爆炎の中
「――――様、どうか復讐を、果たしてくだ…」
槍を投げ、烏は小さくそう呟くと、やがて動かなくなった。
私は、ただ茫然と吐血した血を眺めていた。一瞬何が起きたか分からなかったが、自分の背後から突き刺され、腹部から出ている槍は、先程「私」が倒したと思っていた烏のものだ。これが飛んできたということは、烏はまだ倒せていなかったのだ。だが、そんな考えは一瞬で消え去った。
「あ……ああぁ…あ!!」
飛んできた槍は、私を貫通してそのまま乙鬼をも貫いていた。私の血で濡れた槍の矛先が、目の前にいる乙鬼に刺さっている。烏の血を砂に変えるほどの波紋の力が、乙鬼を刺してしまったのだ。
早く抜かなければ彼が死んでしまう。いや、もう遅いのか、そんなことをぐるぐると考えながら、ただただ腹部から出ている槍を震える手で握りしめていると、その上に乙鬼が自らの手を置いてくる。
その瞬間、烏が作り出した槍は一瞬にして粉々になり、消えてしまった。
なぜだろう、槍とともに自分にもヒビが入ったような気分になる。粉々になった槍を茫然と眺めていた。
しかし、自分の腹には穴が開いてしまっている。もちろん、乙鬼の腹部からも血が流れていた。
「巳弥、落ち着け。――――問題ない。」
傷口を手で押さえながら以外にも落ち着いた口調で話す彼の額には汗がにじんでおり、眉間には薄く皺がつくられていた。
砂になっていないのが分かったので、なんとか平常心を保つことができた。乙鬼が安心させてくれなければまた暴走していたかもしれない。次は完全に飲まれていただろう。
そんなことを考えていたときだった。ものすごい力で乙鬼に激しく肩を掴まれて抱き寄せられた。驚きと同時に凄まじい衝撃波に体が吹っ飛び黒煙があたりを包み込んだ。
体は乙鬼がしっかりと片手で抱きかかえ、伸ばされた手は敵の攻撃に反撃したため、シュウ…と音をたてていた。
煙で真っ暗闇に包まれ、何も見えなくて少し怖かったので、ぎゅうっと乙鬼の首に腕をまわしてくっついた。痛みもあまり感じなくなってきている。
黒煙の中、雷がゴロゴロと鳴るような音がした。
まるで積乱雲の中にいるようだ。
思わず目を瞑ってしまうほどの閃光が走り、一瞬白くなった視界には、あまり見たくないものをとらえてしまった。
『なにかいる!長くてすごく大きな怪物…!』
「龍だな……。」
『…え?』
龍華様はあの時確かにこの手で倒した。ここにいるはずはない。だが、確かにあれは大きな龍のように見えた。龍華様は半身が一部龍になっていたが、あそこまで完全体にはなっていないし、最後の波紋の力を受けて完全体になどなれるはずがないのだ。
再び激しくピカピカと光が発せられたと同時に黒煙を巻き上げて一層禍々しい災いを湛えたような漆黒の尾が振りかざし、その勢いのまま薙ぎ払われた。
あまりの力に、さすがの乙鬼も自分を抱えたままで衝撃を抑えるのに手いっぱいだったため、その直後の龍の行動に対応が出来なかった。
「!!!」
乙鬼の抱える手が緩んだすきを狙い、自分よりも大きな龍の大きな前足ががっしりと体を掴んできたのだ。
『うあっ!!』
すぐさま乙鬼が力強く引き戻してくれたが、巨大な龍の足の爪が肩に食い込んで鈍い痛みに顔をしかめた。
このままでは体がちぎれてしまう。苦しさから思わず呻き声をあげると、乙鬼が舌打ちをしながら、力を緩めた。
再びピカピカと光が瞬き、視界が一瞬明るくなる。徐々に力を緩めてく乙鬼の顔は今まで見たこともないくらい苦しそうな顔をしていた。
『乙鬼…』
「――――待ってろ。必ず助けに行く。」
その言葉と同時に、完全に手を放し、自分の体は完全に龍に囚われてしまった。黒煙から抜けた時にはもうはるか上空にいた。片足で掴まれた体は、肩に爪がめり込んでいるためどうあっても抜け出せないし、空の上では落とされても困る。
災いの象徴を思わせる黒い龍の尾を見上げながらどうすることも出来ずに、どんどん視界がぼやけてきた。身体も限界が来ていたのかそのまま覚めるかも分からない眠りについたのだった。