迷子
木の葉がはらはらと落ちて、紅葉の絨毯を作っていた。どこまで来たか分からない道を特に何も考えることなく進んでいく。どこを見ても木、木。現代のように大きな建物が並んで建っているわけでもない。ここは森の中だ。目印に覚えれる建物もない中、方向音痴の私がこの森の中を覚えていられるわけもない。考えて歩いたところで、無駄だということはいい加減ここに来てから理解している。
そのため何も考えることなくここまで歩いてきた。自分が帰って来なければ、きっと葵や乙鬼が探してくれることを期待して今自分はこの森を冒険しているのだ。
葵に道案内役としてついてきてもらおうとしたが、何も言わずに今朝帰っていってしまったため、今日はおそらく来ない。だから一人で散歩するしかない。
そういうわけで、今に至るわけだが自分が歩いてきた道はすでに何も覚えていなかった。この道を歩いてこの先に何があるのか知るわけもない。ただ、冒険したいという気分そのままに歩いていた。
木の枝をくぐって歩きだした時、するすると首に何かが巻き付いた。首を絞められているわけではなく巻き付いている程度だが、それを取ろうとした時、意外と力強いことに気が付いた。
耳元でシューッという音が聞こえた。なんだろうと横を向くと、こちらを真っ黒な目が自分を捕らえていた。
「ひッ、蛇!!」
噛みつかれたらひとたまりもないので、その場で動かずに硬直状態に陥っていると木の上からもう数匹ボタボタと白い蛇が落ちてきた。
ここで死ぬのかと思った時、落ちてきた数匹の白蛇と共に、人が降りてきた。
少し真珠色のはねた短い髪の青年だった。彼の事は知っている。数匹の狼を引き連れて村に降りてきた蛇の妖怪。重症の彼をおぶって森に入った時に猿に襲われたところを助けられた。
もう二度と会うことはないと思ったが、まさかこんな形で会うことになるとは。
「お前、あの時の…」
『あ、久しぶり。』
何故此処にいるのかと聞いてきたが、すぐに納得したらしい。妖怪の長に拾われた娘とはお前のことか、と。
すると、私の首に巻き付いていた蛇が、主人の元へと帰っていく。
いったいこの蛇さんの袖の中には何匹の白蛇が潜んでいるのか。それとも召喚でもしているのか。今度覗かせてもらおうとひそかに考えた。
「何故ここにいる。こんな所奥まで来て、なんの用だ。長は貴様が森の中を放浪する自由を許しているのか」
『うん。だから一人で散歩しようと思って……迷いました。』
葵や乙鬼は、あからさまに馬鹿を見る目をするが、この蛇の妖怪は表情が読めない。村を襲ってきた時も、私の放った矢で苦痛の表情はしたものの、それ以外は無表情だった。瞳は蛇そのもので絡み付くような、何もないはずなのに体中に蛇が巻き付くような視線は悪感すら覚える。それでもその視線から逃げたら食われるような気がした。弱肉強食という自然界の理をひしひしと実感する。
『そういえば蛇、前村に現れたとき狼数匹引き連れてたじゃん、もしかして葵と仲良かったりする?』
「良くはない」
即座に否定するものの、彼が森に現れた理由は分からない。しかし自分が吹き矢で狼を眠らせた瞬間、蛇は殺されたと思い込んでかなり殺気立っていた。妖怪でもないただの獣の狼だ。蛇だけでなく、この森の妖怪達はただの動物は食料程度にしか思っていないため、死んだところで何も思わない。森の中で自分が猿に襲われた時、蛇は容赦なく始末していた。しかもあの時の猿は妖怪だ。
それなのに、ただの狼数匹が倒れた時蛇は怒った。狼の上級妖怪である葵に何かを重ねたのではないかと感じた。そもそも蛇が狼と一緒に森から出てくる時点でおかしい。だから、きっと蛇の中で葵は大きな存在なのではないだろうか。
「猿にやられた肩の傷は、治ったのか」
「あ、うん。妖怪につけられた傷は消えないはずなんだけど……なんか治っちゃった」
そういえば、ガキンチョが舐めてきたなあとその時のことを思い出す。妖怪の傷を消せるのは妖怪だけなのでやはりあの少年は妖怪なのだと実感した。蛇にそのことを話すと無表情は変わらずともひそかに眉をひそめていた。顔が真っ白すぎて皺が分からなかった。
「その少年、妖怪か」
『多分そう。ウニって言ってたし』
