蛇の実
黒龍になった凍夜の背に乗ってそのまま寝てしまったらしい。夢の中でも虹を追いかけていた気がする。あと少しで届きそうだったんだけど。
べしっとおでこを叩かれた衝撃で目を覚ますと、台の上に寝かされていた。意外と容赦がなかったのでひりひりとするおでこをさすりながらむくりと起き上がった。
『ああ、僕さんおはよう。朝から激しい起こし方をどーも。』
「誰が貴様になぞ挨拶をするか!凍夜様に朝飯を準備させるなど何様のつもりだ!!」
『えっと……お客様かな』
「照れくさそうに言うな!!だいたいお前は凍夜様のお背中に乗せてもらっておいて眠りこけるなんて…あ…あ、ありえない!!いくら約束をしたからといってこんな人間のために…」
『あの、情緒大丈夫?震えてるけど。』
騒々しく騒いでいると思ったら、今度は自分の世界に入って俯きながらぶつぶつと呟いていた。怖すぎる。
とりあえず僕さんは放っておくことにして、台から降りておいしいごはんの匂いのするほうへと歩きだした。
『とーやー!おはよー朝ごはんは魚かあ!ありがとう』
すでに出来上がっていたので、私が起きてくるのを待っていたのか、腕を組みながら木にもたれて立っていた。
「ようやく来たか。もう食べていいぞ。」
『いただきまーす!あ、そういえば昨日はありがとう。すごく綺麗だったから多分一生忘れない思い出になるわ。』
そう言うと、当然だと言わんばかりにフッと笑っていた。
『そういえば、私せっかく背中に乗せて貰ったのに、途中で寝ちゃったんだよね。僕さんにも怒られたし…ごめんね。ものすごく気持ちがよくって寝ちゃったの。』
「突然背中が涼しくなったからどうしたかと思ったら、かなり下のほうまで真っ逆さまに落ちて行ってたから驚いたぞ。木っ端みじんになられても困るから銜えて帰ってやった。」
『ひっ恐ろしい…というか口に挟まれてたという状況も怖すぎる…間違って飲み込まれなくてよかった。』
「俺は水浴びしてくる。何かあれば、あいつに…ってあいつはどこにいった?」
『あいつって僕さん?それなら、私が寝てたところでずっと一人でぶつぶつ言ってるよ』
そういうと、大きくため息をついて「おとなしくしてろよ」と言い残すと一人で水浴びに行ってしまった。
僕さんはどうでもいいらしい。凍夜が戻ってきたら私も水浴びしてくるとして、とりあえず情緒不安定な僕さんとおしゃべりしてこよう。
しかし帰る途中、どこからか美味しそうな匂いがするので、誰かが同じように朝ご飯を食べているのかと匂いにつられてそちらに歩いて行った。お腹がすいてるわけではないが、美味しい匂いには弱いのである。
この森で知っているのは長の凍夜とその側近である僕さんだけなので、他にどんな妖がいるのか気になった。
こっそりと見ればきっとバレない。ちらっとみたら、戻ろう。
『わあ、美味しそうな焼き鳥…涎がでそう。』
朝は魚だったので肉の匂いに再び食欲がわいてきた。一本だけこんがりと焼かれた肉が地面に刺さっていて、妖はどこにも見当たらない。しっかりと火も消されている。どこに行ってしまったのだろう。
しばらく待っていたが誰も来ないので、せっかくの焼きたてと思われる肉がさめてしまう。
なんだか、ここに呼び寄せられた気がしなくもない。
匂いに誘われて来てみたが、まんまと罠にハマったような…。そう思うと、本当にそんな気がしてきたので、おそるおそる肉に近づいて串を手に取る。
『はっ!わかった…きっと僕さんが私のために肉を用意してくれたんだわ…!ツンデレすぎる!!ありがとう!!』
1人で納得すると、思いっきり肉にかぶりついた。
『んんん!おいしい…魚もおいしかったけど、お肉は最高。』
ぺろりと食べ終わると、火も消えていることだし、後片付けは僕さんにしてもらおうと、その場に大きく星マークを描いてから急いで小屋へ帰った。もう僕さんはいないと思ったが、相変わらず俯いてぶつぶつ言っている。
