は冷静な声だった。
「おい巳弥、そのカメラとやらを葵に渡せ。やり方も説明しろ。」
『え?うん、でも何に使うの?』
「一枚だけだ、一緒に写ってやる。その代わり、隠れてそのカメラを使おうなどとは思わないことだ。」
一瞬ギクっとなったけど笑って誤魔化した。これは乙鬼にアルバムは見せられない。すぐに葵に使い方を説明して乙鬼の隣に並んだ。
出てきた写真を三人で見る。葵がうらやましそうにしていたので、今度は三人で撮ろうと思った。写真の中の乙鬼は相変わらず面倒くさそうに写っていたが、まさか一緒に写れるなんて。二枚撮ったので一枚を乙鬼に渡す。
「……悪くない。」
『……!』
写真を見ながら、少しだけ彼の口が弧を描いた。不覚にもドキッとした私は、ぎゅっと写真を持つ手に力が入った。




