許可
「都が何やら騒がしいな。」
「葵、それ本当?」
妖怪だからか、狼だからか耳が良い葵は森を出た人々の住む都の賑わいの声が聞こえるそうだ。しかし仮に聞こえたとしてもあそこは普段から人で溢れかえっている。さわがしいというのは今に始まったことではない。それでも葵は今日は一段と盛り上がっているそうで、木のてっぺんまで登って遠くの都を眺めていた。
「何か見えた?」
「何かの準備してるな。屋台もたくさん出てるし明日は祭りみてえだな。」
「祭り」という単語にピクリと反応し、食事中にもかかわらず食べかけの魚を葵に渡すと宛もなく走り出していた。後ろで葵が自分を呼ぶ声がするが無視して森の道を走った。
「なんだあいつ、厠か?」
ぽつりと呟いたが、取り残された葵に返答する声はない。ほとんど食べつくされた巳弥の魚にかぶりついた。
私はというと、森の道も分からないまま走っていたのにはちゃんと理由があった。祭りの日にはガキンチョと会うという約束をしていたからだ。年に何回あるか分からない祭りで、ガキンチョと会う約束をしたのは「祭り」の日のみ。そんな貴重な日が明日となれば落ち着いていられなかった。早く、乙鬼を見つけて都に行く許可をもらわなければ。幸いこの森に入ってきてから森を出ようとしたり乙鬼を怒らせるようなことはしていないので、この一日くらい許してくれるのではないかという期待を胸に大声で乙鬼の名を呼んでいた。その主が現れるのにそう時間はかからなかった。大声で名前を呼ばれていたのが気に入らなかったのか少し不機嫌そうな顔をして木の枝に立っていた。
明日の祭りに行きたいから、森から出る許可がほしいと。話し終わると黙って聞いていた乙鬼がこちらじっと見ながら何かを考えている。しばらくの沈黙の後乙鬼は外出許可をくれた。意外とあっさりくれた事に驚きつつもこれでガキンチョに会えると素直に喜んだ。乙鬼に会えたことだし帰ろうとしたが、もちろん帰り道は分からない。その様子を呆れた顔をしながらも乙鬼は帰り道の方向を指さし、そのまままっすぐ進むようにと言った。
「一緒に帰らないの?」
「用事が出来た。翠のところへ行く。」
踵をかえして歩き出したかと思うと、再び振り返り念を押すように言った。
「良いか、間違っても寄り道するな。真っ直ぐだ。このまま真っ直ぐ。木が立ってても倒して真っ直ぐあるけ」
『いやいや無理だから。どんだけ信用ないの私』
ちょっとした障害物をも避けずに真っ直ぐ歩けとは、どこまで私を方向音痴だと思っているんだまったく失礼しちゃう。ていうか待てよ、これ朱里が貸してくれた白蛇もってくれば良かったんじゃ?帰り道専用だけど……。
今更気づいたことに後悔しながらも真っ直ぐ歩いていくと、頭上から金の羽が落ちてきた。この羽はコトリと同じ羽の色で最初はコトリが迎えにでも来たのかと思ったが、そうではなかった。
「チセさん?」
「ほう、私の名をどこかで聞いたのか。……それより、こんな所を一人で歩いては危ないよ。いくら乙鬼様の命令であろうと、従わない妖怪共はいくらでもいる。」
金の翼を背中から生やし羽を動かすたびにひらひらと羽が舞い落ちて、太陽に照らされるでもなく羽は光り輝いている。落ちてもなお金色をしている羽を拾って本のしおりにでもしたいくらいだ。ととのった秀麗な顔が私を見つめて唇は弧をえがいていた。見惚れてしまい返す言葉を忘れていると、チセさんは再び語りかけてきた。
「そういえば、私の鳥は元気になったのかい。瀕死状態だったが…。」
すっかり自分に懐いたコトリのことを話すと、本当に生きていると思わなかったのか目を少し大きく開いた後、嬉しそうに微笑んだ。とくに朱里から借りている白蛇といつも見つめ合っているとチセさんに話した。
「白蛇……?朱里の蛇のことかしら」
『そうです。とっても仲がいいんですよ』
さっきまでの美しい笑みなど全くなく心のない瞳をこちらに向けた。
「そう。それは良かったわ。ついでにその蛇、殺しといてくれる?」
『はい、もちろ……え?』
そういえば葵も言っていた。チセさんと朱里は仲が悪いらしく、会えば必ず戦闘を始めるのだと。それはもう本気で殺り合うくらいなのだとか。何故そんなにも仲が悪くなってしまったのか詳しく聞きたいが、天使のような雰囲気を纏っていた彼女は此処にはいなかった。朱里のことをはなしただけで、すっかり殺気立った堕天使のごとく暗いオーラを放っていた。
