傷
足腰には自信があるが、自分より背も高く、体重も倍以上あるこの妖怪をおぶって行けるだろうか。引きずるにも、袖を縛っているしその中に蛇を潜ませているに違いない。やはりおぶって行くしかない。
『ん…よいしょっと…お…重い…!!』
身長差があり重いということもあり、彼の足は地面についたままでズルズルと音をたてる。妖怪の顔が自分の顔の真横にあると思うとなんだか緊張する。そのまま顔や首に噛みつかれたら自分もあの男たちのように死ぬ。しかしするなら、おぶった瞬間にしているだろうと考えてそのまま森の入口を通る。
もう少し先に行ったところに置いて帰ろう。と森の中を歩いていく。
すると、真上の木から、ガサガサっと音がした。すぐに立ち止まってその音のする方を見上げる。
突然のことだった。「ギィィィィ!!!」という鳴き声とともに真上の木から「何か」が降っててきた。
降ってきたのは猿のようだ。普通の動物とは思えない牙や鋭い爪を見る限り間違いなく妖怪だ。
おぶっていた蛇の妖怪を降ろして、猿に向けて弓を構えた。しかし、その弓は猿の腕で払われてしまった。間髪いれずに猿は鋭い爪で私の左肩を引っ掻いた。
『きゃああ…っ!!!つ……ッ』
血しぶきをあげながら、真後ろの蛇の妖怪のところに倒れ込む。すぐに起き上がろうとすると、何故か蛇の妖怪に引っ張られ抱き寄せられた。
『…え?』
抱き寄せられた時、いつの間に袖を縛った紐を取ったのか、そんなことを思った瞬間だった。
目の前にいた猿が数匹の白蛇に噛まれて死んでいた。猿は悲鳴もあげることなく即死したようだった。
森の中がいっきに静まりかえり、その静寂に包まれながらゆっくり自分を抱き寄せる妖怪を見た。そこで初めて目があった。相変わらず、獲物を捕らえるような蛇の目だが、その瞳には怒りも憎しみも込められていない。
今度は自分がこの蛇に助けられたらしい。ありがとうと言おうとしたが、それは言葉になることなく蛇の瞳に吸い込まれるように眠りについた。
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ざわざわと騒々しい。それに何だか血の匂いがする。きっと、猿にやられた自分の血だろう。意識があるから自分はまだ死んではいないと分かった。蛇の妖怪はどうなっただろう。森の中で蛇によりかかって寝てしまったところは覚えている。しかし何故こんなに騒がしいのか。
静かに目を開けると、眩しいくらいの太陽の光が瞳に入り込んできた。その時、自分は人の群れに囲まれていることに気が付いた。
むくりと起き上がると、周りの人は驚いた顔で「生きてるぞ!!」と声をあげていた。
ここはどうやら都のようだ。もしかしたら、人通りが多くわりと安全なこの都に蛇が私を置いてくれたのかもしれない。
「おい!!おまえ…」
『ん…あ、ガキンチョ…。』
もう昼のようで、ガキンチョが待っていたようだ。昨日も待ち合わせに来られなかったが、この状況を見て理由を察したのか、何があったのか真剣な顔で聞いてきた。
『ちょっと…ね。昨日いろいろあって。』
「いや、後で聞く。傷の手当が先だ。」
周りの人が包帯や薬を持って来てくれて塗ってくれたため、治療は早く終わった。
その人達にお礼をいって、待ち合わせの場所にガキンチョと二人で歩いた。
そこで、何があったのかを話した。
「つまり…蛇が襲ってきて、お前は蛇を森に帰すために森に侵入し、途中襲ってきた低級妖怪からその蛇が助けた、と?」
簡単に言えばそうだね。と笑った私にガキンチョは猫っ毛の髪を手でぐしゃりと掴みながら「信じられん…」と呟き、半ば呆れた表情で見てきた。
「しゃがめ。」
『え、なんで?』
早くしろ、と袖を引っ張るのでそのままガキンチョの身長あたりまでしゃがむと、せっかく人々が治療してくれた包帯をぱらぱらと取られて、猿に引っ掻かれた深い傷跡が露わになった。
「ひどい傷跡だよね…残っちゃうかな。」
「安心しろ」
そういうとガキンチョはその肩の傷口に手を当てた。温かさと共に少しピリッとするが痛みに耐えると、再びガキンチョはテキパキと包帯を巻いていった。
「何してたの?」
さあな、といいながらガキンチョは先を歩いて行く。歩いていると、当然通り過ぎる人は私を見て驚いた表情で見つめる。見世物状態だ。当然今の着物はボロボロで血が染みついて異臭を放っている。
少し離れたところに川が流れていて、そこで洗い流すことにした。ガキンチョは周りを見張ってくれていた。
背を向けながらガキンチョは話始める。
「…お前…森に入るのは、怖くはなかったのか?入った瞬間妖怪に襲われることは分かっていただろう」
『まぁ、そうなんだけど。蛇の妖怪おぶってたし、なんとなく来ないと思ってたんだよね…』
「お前は虫けらのくせに、根性だけは妖怪並みだな。」
『え?本当?ありがと!』
「……褒めてない」
川で血を流し終わり先ほどの血だらけでボロボロの服を着る。村に帰ってからもう一度洗おうと思い、今日はガキンチョと早く分かれてまた明日会うことにした。
心配してくれたのか、ガキンチョは「気を付けて帰れ」といってくれた。
ミツさんも昨日から私が森から戻ってこないことに心配してるだろう。早く帰らなくては。どうしてか傷も痛くなくなったので走って村へ帰った。