身代わり
一人瞬きもせずに床をみている巳弥を不思議に思った二人は、声をかけても反応がないので余計に不安になった。顔色がどんどん悪くなっていってるのを感じた雪乃は巳弥の肩を揺すってみる。そしてビクッとやっと反応した彼女はすぐに目の前にいる雪乃の肩をつかんだ。
「絶対森へ行ってはだめ」
私の力強い言葉に雪乃はきょとんとした顔をみせ、フッと頬をゆるめた。どんなに必死にいっても彼女は意見を曲げることはなかった。いきなり明日行くということはないだろうと推測した私は明日の間に何か方法を考えることにした。
彼女が命をかけて妖怪の長に頼みに行ったところで殺されるだけだ。そして「魂を食われた彼女」は村に帰り村の皆を……。
なんとしても避けなければならない。
それにしてもまさか、何十年後か、何百年後か先のことだろうと思っていたこの伝説が今この瞬間に、突然起ころうとしていることには驚きだ。まさか仲良しの唯一の女友達だとは夢にも思わない。ガキンチョにはこの伝説の話はしてある。明日相談しようと決め眠りについた。
考え事のせいでなかなか眠れなかったが朝がきてしまった。雪乃ちゃんはどうやら早起きして家に戻ったようだ。すぐに起き上がり、簡単に支度を終えると都へ向かった。
「どうした。今日はやけに弱り切った芋虫だな。」
朝の第一声からグサリとくる一言がとんできた。とくに間違ってもいないと思うのであえて何も言わなかった。そして雪乃ちゃんの話を聞いてもらった。深刻な事態が起きて、未来からきた自分はここでは予言者のようなものだ。信じてくれるかはさておき、ガキンチョは聞いてくれた。
「そうか、あの時言っていた伝説……というのが今か。だが今すぐ起きるというわけでもあるまい。」
『でも、村は滅ぶ。村の人達はもっとたくさん死んでしまう。』
俯いて立ち止まり答える私に合わせてガキンチョも立ち止まりこちらを向く。
「そもそも、魂を食うというのはありえない。森に入れば殺されるだけだ。屍が動けるはずもない。
勝手に人間共がねじ曲げた偽の物語にすぎない。」
魂だけ食べることは出来ないらしい。
妖怪であるガキンチョが言うなら確かなのだろう。
「だが、森は別だ。お前の言うことが本当なら森は燃え尽きるのだろう。それは避けなければならない。」
ガキンチョからしてみれば、村よりも森のほうが大切なのは当然か。
「仮の話だが、その雪乃という女は森入ったとしても逃げ延びて、自らの意志でお前たちを殺すんだ。
理由は分からんが、自作自演ではないのか?
どちらにしても、そうなる前に妖怪の長がその女を確実に殺せばいい。」
ガキンチョが話し終わる前に、私はガキンチョの頬を叩いてしまった。突然のことでガキンチョはジンジンしているだろう頬を触りながら、何をするんだという表情で見てきた。
『馬鹿な事言わないで!ガキンチョがそんなこと言うなんて思わなかった…。本当に妖怪なんだね。普通の人はそんな事…簡単に言わないもの。今日はもう…帰るね。』
走ってそのまま村の方へ帰った。
人通りがない場所のため、ガキンチョ一人がその場に残されている。いなくなった私に語りかけるようにガキンチョは静かに呟いたことは当然私は知らないのだった。
「巳弥、お前の言っていた未来は変わるだろうな。その女が俺の森に入ったその時、確実に始末してやる。」
そしてガキンチョは「森」の中へと帰って行った。
ガキンチョと喧嘩して、会ったばかりなのにもかかわらず一人で怒って帰ってきてしまった。ガキンチョも冗談だったかもしれないのに頬をたたいてしまったことを反省する。明日彼はいつもの場所に来てくれるだろうか。ガキンチョのいったことは確かに許せなかったが、カッとなってしまった自分にも非はある。一言謝ろうと決めた。
村に戻ると、一人女の人が村から出て行くのが見えた。それは別に問題ないのだが、なぜか短刀を左手にもちそれを懐にしまうのが見えた。その女性はそのまま背を向けて歩いて行く。懐に武器を入れている瞬間、顔がしっかりと見えた。―――――雪乃ちゃんだ。
すぐに動き出したりはしないだろう、なんて甘い考えだった。彼女は今から森に向かおうとしているのだ。たった一人で、誰にも言わずに。
