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覚めた夢の続き  作者: 神無
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嫉妬




体がふわふわと浮いているような感覚だった。そして心地いい温かさに包まれて抱きしめられている。そんな微睡みの夢から醒めると、美しい夕焼け空が視界いっぱいに広がった。



『……生き、てる。』



恐らく乙鬼が私を引きずりだした時には、私は木の実を食べて意識を失った。


それからどうなったか、現在の状態ではさっぱりわからない。


『わっ』


横を向いたらお湯が目に入り、目を擦りたいが何かで縛られていて身動きがとれない。


ここは、先ほどの温泉の中。見たところ鎖でぐるぐる巻きにされている。ひどい扱いだ。

しかし、ちゃんと服を着ていることにホッとした。よく見てみると、金の刺繍がされた乙鬼の羽織だ。

大きいサイズのため膝上くらいのワンピースのようになっている。


乙鬼の姿は見当たらない。どこに行ってしまったんだろう。頑張って起き上がりたいが仰向けで固定されていてうまくいかない。

蓑虫になった気分だ。何で縛ってるの?



「起きたか。」


『乙鬼!?あ……じゃなくてガキンチョ。』


いや、乙鬼で間違いないが"ガキンチョ”と話すほうが安全な気がしたのだ。なのでガキンチョの正体が乙鬼だということは気づかなかったことにしよう。


「………。」


あれでも気づかないのかこいつ、と言いたげな顔をしている。ガキンチョは時々よくこういう顔をしていた。いつもそうやって気づかない私に呆れていたことだろう。


それでも乙鬼もガキンチョの姿で来るということは、私が怖がると思ってわざわざ姿を変えて来てくれたんだろう。

実際めちゃくちゃ怖かった。おっかなすぎる。


『ねえガキンチョ、無事に終わったのかな。』


凍夜の妖気を残らず出して、元通りの自分に戻れたのか?と聞きたいわけだが、質問の意図を分かってくれてるといいんだけど…。


「ああ、現に今その湯に浸かっているだろう。」


『これ、さっきのままなの?』


「そうだ。」



嘘だ、さっきは燃えるように熱かったし、身体もヒリヒリ焼かれていくようだった。


『お湯がさめたってこと?』


「温度も変わっていない。」



今肌に感じるのは普通に適温の温泉だ。確かに、色も薄紅色で乙鬼の妖気が混ざり合ったお湯のままだった。

つまり、これまで通りの私に戻れたということか。


『私ってやっぱり死にかけてた?』


「ああ。おかげで手間が省けたが…あの実をどこで拾った?」


ガキンチョが知ってるはずはないのに、私が気づかないと思って、乙鬼しか知り得ないようなことをどんどん話してくる。

もういつバレようが構わないのかもしれない。


『えっどうして食べたって分かったの?』


「唇に赤い液体がついていた。血かと焦ったが舐めたら思い当たる味がしたからな。」



『舐め…!?いや、あーそう…。まあ役に立ってよかった。』


痛い思いをしなくてすんだ。朱里は、ここまで予想していたのか。もしそうなら衝撃だが、もう感謝しかない。今度お礼をしよう。


『ところで、乙鬼はなんで私を縛って行ったんだと思う?』


もう終わったのなら解放してくれてもいいんじゃないだろうか。


「逃げるだろうが。」


『もう逃げないよ』


あの怒った乙鬼だったら逃げ出したかもしれないけど、ガキンチョの姿なら怖くない。だから早く鎖をといてほしい。


「念のためもう少し浸かってろ。」


『おでんの中の大根になった気分。』


「言ってる意味がわからない。」


大人しく浸かってるから、外してくれないだろうか。言っても結果は変わらないだろうから大人しくしていることにする。


するとガキンチョはザバッと湯の中に入り、目の前に立ち私を静かに見下ろした。



「お前、奴と情を交わしたか?」


『……!』


突然そんなことを聞かれるとは思わなかったので、どう言えばいいのか考えていなかった。



「無言は、肯定か?」



『ちがうっ!!』


はっきりと否定できた。やっぱり思った通り誤解されていた。「心を奪われたのか?」というどころか、体の関係を持っていると思われていた。さすがの私もそんな誤解はされたくはない。


『私、素っ裸だったのは、粉々に裂かれたせいだから!』


「………何?」



白蛇がお腹に隠れていたせいで、朱里が助けに来た。服の中に何も隠しておけないように、木っ端みじんにされただけなのだ。意味不明なのは私が一番よく分かっている。



呆気にとられているガキンチョは、少し表情が緩くなっていた。誤解は解けたみたい。それがただ嬉しかった。

今なら聞いてもいいだろうか。むしろ、今しか聞けない気がする。




『あの、凍夜はどうなった?……っと思う?』



「………。」


どこかで、生きていてほしいと思う。敵とはいえ、偶然という奇跡もあり、仲良くなれたと思った。二度と会わなくていいけれど、仲間たちと生きていてくれると嬉しい。だって、出会ってしまったのだから。


