約束
血の匂いが濃いために妖怪共が何をするか分からないということで、普段はどこかへ行ってしまう乙鬼も、今日は珍しく私と一緒に過ごすらしい。彼曰く、私は虫けら波に弱いからそこらの妖に食われるのはあまりに哀れだからと一緒にいてくれるらしい。同じような言われようを誰かにも言われた気がする。
自分の玩具を他人に食われるのは気に食わないという言い方をするが、それでも自分のために一緒に過ごしてくれるというのは恐ろしい妖怪の長のする事とは思えない。暖かい何かが込み上げてくるようだった。
とは言ったものの、家の中の隅で片膝を立てて壁にもたれている彼とは何も話さない。むしろ目をつぶって寝てしまっているようだった。仲良くお話ししようと望んでいるわけでもなかったために予想通りと言えばそうなのだが、誰も居らず一人で過ごす普段の生活よりも、つまらなく感じた。何よりも気まずかった。この重苦しい空気から逃げたくて外へ出たくても、今日一日は出してもらえない。食糧は葵に持ってくるように言ってあるそうで乙鬼も出ていくことはない。血の匂いに荒れている森の妖怪達から守ってくれているのだと思いきや、この扱いはまるで牢獄の中で監視されているようにも感じられる。
何もすることがなかったら、さぞ逃げ出したかっただろうが、鳥の妖怪の大切に育てていた小鳥の手当をしているため、不思議と乙鬼の存在は気にかからなくなってきた。
『これでよしっと。』
寝ていたかと思われた乙鬼が、ちょうど応急処置を終えたところで話しかけてきた。
「生きていたのか、その鳥」
『うん。でも羽が傷ついちゃったみたいだから、飛べるようになるかは分からないけど。』
小さな小鳥といえど、妖怪だから致命的な傷を負わないかぎりすぐに回復するだろうということで、薬草と包帯変わりに布をちぎって羽に巻いた。ふわふわとしたまるでひよこのような小鳥は死んだように動かないが、明日には目を覚ますかもしれない。
『あ、あああぁ!私の手に糞したあ!!』
ろくなことがない!ろくなことがない!と騒いでいる私に目もくれず再び瞳をとじて黙っている乙鬼。同じ部屋にいても、完全に別世界だ。
すると、毎度のように扉がドカンと家の中に飛ばされてきた。このドアは「引く」のでいつもは外にぶっ飛ばされていくドアが、なぜか家の中にぶっ飛んできた。扉の前にいたら確実に下敷きになっていたと思うと寒気がしてくる。この家に来る奴は決まっている。それもドアを壊す奴、葵だ。食糧を持ってきたようだ。
『ちょ…このドアは「引」のであって「押」じゃないから!危ないでしょ!!』
「どうせこのドアぶっ壊れてるんだし、押すも引くも関係ねえよ。どうせ取り付けるの俺なんだしよ。それよか飯だ、乙鬼様と一緒に食え」
いったい何を持ってきてくれたのだろうかと期待していたら、渡されたのはその辺に生えている草や雑草だった。
『え何?この草。……ああ!小鳥さんの餌?ありがとう。でも小鳥って雑草食べたっけ?虫とかのが良くない?』
「え、お前の飯」
『ああ、私の。うん、ありがとう』
「おう。」
笑顔で草を受け取ると、それを丸めて葵の口にぶちこんでやった。葵はしばらく気絶していた。
乙鬼はこの一連の出来事を見ることなく目を閉じている。寝てるの?起きてるの?扉ぶっとんできたのに何まったり目瞑ってるんだ。私の身を案じて居るはずではなかったのかと疑いたくなる衝動を何とか抑える。
「妖怪と一緒にしないで。そんな土まみれの草食べれないから」
え、ちょっと待てよ。今こいつ乙鬼様と食えって言った?乙鬼、草食べるの?食べれるの?
ギギギッと錆びたネジを回すように首を乙鬼の方へとおそるおそる向けた。
「食べてる!草普通に食べてる!!」
さっきまで寝てたんじゃないのかというツッコみはさておき、葵も乙鬼も土を払い、もさもさと草を食べている。どうしても食べようとしない私に変わりの食べ物という事で木の実を持って来てくれた。初めから持って来いよ、と言いたかったが外に出ることもできないので葵には感謝している。毎日毎日自分のために食料を調達してわざわざ持って来てくれるのだ。
それより、問題なことがある。乙鬼って名の通り鬼だよね、鬼って草食べるの?そもそも、仮にも肉食動物の上級妖怪が草食べれるの?