すぐに追いかけて引き留めると、「昼はいないはずじゃ…」と言いながら驚いていた。雪乃ちゃんは私がいれば絶対止めることをしっていたから、あえて私がガキンチョに会いにいって不在のこの時間を選んだのだ。再びすぐに歩きだした雪乃ちゃんを必死に引き留める。あきらめない私に興が覚めたのか、ため息をつくと村へ戻ってくれた。
きっと、「今日の所はあきらめよう」という考えに違いない。寝ている間にでも彼女は森へ行ってしまいそうだ。だがそんなことさせるわけにはいかない。
『私が……るわ』
「え?」
小さい声で、しかし真剣な眼差しで言った言葉を、雪乃は聞き返す。
『私が、森の長を説得しに行ってくるわ。』
今度ははっきりと聞こえたようで雪乃は目を見開いた。今度は立場が逆転して雪乃が止める番だった。それでも私は覚悟を決めた。本気だった。良い案を思いついてしまった。
『私が未来から来たって話は知ってるでしょ?雪乃ちゃんには言ってなかったけど、とある伝説があって雪乃ちゃんが森に行くことで雪乃ちゃんも死んでしまうし、村の人も死んでしまうの。』
「それは…。でもそれが私とは限らないじゃないの。きっとこの先何百年したら私のような子が現れるかもしれないじゃない。」
『いいえ、今やっとわかった。きっとこの瞬間のために私は此処にいるのよ』
どうせ村の危険は毎日の事で、妖怪に怯える日々は終わることはない。もともと私は森に行って妖怪の長に頼み込むという策は良い案だと思っていた。
雪乃ちゃんが危険にさらされることも、村の崩壊も免れるかもしれない。ならば、自分がいけばいいと考えたのだった。それを雪乃ちゃんに言ったら初めは止めていたが、可能性を信じてみたいと思ってくれたのか準備を手伝ってくれると言い出した。
『雪乃ちゃん、お願いがあるの』
「なんでも言ってちょうだい」
私の考えを雪乃ちゃんに説明する。その翌日、この話は雪乃ちゃんによって村全体に広まった。たくさんの応援や協力が必要だと考えたのだろうか。村総出でそのうちの数人と雪乃ちゃんが私の周りに集まった。
周りに集まった人は皆女性。思わず目を奪われるような流麗な花々が咲き誇るの赤い着物を持ってきた。先日雪乃ちゃんにお願いしたことは、上級の妖怪みたく、着物とお化粧をしてほしいと頼んだのだ。
「どう?あなたの作戦にピッタリの着物でしょう?妖怪と間違えられてそのまま妖怪の長、「乙鬼」のところまでたどり着けるかもしれないものね。」
そこで、村を襲わないように説得できればいいのだけど…と雪乃ちゃんは続けた。
村の女性たちによって、私はみるみる変わっていった。いつも垂れ流しにしていた髪もきれいにまとめ上げられた。「髪飾りはこれを使ってほしい」とお願いし依然ガキンチョに選んでもらった桜の簪と紅をさしてもらった。
されるがままになっていると、それも終わったようで鏡を持って来てくれた。その姿には誰もが驚いていた。雪乃ちゃんもやって来て、溜め息をもらしていた。そそそんなに変わったの…?
「うわあ…。すごい化けたな私…やっぱ化粧一つでここまで変わるのか…恐ろしや!」
「ふふっ綺麗じゃない巳弥。その着物はあなたにあげるわ。必ずこの村に戻って来てね…。」
周りには村長をはじめとする村人全員が、見送りに来ていた。嬉しいことだが、何だか複雑だった。
「生贄にいくみたいじゃん…」
そうつぶやくと雪乃は同感だと笑っていた。
眩しいくらいの夕日と、村人達に拝まれるように見送られながら覚悟を決めた私は、学校カバンに荷物を入れ、村を出た。
村を出てから、森に入るまでミツさんがついてきてくれた。怒られたけど、それでも未来の事も伝説のことも知っているミツさんは、村を守るために私のことを信じてくれた。
「巳弥…必ず、必ず帰ってくるんだよ。約束だよ。帰ってきたら、森の話を聞かせておくれよ。」
「はい。ミツさんは、この時代に飛ばされて生き場所のない私を助けてくれた命の恩人です。私の家族です。ミツさんのこと絶対忘れません。それと…絶対帰ってきます。」
行ってきます。と笑顔で言い、森の中に入っていった。ミツさんは泣きながらも行ってらっしゃい。と言ってくれた。彼女はその場でずっと座り込んだままだった。




