伝える心
「それで、そんな大荷物を背負ってどこいくんだい?」
『乙鬼のところ。でもまずは白蛇さん探さないと。案内してもらったほうが早いと思うし。』
いつもすぐに来てくれるのに、今日はまったりしてる白蛇さん。たまには私から白蛇さんに会いにいくのもいいかなっていうことで気ままに歩いているのだ。
さっきの巨大な白蛇さんがこっちって言ったような気がするので方向は間違いない。信じる。
「白蛇なんて探さなくても今すぐ僕が長を呼んできてあげるよ。」
そう言いながら煌びやかに微笑んだ翠は、一瞬にして消えてしまった。
『うええ!?ちょっと翠ー!!』
どうしよう。おそらくあと数秒後には乙鬼が瞬足でここに来るってことだ。
心の準備はしていたけど、あまりにも早すぎて心臓がバクバクする。
寝てる時に会いに来てくれた乙鬼は、穏やかな雰囲気だったと思う。ただはっきりと覚醒してなかったから、もしかすると私の願望が見せた幻想だったかもしれない。
そうなると夢の中で聞こえた囁きも、本当にただの夢だということになってしまう。それはすごく寂しい。
『うーん…とりあえず会ったらなんて言おう。』
歩いているよりは待ってたほうがいいんだろうか。
呼ばれなくても、乙鬼には場所が分かってるだろうけど。
木の幹に背を預け、露根したところに座ろうと思ったが
雨のために地面が徐々に湿ってきていたのでやめた。
カバンが重すぎて木登りも難しそうだと諦めたとき、ふと思い出した。
そういえば乙鬼のおかげで、また前みたいに力が使えるのでは?と。
思いきりジャンプしてみると、自分の身長よりも高い枝の上にすんなり乗ることができた。相変わらず人間離れしたパワーである。
ブラブラと足を揺らしながら、とりあえず待っているとちょうど自分が座っている枝の真下から声がかかった。
「そんな所で何してるんだ。」
『………。』
なんの気配もなく、ガキンチョがこちらを見上げていた。
これは、どう反応すべきだろう。
ガキンチョが乙鬼本人であることを私は気づいてしまったが、本人には相変わらず気づいていないふりをしている。
翠は乙鬼を呼んでくるといったが、なぜか乙鬼はガキンチョの姿で現れた。
もしかすると乙鬼も、もう隠す気がないのだろうか。
今更ガキンチョの正体を明かされたところで、吃驚したリアクションなんてとれない。ちょっと前から知ってたよって開き直るべき?
ぐるぐる考えながら、結局は知らないふりを貫くことにした。
『え、えと、乙鬼を待ってる。』
「……。」
なんで何も言わないんだろう。
ガキンチョは何かを言おうと口を開きかけたが、結局何も言わず下を向いてしまった。
何となく気まずくて誤魔化すように再び足をぶらぶらと揺らした。
そういえば、そもそもガキンチョに怒って実家に帰ったのだ。今こうして会うのも気まずくて当然か。
なら乙鬼がガキンチョになって現れたのは、仲直りするためとか?そういうことなら納得だ。
ぴょんと飛び降りて、向かい合うように立つ。
『そ、それで?そっちこそこんなところで何してたの?』
お互いに視線を合わせることなく向かい合っていた。じめじめとした空気が余計に気まずさを増長させる。
なにがそんなに緊張するのか自分でも分からないが、少年が口を開くのをドキドキしながら待った。
チラッと一瞬ガキンチョのほうを見ると、彼もまたその視線を合わせる。ただそれだけでビクッと肩が震えてしまった。
どどど動揺しすぎだろ私。落ち着け、あまりおかしな反応をすると不審に思われてしまう。今はちびっこ少年なのだ。私のちょっぴり生意気な親友で喧嘩したせいで会うのが気まずいだけ!!
そんなうるさい頭の中も、発せられた少年の落ち着いた声によって一瞬にして静かになる。
「………お前に酷いことを言った。すまなかった。」
『へ?』
思わず気の抜けた声が出てしまった。今何といった?
もしかして乙鬼が謝った?
