隠された謎
狼に家まで連れて行ってもらい、手を振って別れると真上から声がかかった。
「――――……戻って来たか。」
木の上で、無表情に言う乙鬼に笑顔を向けてただいま、と言うと彼はそのまま森のどこかへ行ってしまった。
「いつもどこ行ってるんだろ……」
パタンといつの間にか治っていたドアを閉めてごろりと横になった。普段はミツさんと一緒に雑談しながら楽しんでいる時間だ。森の中なら自由は許されているが、迷子になるのは目に見えているし何より怖いから出歩きたくない。どうしても出たい時は、狼が遊びに来た時について行くことにしようと決めた。
そんなことを考えて一人で何をしていようかと考えていたが、すぐにドアの向こうから誰かが歩いてくる足音がした。いったい誰だろうと横になった身体を起こしてドアを見つめていると、せっかく直ったドアが再び壊された。
ドアを壊した張本人はつい先ほど別れたばかりの狼、葵だった。
「扉壊すのやめてくれない?せっかく誰かが直してくれたのに。」
「問題ない。その扉は毎回乙鬼様が壊す。そんで、毎回直してるのも俺。」
「あ、そなの?ならいいや。ありがと」
この森の妖怪は壊さなければ満足にドアも開けられないのか、と内心思いながら乱雑に投げ捨てられている哀れなドアをみつめた。葵は飛ばされたそのドアを拾い上げててきぱきと元に戻し、すっかり元通りにもどったドアを開けたり閉めたりしてみる。確かにこのドアは、ボロボロだがちゃんとドアの役目は果たしているため、気にしないことにした。
「ところでさ、まさかただドアを壊しに来たわけじゃないよね」
「あ、そうだった。これ、乙鬼様からだ。」
葵の足元に置いてあった木の箱の中には食料が入っていた。この生活に慣れた彼が、火や水の用意もしてくれたので助かった。秋の少し肌寒い夜の風が吹く中で目の前の火が温かく感じた。乙鬼が持ってきたという食糧を次々と焼いていく葵を黙って見つめる。しばらくして捕らえた鳥やら魚が次々と焼けたようで、彼はそれを私に渡した。猫舌のために熱くて少し冷めるのを待っていると、葵は焼いた鳥にかぶりついていた。ガツガツと食べている姿は人の姿をしていても狼そのもののようで少し笑ってしまった。それに気づいた葵は不機嫌そうな顔をした。
「そういえば、お前。昼間会ってた……が、ガキンチョだったか?どうやって知り合ったんだ?どういう関係だ。」
最近、というか毎日葵が私の所に遊びにくると、いつもガキンチョの話をする。それしか話すような話題もないからなのだが、それでも飽きずに楽しそうに向こうからガキンチョの話題を出してくる。もしかしたらガキンチョに興味が湧いて、友達になりたいのかもしれない。今度会わせてあげようかと言ったらサッと青ざめていた。いったい何がしたいんだ。
「ガキンチョとは、都で知り合ったの。襲われてる所を助けようとしたら、……なんか助けられちゃった。」
「どういう意味だ。」
「関係性は……うーん。一緒に温泉に入る関係?」
何となくそう答えた途端、葵が口から食べていたものを吐きだした。それはもう盛大に。しかも私の顔をめがけて。当然鳥の肉片まみれになる私をよそに葵は咽てしまったようでゲホゲホして水を勢いよく飲んでいた。頭にきたが、ちゃんと濡れた布で顔を拭いてくれたので許してあげた。
「湯だと……!?入ったのか!?一緒に!?裸でか!!」
「い、いや……何も相手はまだ少年なんだから、そんなに驚かなくていいじゃん……」
葵の勢いに若干引きながらも、「ちゃんと服は着ていたから」と伝えると、空気が抜けたかのように彼は落ち着いた。何がそんなに吃驚するのか理解できないので、とりあえず葵の反応にいちいち突っ込むことはせずすっかり冷めた鶏肉にかぶりついた。うん、おいしい。
まったりと肉をおいしく食べている私をじっと見つめてくる葵に、いったい次は何なのだと聞くと、彼は立ち上がった。何かと葛藤している様子だったが、ついに私の方に目を向ける。そしてドスンと胡坐をかいて座った。
「良く聞け巳弥。お前の頭はすっからかんであまりにも哀れだ……だから、俺が教えといてやる!!」
「え、あ…うん。どうぞ。」
「お前の言うガキンチョっていう奴は、正真正銘この森の」
黙って葵の話を聞いていたが、私の背後から頭すれすれに何かが通った。風のような、けれどシュッという一瞬の速さで何かが通過した。そう感じたころには、目の前の胡坐をかいて座っている葵の真後ろの木に矢が刺さっていた。その矢は葵の首すれすれの位置に刺さっている。誰かが自分達を狙って射たのだろうかと、焦ったが当の葵は、滝汗を流しながらも何故か奇妙なことにキラキラとした笑みを浮かべて私の肩にポンッと手をおいた。
「いや、いいガキンチョだ。これからも仲良くやれよ、うん!……じゃあなっ」
「え、ちょっと、待ってよ!私を置いて逃げる気!?」
先ほどポンッと私の肩に置いた葵の手はぶるぶると震えていた。それも滝汗で、だ。それにもかかわらず恐ろしいくらいの輝くような笑顔で去って行った彼が不思議でならない。そもそもガキンチョが正真正銘、何なのだろう。話を曲げられた気がする。
木に刺さった矢を抜き取り飛んできた方を見ると、いつからいたのだろう。乙鬼が木にもたれて腕を組んでそこに立っていた。
乙鬼が現れたから葵は逃げていったのだろうか。しかし葵は乙鬼を恐れているわけでもないし、逃げる必要もない。
もしかしたら、乙鬼が私のために捕ってきた食糧を葵も食べていたから怒ったのだろうか。目をつぶって木にもたれている乙鬼の所に走って矢を射たのは乙鬼なのかと聞いた。
「私に持ってきてくれた食糧を葵も食べてたから怒ったの?いろいろ準備してくれたの葵なの。だから許してあげてよ。」
「馬鹿で助かった。」
一言そう言うと、私の手から矢を取って再び姿を消した。
「今私、おかしなこと言ったかな。何で馬鹿呼ばわりされなきゃいけないの…というか葵も私のこと馬鹿にしていたような……。」
パチパチと焼けすぎてすっかり黒く焦げた魚を見つめながら、水をかけて消火した。