おかしい。私のために肉を用意してくれたのではないのだろうか?ずっとそこから動いてなさそうな雰囲気なので、私はいったい誰の肉を食べたんだろうと不思議に思ったが、何かあったら僕さんに守ってもらえばいいか。と自己完結し、台に座りながらくつろぐことにした。
念仏のような声がすぐそばで聞こえてくるが気にしない。
食べてすぐ寝るのは良くないので、しばらくは、爪のささくれをとるのに熱中してしまっていた。
きれいになった手もとに満足していると、我に返った僕さんが「おまえ、ずっといたのか…」と驚いていた。ご飯は食べに行ったけどね。
『気にしないで。時には何も言わずにただ寄り添ってくれる人がいるって嬉しいものでしょ。』
「なにいってんだ?」
『あ!そんなことより、さっき私のために鶏肉焼いて置いておいてくれたりした?』
そう質問してみると、みるみるうちに顔が歪んでいくのが分かった。
「俺が?おまえのために?」
『わかったわかった。その顔ものすごい不快感はんぱないからやめてくれる?』
「ならふざけたことを言うのはやめろ。百万歩譲って肉を焼いておいても、俺ならその手前に落とし穴を作っておいてやるわ!ははは!愉快愉快!」
『本当に情緒どうなってんの?というか性格もねじ曲がってる。』
「それで?お前まさか、そんな得体のしれない肉を食べたりしてないだろうな?」
『おいしかった。』
「馬鹿かお前は!!どう生きてきたらそんな怪しい食い物に手をのばせるんだ!すぐに吐き出せ!!手伝ってやる!」
そう言うと、拳を握りしめ、思いっきりみぞおちを狙ってきた。
間一髪でそれを避ける。この妖、いろんな意味で怖すぎる。
「なに避けてるんだ、毒でも入ってたら危険なのはお前だ。」
『え、心配してくれてたの?でもグーぱんはやめてほしい。それと元気で健康的なので大丈夫です。』
「ちっ…ならいいが。それで?お前が食べた肉はどこにあったんだ、一応確認するから案内しろ。」
『あ!片付けてくれるの?ありがとう。』
「……なにいってんだ?」
後片付けだよ、と笑顔で言ったら面倒くさそうな顔をされてしまった。
得体のしれないものは、むやみに口に入れてはいけないとキツく説教をされながら歩いていくと、先ほどおいしくいただいた鶏肉が焼かれた場所に辿り着いた。
だが、跡形もなく綺麗さっぱりなくなっている。
火をおこしていた薪や食べ終わった串も何もない。
後片付けだけして帰っていったのだろうか。変な妖怪なんだなあと思いながら、本来あったはずの場所を指差した。
描いた星マークは何故か薄くなっているが残っている。風が強く吹いたせいか消えかかっている。
「本当に此処なのか?火をおこした痕跡も、残っている気配も匂いも何もないぞ。」
『ほんとにほんと!私、方向音痴だけど小屋からほんの少しの距離は道覚えたし。しるしもある。』
「本当だろうな…。だとすると、お前本当に罠にかかったんじゃないのか。その元気そうなところからすると、毒は入ってなかったみたいだが。」
『………!』
さっきの場所で間違いないはずなのに、と当たりを見回すと、さっきまではないものが落ちていることに気づいた。
「どうした?」
『ううん、何でもない。とりあえず体調は問題ないから良いんじゃない?』
「はあ、ならもういいか。とりあえず帰るぞ」
不審に思われないように、がみがみ文句を言ってくる言葉に適当に相槌をうちながら歩いた。
赤い実が落ちていた。さっきまではなかった。だが、あの場所で間違いない。
描いた星マークからあえて少しずらして目に付く位置に赤い実がひとつ落ちていた。このあたりに木はあるが赤い実はなっていない。希少な実だと、以前朱里が言っていた。
『朱里…?』
「聞いているのか!!」
耳元でものすごい大声で叫ばれたので鼓膜が危ないことになっている。ピシッと姿勢を正した。
『ーーーはっ!聞いてません!!』
「馬鹿野郎か!こんなにも心配してやってるのに考え事をするとは…何様のつもりだ!」
『あ、あの、それはえっと…』
「お客様なんて言うなよ。」