「うに……?なんだそれは。妖怪だと知りながら、お前は会っていたのか」
ガキンチョが妖怪だというのは冗談だとは思っていたが、万一妖怪でも構わないと思っていた。それを言うと蛇は少し驚いてみせた。
蛇の話によると、ウニの妖怪なんてないらしい。じゃあガキンチョは何の妖怪と言ったのだろう。聞き間違えをしたのだとこの時初めて気づいた巳弥はしばらく頭を悩ませた。乙鬼に許可をもらわない限り森の外に出ることもできない。そう簡単にくれるとも思わないので確認のしようがない。
「いやまて!!」
突然大声で声を発した巳弥に、蛇は少しビクッと肩を揺らしていた。
『ガキンチョ妖怪なら森にいるじゃん!遊べるじゃん!』
「今更気づいたのか」
森は広く、自分一人でガキンチョを探しても、二度と家に帰って来られない気がするので道案内がほしいと話すと、森の妖怪は暇のようで思わぬことに蛇が手伝ってくれると言い出した。どんな特徴かを聞いてきたので分かるだけガキンチョの特徴を話した。
『八歳くらいの男の子で、髪は少し赤毛まじりなの。金の刺繍がされた黒の羽織を着てて、名前はそう!乙鬼!!』
「…………。」
ガキンチョについて話し終わると、蛇は無表情でだんまりだった。思い当たる人物でもいたのだろうかと思ったが、何も話さなくなった。一分間ほどの沈黙の後、彼はやっと口をひらいた。
「この森の長の名を、お前は知っているか」
『うん。乙鬼でしょ、ガキンチョと一緒の名前』
「……この話はなかったことにする。自力で探せ。」
突然背中を向けてすたすたと歩きだしてしまった。怒らせてしまったのかと思ったが若干緩んだ表情を見るに、そうは思えないのでホッと胸をなでおろした。
「て、蛇!待ってよ私帰り方知らないの!」
急いで先を歩いて行く蛇の後を追うと、背中を向けている彼の袂から一匹の白蛇が出てきた。その蛇は地面をするすると這いずり私の足元で止まる。
何だろうと思いその白蛇に差し出すと、私の手首に巻き付いた。
「その白蛇を貸してやる。案内役になる。今度返せ」
背中を向けたまま歩き続け、やがて見えなくなった。
思わぬ案内役に感謝しつつ手首に巻き付いたまま蛇が私の手を引っ張る。その方向に向かって歩くこと数時間日が暮れるころに家に辿り着いた。
板戸を開けて中に入ろうとすると、背後に立つ木から声がした。
「どこへ行っていた。」
その声の主はもちろん乙鬼だ。低い声で不機嫌そうに怒っていたが、彼なりに心配してくれていたのだろ思う。
「ちょっと森の奥に……迷ってました。」
無表情な蛇とは違ってこの蔑む様な視線は分かりやすくていい反面傷ついた。手首に巻き付いている白蛇に気付くと、蛇と会っていたことを察したようだった。
「そういえば、あの蛇の名前なんて言うの?」
「朱里だ。人間嫌いな奴だ。お前には心を開いているようだな」
「しゅり?そうなのかな」
会ったのは二度目だからだろうか。もし初めてあそこで会ってたら殺されてたのだろうか。しかし、乙鬼の命令で私は殺せないようになっているはずなので、とりあえず再会を喜んでおくことした。
朱里と話していたことを思い出す。何故突然彼が手伝いを断ったのかは分からないが、考えてみれば、ガキンチョと乙鬼は名前だけでなくいろいろそっくりだった。
「……そうか!わかった。ガキンチョは乙鬼のファンなんだよ…!!なんで気づかなかったの私。憧れてる故に恰好まで真似したのか……。どうりで雰囲気とか少しそっくりだと思った。」
「どうしてそうなった」
盛大な溜め息をつきながら、枝からずるりと落ちそうになっていた。
『ねえ、乙鬼と同じ名前の小さな男の子の妖怪しらない?それがガキンチョなんだけど!よく考えればあの子妖怪だったの。だから、都に行かずとも森で会えるって気づいたの!』
満面の笑みで答えると乙鬼は木の上で立膝をついて膝の上で頬杖をつきながら眠そうに話を聞いている。
『ちょ、何偉そうに聞いてるのよ!』
「事実偉いと思うが。」
いちいち森の妖怪の奴らなど覚えていない。と一言言い残して木々を飛び越えてどこかに行ってしまった。言いたいことを言ってさっさとどこかに消えてしまうのはいつもの事なので、諦めて家の中に入った。