『……あ、はい。りょーかいしました。』
二度と二人の前でお互いの名を出さぬようにしようと決めた瞬間だった。いわゆる禁句というやつだった。コトリは、その命を助けた礼に返さなくてもいいそうで、私がお世話するようにとチセさんは言った。というわけで、白蛇を一刻も早くコトリと引き離すためにも朱里に返さなくてはならなかった。仲がいいと思っていたがそうではなく、犬猿の仲なので同じ屋根の下に住まわせておくわけにもいかない。朱里は森の奥に生息しているので自分一人では道に迷って運が良くないかぎり彼のもとには着かないだろう。葵と朱里は仲がいいと自分は思っているので、今度付いて来てもらうことにした。
チセさんと別れ、そのまま歩いているといつまで経っても家に着かないことに気が付いた。自分が歩いていた数倍の時間が経っているはずなのに一向に着かないことをおかしく思いながら歩く。だんだん陽が沈み夕日が空に浮かんでいた。
おかしいと思いながらも、乙鬼が行ったのでまっすぐまっすぐ歩いていると、不意に首がぐっと絞まったので立ち止まり背後を素早く振り返った。振り返るのと同時に足が地面から離れ、小さな動物を手なずけるように首根っこを誰かに掴まれて、持ち上げられていた。自分を軽々と片手で首根っこを持つ男は誰だと思ったが、その犯人は乙鬼だった。
「おい、真っ直ぐ歩けと言わなかったか。なぜ此処にいる。」
『いや、真っ直ぐきたつもりなんだけど……なんでだろ。』
「知るか」
盛大なため息をつかれたあと、前を歩きだし一言「ついてこい」とだけ言った。この方向では目的地に到着できないようなので黙って乙鬼の後についていくと、木々があまり生えていない静かな雰囲気の場所に着いた。此処に何か用でもあったのかと聞こうと思ったが話しかけてはいけないような雰囲気だったので黙っていると、乙鬼は顔の前に手を伸ばして出し、ぼそぼそと何かを呟いていた。すると、その場の空気が一気に変わった。殺気という悍ましい気ではなく、威圧的な気が辺りに充満していた。
そして、仲間外れのように一本だけ立つ、しかし存在感がありありとみえる大木の幹に乙鬼は右手を当てた。その瞬間、大木の真下、地面から風が沸き起こり始め、枯葉や落ち葉が一面に吹き荒れた。土や小石、葉が大木を中心に竜巻のように木を包囲む。すさまじい風に目が開けていられないが、目の前の出来事の異常さに目を薄く開けて見る。
今だ木に手をあてている乙鬼を見るが、何をしようとしているのか想像がつかなかった。
竜巻のような風が収まったかと思うと、次は地面にたまった空気が一気に爆発したように激しい風圧が襲ってきた。その風圧に当てられて、吹き飛んで尻もちをついてしまった。
『痛……っ』
いい加減何をしているのか聞こうとした私の前に、桃色の花びらがさらさらと舞い散ってきた。ただ大きいだけの木はすっかり見違えるほどに変わってしまっていた。
緩やかな風に揺らされて桃色に光っていた。大木が桜の木に変わったのだと瞬時に気付き、結界でもはっているのかと思うくらいピンクの膜のようなものがはって覆われていた。
「これだけ大きければ、森のどこにいても見えるだろう。道に迷ったらここで待っていろ。迎えに行ってやる。」
『え……?』
「お前はすぐ道に迷う。真っ直ぐ歩く道さえ歩けないとは……。俺が探すのも一苦労だ。迷ったら此処に来るがいい。この森一番の大木だから上を見上げればどこにいても見えるはずだ。」
そしてすぐに歩き出した。今度はきっと家に送ってくれるのだろうが、あの桜の木が気になって仕方がない。いったいどんな力を使ったのか、妖怪はあんなことも出来るんだなあと考えながら乙鬼の後をついて行った。
紅蓮の炎の如く燃え上がるような桜の木。それは、三日も経たないうちに森中で騒ぎになっていた。葵に聞いたら、妖力が強すぎて低級が近寄ったら焼け死ぬくらいだそうだ。「森の長はいったいなんのためにあんなものをお作りになったのか」と不満が広まったが、あれほどの妖力の高い木を作ったことに前にも増して恐れられるようになり、妖怪達はさすが長だと褒め称えたという。
彼は、約五百年分の力を使ってこの木を立てたそうだ。そこまでして何故したのかと不思議に思った。だが、この紅蓮の桜は私と乙鬼の「待ち合わせ」場所として作られたものだった。何を思ったかは分からないが、彼は自分のために何百年も溜めた妖力を使ったのだ。