納得いかないように二人の食べている姿を見ていたら、乙鬼が視線に気づいたようだ。
「乙鬼って鬼だよね」
「だから何だ」
「髪の毛、赤いよね。も、もしや……赤鬼さんなの?」
本来何故草など食べれるのかという疑問を口にする予定だったが、それを押しのけるように新たな疑問が脳内に出現した。その質問に答えたのは乙鬼ではなく葵で、どうやら赤鬼らしい。
「お、おお…てことはさっ……青鬼さんもいるの!?」
「「いない」」
息ぴったりに否定されてしまった巳弥は少し残念そうにした。
「あーあ……心優しい青鬼さん見てみたかったなあ。いや待てよ、もしかして翠って青鬼さんなんじゃ!乙鬼と仲良しだし。こ、今度会ったらきちんと自己紹介しなきゃ…緊張する、いや何かおみやげを持って行こう。その辺に生えてる雑草とか、喜ぶかもだし…」
「意味わかんねえ」
「ほかっておけ」
今だ草をもさもさと食しながら可哀想なものを見るような目で憐れむ葵に頭が来た私は、手当を終えた小鳥を離れたところに置いて寝かせると、葵に向かって突進した。簡単に私の拳は避けられたが、二人の喧嘩は翌朝まで続くのだった。
真夜中といえど、森の中なので近所迷惑など存在しない。思う存分叫びまくり暴れまくる二人にうんざりしながらも面倒だという理由で仲裁に入ることはせず、興味もなさそうに乙鬼は目を閉じた。
夜明けにふと目を開けると、すっかり散らかった部屋に苛立ちを覚えた。いったいこの馬鹿共はどんな暴れ方をしたのかと。
二人の方を見ると、妙な体制で疲れ寝をしていた。うつ伏せになった葵の上にのしかかるように巳弥が乗っかっていた。暴れすぎたのか、巳弥の着物がはだけて両肩が露わになっている。
それを見ていったい何をしていたのかと、ぎょっとする。
動揺したものの、そういえばこいつの寝相は普段からこんな風だったと思い出す。眠気からすっかり覚醒した身体を起こし二人のところに駆け寄った。
葵に張り付くように乗っかっている巳弥の背中を蹴ると、ごろりと葵の背中の上から落ちてその衝撃で巳弥は目を覚ました。
「わ、私はいったい何を…!!何で私こんなに服乱れてるんだ……まさか葵と!?」
目を覚まして早々、昨夜のことをまったく覚えていないのか、はだけた着物で葵の背中の上で寝ていた自分に驚いているようで絶望のオーラを纏っていた。彼女の声に気付いた葵が目を覚まし、巳弥の嘆きを聞いて葵自身動揺していた。
この二人は昨日暴れまくっていたことを何も覚えていなかった。
「ま、まさかこんな狼と……男って本当に狼なのね、もう私…お嫁に行けない……」
「はっそんなことしてねえよ!!お前みたいな奴に誰が手だすか。そもそもお前にそんな奴出来ねえだろ」
「くっ言い返せない…!いや、待てよ。いたわ」
そういえば私、ガキンチョにお嫁に行ってあげる~って言ったわ。半ばノリで。
居たわ、という一言に葵と乙鬼が驚いたように私を見る。な、なんでそんなに驚いた顔すんのよ失礼な。
誰だよ、と聞いてくる葵。乙鬼も初めて聞いたというように続きを無言で瞳で催促してくる。丁度二人とも話したことはないまでもガキンチョのことは知っているので、自信満々に「ガキンチョとね」と言ってやった。
「はああああああ!?」
葵のあまりの驚かれように逆に自分が気圧されそうになった。何故そんなに吃驚されなければならないのか分からないが、あまりいい気分ではなかった。なんて失礼な奴なんだ、と葵から壁にもたれて立っている乙鬼の方に視線を向けた。どうせ彼は興味のなさそうに聞いているだろうと思ったが、予想外だった。
真紅の目を見開いてこちらを見ていた。
何だろう。二人とも驚きすぎで何か変なことを言ったのではないかと不安になってくる。何も変なことをいったつもりはない。
いや、別に婚約したとかじゃなくて、ただのノリでなった話だけど。私にそういう男がいるのがそんなに吃驚か!
「お、おい…巳弥、ガキンチョってあのガキンチョだよな。前会ってた……」
『え、うん。そうだけど』
人生の終わりといった表情だろうか。例えだがそれくらいの驚きようと言っていい。
「おい、悪いことは言わねえ。冗談なら冗談と言って取り消せ、今、すぐに、だ」
とぎれとぎれに私に忠告してくる葵にさらに訳が分からなくなってきた。
『え、いやいや何で葵にそんな事言われなきゃいけないの?確かにノリで約束したみたいになったけどさー。でも十年もすればあのガキンチョも立派な青年になるっしょ。それまで私がこの時代にいればだけどー』
「お前……そんなこと言ったら二度と逃げれねえぞ…」
ボソリと呟いた葵の言葉は巳弥には届かなかった。巳弥はというと、乙鬼の方に歩いていたからだ。
その行動にさらに葵は焦ったが、あまり喋り過ぎると乙鬼に何をされるか分からないので、黙ることにした。
『乙鬼?もしもーし。固まってるの?』
目線だけはしっかり巳弥と合わせているものの、腕を組んだまま瞬き一つせず動かない乙鬼を不思議に思ったようで、巳弥は乙鬼の顔の前で手をふりふりしてみる。
「何だ」
『あ、気づいたんだ』
ようやく動き出したかと思うと、無言で家から出て行ってしまった。陽が昇り、すっかり明るくなった。
葵の驚きようは訳が分からないレベルだが、乙鬼も予想外に驚いたようでいったい何がそんなに意外だったのか聞きたかったが、乙鬼は出て行ってしまった。
彼が出て行ったということは、もう外に出てもいいということかもしれない。今日は外に出て散歩しようと大きな欠伸をすると、肩にポンッと手が置かれた。後ろに立つ葵の方を振り返ると、起きたばかりで眠いのか疲れ果てた顔をしていた。本当にどうしてしまったのかと心配になると、彼は口を開いた。
「まあ……せいぜい襲われないように気をつけろよな。うん」
『ええ?誰に?ガキンチョに!?』
「あー……。そんなところだ。」
意味深な言葉を残しポリポリと頭をかきながら、葵も出て行ってしまった。
結局最後まで、二人が何を言いたかったのか分からなかった私は、とりあえず心の中でガキンチョに謝っておいた。