「お前の表情をみれば何を考えているか分かる。敵とは相容れぬ。それが決まりだ。そんな顔は、お前とて許さない。」


なんて冷たい顔をするんだろう。


『………っ!』



それが、ガキンチョの答え。乙鬼からの答えなら、凍夜が生きているなんて奇跡はないに等しい。


私にとっては、凍夜も、葵も朱里も皆同じだ。親しみを持てたなら仲間だと思った。


『う…ふぇ…っ』


泣いても余計怒らせるだけだ。分かっているが止まらなかった。

この少年の正体が乙鬼だと気づいていなければ、ガキンチョにたくさん刃向かって大喧嘩でもしたことだろう。


でも、長がそう言っているのだと分かっている。朱里も、千世さんもそれに従っている。

私はこの森の住人ではないが、この森で皆と過ごしたい。ならば従わなければならない。


「………。」


ガキンチョはそれ以上怒ってくることはなかったが、どこかに行ってしまいしばらく置き去りにされたのだった。


ようやく戻ってきてくれたと思った時には、私もそこそこ冷静になっていて、とりあえず鼻の頭がかゆくて仕方がなかった。巻き巻き縛られていてかくことができない。


足音が近づいてきたので、暗くなりつつある空をぼーっと眺めながら戻ってきた少年に言った。



『ガキンチョ、鼻の頭がすんごく痒くって。ちょっとかいて……って、乙鬼……。』



ガキンチョだと決めつけて話しかけたら、殺気をしまった乙鬼だった。ガキンチョの姿はやめたのか、はたまた力の暴走も鎮まったからなのか、普段の乙鬼に戻っていた。


鼻痒いなんて、乙鬼に言うなんて。只でさえ気まずいのに!


頭上の岩に座った乙鬼は、手を私の顔まで伸ばしてきた。


内心、ひいぃっ!と思いながら目をぎゅっと瞑った。鼻の頭がサッサと爪で掻いてくれる感覚は正直気持ちよかった。

さっきまでかなり伸びた爪だったが、今は短くなっている。


ほ、本当に掻いてくれるとは思わなかった…。


『ど、どうも』


一応、乙鬼の姿で最後に会ったのはめちゃくちゃ怒ってた時だったから、もっと怖がったほうがいいのかな。

しかし、もう誤解は解けて怒ってないのは知っている。別の意味で怒らせたけど、多分お互いに頭が冷えたと思う。



『そろそろ外してほしいなあと…』


思うんだけど、だめだろうか。


バチっと目が合い反射で目を逸らした。そう、今かなりビビっている。だって一言もしゃべってくれない。


『ひょっとしてこういう趣味?』


鋭い眼光でギロっと睨まれた。『ひぇっ』と声をあげてしまう。決して喧嘩を売ろうと煽ったわけではなく本当に疑問に思っただけだ。


しかし、今の発言が効いたのか鎖を外してくれた。ものすごい解放感で走り回りたい。

しかしまだ浸かってないとまた睨まれそうなのでひとまず、乙鬼から距離をとろうと、一番端のほうまでバシャバシャとお湯を蹴るように走った。


囲いの岩に手を置いた時、その岩が砕け散った。


『!?!?!?』


岩割れちゃったんですけど!?

砕け散ったところに、背後から伸びてきた手が置かれる。反対側にもいつの間にか手が置かれていて、両サイドを封じられて閉じ込められた。


『んなな…っ』


これでは身動きがとれない。湯の中に入ってきた乙鬼がピッタリと自分の背後にいる。怖いという感情とは別に胸のドキドキがうるさくなってきた。


『あああの、何が起きたのでしょうか?』


どうして敬語になってるのか自分でも分からない。後ろを見ちゃだめだ、きっと怖い顔してる。



「何をしている」


こっちが聞きたい。


『いや、距離をとろうとしただけで』


「逃げるな。」


『逃げてないし!い…移動しただけ』


ちゃんとお湯に浸かっている。出ようとしたわけではないからセーフだ。


「こっちを向け」


『い…いやだ』

怖がってるはずなのに、顔面は多分真っ赤になってしまっている。そんなのバレたら恥ずかしすぎる。


「……おい。」


『………。』


そんなことで不機嫌にならないでほしい。

これだけ近くにいるだけでも恥ずかしいのに、どうして至近距離で顔を見ないといけないんだ。


しゃがみこんで潜ってしまおうと思ったが、股の間に乙鬼の足が割って入っていた。抜かりなさ過ぎではないか。

しゃがむことができず、乙鬼の太腿に座る態勢になってしまった。


『うわぁあ…っ』


やばい、やばい。頭に血が上りそう…というかクラクラしてきた。


「巳弥」


『!』


名前を呼ばれたことで、何も考えずただ見上げるように振り向いてしまう。あっ、と思った時にはもう遅かった。


『ん…』


一瞬で唇を塞がれて、ぬるっと入りこんだ温かいものに口内をかき回される。

乙鬼の足に支えられていなければ、今頃立っていられなかっただろう。


『はあ…っ』


苦しさに涙目で訴えると少しだけ息継ぎをする余裕までくれる。紳士的というか、甘すぎて耐えられない。


昼間のような苦しさとはまるで違う。


とても優しくて甘い口づけに胸の奥から満たされるようで幸せだった。

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