「泣かせる気はなかった。」
『………っ』
正直謝ってもらえるとは思っていなかったので、こみ上げる気持ちが抑え切れず涙がぶわっと溢れ出した。
それをみた少年の瞳は今日一番に見開かれてギョッとした表情が可愛くて、思わずギュッと抱きついた。
そしてガキンチョと同年齢の子どもになったように、ビャービャー泣いてしまい、ようやく気持ちが落ち着いた時にはガキンチョの着ている羽織が私の涙と鼻水でビチョビチョになってしまっていた。
『大嫌いなんて言って、ごめんね。ほんとは大好きだから』
おぼつかない手つきで優しく背中をポンっと落ち着かせようとしてくれるところとか、羽織をビチョビチョにしても何も言わず、涙を拭ってくれるところとか、本当に大好きだ。
気恥ずかしい気持ちを抑えながら、自分も謝罪の言葉を口にすると彼は少し大人びた表情で「ああ。」と口元を緩ませていた。仲直りできたみたいで本当に良かった。
「本当はあの日、何を悩んでいたんだ?」
あの日というのは、喧嘩になった日のことだろう。乙鬼に想いを伝えなければと思いながらも、本人に相談するわけにもいかず思い悩んでいたのだった。
変な勘違いをされてしまうくらいなら言ってしまえばよかった。
『……伝えたくて。』
「ーーー?」
『乙鬼に、ちゃんと自分の気持ちを伝えてないなって思ったの。』
「お前の気持ち?」
こくんと私が頷くと、ガキンチョは気になるのか少々緊張した面持ちでこちらを見つめていた。
『だ、だから、その』
早く言え。という小さな少年の無言の圧力を感じる。私なら大丈夫、言える。相手は乙鬼ではなく今は大好きな親友だ。
ガキンチョになら何だって話せる。
今ここで言えなくて、“乙鬼”として会ったときに伝えられるわけがない。
『愛してるって、伝えたいの!』
ぼんっと頭が爆発しそうなくらい熱くなってしまった。勇気をもって言えたが、きっと顔は真っ赤になってるだろうし、もしかすると頭から煙も出てるかもしれない。
「な……っ」
緊張と恥ずかしさが爆発してかなり大声で叫んでしまった。
ちょっぴりヤケクソ気味になったのは仕方ない。
ガキンチョも突然の言葉に動揺を隠せないらしい。言葉を失っていた。
ああ恥ずかしい、ガキンチョ相手にこんなにもギリギリの状態だったら、乙鬼の姿では面と向かって言えるのだろうかと自分で心配になってきた。
『でも、無理かもしれない…。』
せっかく勇気を出したのに、むしろ今ので自信がなくなってきた。
「はあ?」
一瞬で自信喪失してしまった私に、ガキンチョは驚きと呆れが混ざり合ったような声をあげた。
『だって、恥ずかしくて身がもたない…。』
「お前なぁ…」
今まさに恥ずかしいことを言っているのは分かっている。もういっぱいいっぱいだ。乙鬼にプロポーズしたときだって言い間違えたし、私の場合勢いまかせで失敗する確率が高すぎる。
『また失敗しちゃう。』
「なら、何度でも言えばいいだろ。」
『んな…!こういうのは、かっこよく一回で成功させるものでしょう?』
「そんなこと誰が決めたんだ?」
はあ、とため息をつきながら先程まで私が登って座っていた木の幹にもたれて頭をぐしゃぐしゃとかいていた。
『別に決められてはいないけど…』
「なら失敗しながらいつか成功させればいいだろう。」
『そんなに何度も言う勇気があったら、そもそも失敗なんて気にしないよ!』
今度はガキンチョが考え込む番だった。
こんな恥ずかしいことを本人に相談する私も私だが、それを真剣に考えてくれるガキンチョに胸がくすぐったくなる。
数分後ガキンチョは何かを閃いたようにこちらを見た。何かいい案が思いついたらしい。
「オレが練習相手になろう。」
『はあ?』
「オレなら長のことをよく知っている。なんせオレは、長の“ファン”らしいからな」
薄く笑みを浮かべながら目をスッと細めたガキンチョは、楽しそうに、それでいて最高にいじわるな表情をしていた。
ガキンチョが乙鬼のファンだというのは、もともと私がなにも知らなかった時に勝手に思いこんで言ってしまった台詞である。
というかファンの意味わかるんだ、と感心してしまった。
いやそんなことよりも…
『ガキンチョが練習相手……?』
本人相手に練習するってどういう状況だろうか。
「ああ。何か問題があるのか?」
ありまくるでしょ。どうしたらそうなるの!
『いや、でもガキンチョはちょっと…練習するなら葵にでも頼むよ!はは…』
ギロッと睨まれた。こわい。
「オレが相手だと、何か不都合があるのか?」
どこか含みのある言い方で有無を言わせない威圧感がある。
一瞬、私が彼の正体に気づいていることがバレているのかと思うほどだった。そんなはずはない。
慌てて『別に』と返すと、満足したように「なら問題ないな」と言って触れ合える距離まで近づいてきた。
『わぁっ、なに!?』
突然近づいてくるものだから驚いてしまった。
「なにってお前、離れたところで言うつもりか?」
『こ、こんなに近づいて言うものなの!?さっきの距離で十分だと思うんだけど!?』
「ダメに決まってる。」
このガキ…!絶対に楽しんでる!しかし本人がそう言うのだ。距離感は絶対なのだろう。仕方ない…
「さあ、今だ。長だと思って言ってみろ。」
先程までの意地悪な笑みは消え、意外にも真剣に相手をしてくれるらしい。
『いぃ乙鬼、えっと、あ…あぁぁい「やり直しだ。」
だめだ。ガキンチョの姿でも“愛してる”と伝えるのは難易度が高すぎる。ノー思考でならきっと言えるけどそれでは練習にならないし真剣に相手をしてくれてるガキンチョにも失礼だ。気持ちは込めたい。
その後何度やっても、なかなか言えなかった。これはもう言える気がしない。少し難易度を下げて言ってみよう。さっきもさらりと言えた言葉だから、きっとこれなら言えるはず。
『乙鬼、世界で一番大好き。』
「…………。」
言えた!!
ガキンチョのダメ出しがないのをいいことに、私はくるくるとジャンプしながら周辺を走り回ってから、ガキンチョの評価を聞かねばと再び向かい合った。
『ね、どうだった!?良かったと思うんだ……けど?』
ガキンチョの表情は少々険しかった。え、ダメだった?
勝手に難易度下げたから怒ってるとか…?
言葉が変わったとて想いは変わらない。しっかりと、真剣な気持ちを伝えたが不服だったのかもしれない。
『ねえ…?』
もう一度おそるおそる話しかけると、額に一本皺を寄せたガキンチョは、その皺を手のひらで隠すようにしながら「十分だ…。」と苦しげに呟いた。
やっぱり怒ってる!?