反抗期の少年
全速力で走ったが、乙鬼は追ってくるような素振りは見せなかった。そこで安心すると、俊足で飛んでこれる大妖怪の長様の思うつぼである。きっと立ち止まって呼吸を整えている間に背後に来てるとか普通にありえるからだ。
思わずぞわっとしてしまい「まさかね……」と、走りながら後ろを確認したところだった。
複雑な地面なのにしっかり前をみていなかったせいで、木の根っこに足をとられ再び顔面ごと豪快にズッコケてしまった。
口の中に入った砂を軽くプッと吐き出すと、すっかり汗だくになり疲れ果てて座り込んでしまった。森の中にいれば、木々が屋根変わりになっていて日光は遮断できるがそれでも暑いことに変わりはない。
走ってくる途中、何度か蜘蛛の巣にかかった気がする。体にまとまりついた不快感を両手で払い落とすと、とりあえずどこかでまったりできる場所を探すことにした。
500年前とはいろいろと道が変わっててよく分からない。しかし、こんな時には最高のナビがいるじゃないか。
「白蛇ー!!どこー?」
蛇妖怪、朱里の白蛇くんという非常に役に立つ私の友達白蛇くんがいる。……はずなのだが、そういえば龍華サマとの戦いが迫ってきているあたりから、白蛇くんを見ない。朱里の元へ戻ってしまったのだろうか。
しかし、道がよくわからないので朱里の住処の場所も分からない。ただ、500年前はこのあたりがそうだったはずなのだが。やはりそれだけ長い時間が経てばお引越しくらいするのかもしれない。
まあ、そのうちまた会いに来てくれるだろう。今はあまり大声を出すとまずいのだ。仮に乙鬼が追いかける気になったらなのだが。そういうわけで、お口にしっかりチャックをして小走りで再び山道を進んでいく。
一瞬、子供くらいの大きさの黒い影が、目の前を横切った気がしたが気にせず走り続けた。どこに行こうか悩んでいたせいか、その影がすぐ真横にきたことに気が付かなかった。
「うわっ!!!!」
本日何度目かの転倒だった。次は木の枝や根っこなどではなく、故意による小さな足にひっかけられたらしい。
さっきから顔面着地を決めているので、そろそろ顔が痛かった。これ以上顔面強打すると、顔が変形するかもしれない。足をひっかけられてバランスを崩した瞬間、その恐怖に私は両手を前に出した。
こける時には反射でちゃんと手が体を守ろうとするのだが、そうしてもなぜか勢い余って顔ごと突っ込んでしまう私だ。しかも木に見られているのでもなく、わざと足をひっかけた者の前でド派手に転んでしまうのは悔しかった。
「ふんぬ!!!」
両手をついて、全身を支えつつそのまま何やら倒立姿勢になった。あ、逆立ちってこうするんだ。と頭の隅で考えつつ、倒立姿勢になったことで私に足をかけた張本人が視界にしっかりと入ってきた。
「ガ………!!!!」
ガキンチョ!!!ガキンチョだった。私に足ひっかけてきたクソガキが!!
「……受け身ならまだしも……そのまま倒立する奴は初めて見た。」
器用だな。と無表情で呟いたガキンチョは、感心したように私の逆立ちを眺めていた。でもやっぱりちょっとバカにしている。
「ガキンチョ!!!!会いたかった!!」
姿勢を直そうとしたら、そのまま背中からビタンッと地面に落ちた。顔は守れたけれど、お尻や背中だけでなく後頭部も強打してしまった。しかし足を打ったのが一番痛かった。
ガキンチョは、「やっぱりそういくか。」と一人頷きながらこちらに手をかそうと歩み寄ってきた。会えたのは嬉しいけど、ちょっと恨むわ……。
子供のくせに以外と力のあるガキンチョの手をとって起き上ろうとした。
「はあ、痛かった。――――ありが…………。?」
差し出された手は掴むことなく空をきった。手をかしてくれるのかと思ったのに、その直前で引っ込まれてしまった。本日二度目の嫌がらせだろうか。
ムッとして自力で起き上ろうとすると、ガキンチョは仰向けに寝転がっている私の上に乗っかってくるという行動にでた。嫌がらせをしているのは目の前のガキンチョなのに、なぜか少し不機嫌そうだった。
馬乗りでこちらを見下ろしてくるガキンチョにぽかんとしながらも見つめた。いやいや、私は記憶が戻ってから500年ぶりに会えたことに感動しているのに、何故このような仕打ちを受けているのか。少し前に会ったガキンチョとは、別に喧嘩なんてしてないはずなのだが。
「ねえ、ガキンチョ… 何か怒ってるの?」
「何故そう思う?」
「反抗期とか?」
へらっと冗談ぽく笑ってみたが、ギロリと睨まれてしまった。余計不機嫌になってしまったかも。
ただでさえ背中がいたいのに、いつまでもこの体制でいるのはいささか問題があったので身をよじって馬乗りになっているガキンチョを押しのけようとしただが、腰をがっしりと膝で固定されているので無駄な抵抗だった。このガキのパワー侮れない。
「お前、記憶が戻ったのか?」
「へ?」
なんでまた乙鬼と同じことを聞かれるのかと思ったが、ガキンチョいわく先ほどの話を盗み聞きしていたらしい。それで追ってきたというのか。
ただ、乙鬼に何も言わず逃げ出したのを何故ガキンチョが怒るのか謎だった。
「あー……まあ戻ってるけどね。だからガキンチョとはある意味500年ぶりの再会なわけでしょ?だから感動してたのに……こんな仕打ちひどい!!」
「……なら、あの長とも500年ぶりになるんじゃないのか。何故長には記憶が戻ったことを言わない?」
「……うっ」
それは言えない、と言おうとしたら先を読まれていたのか「言わないとずっとこのままだ」というのでしぶしぶ答えることにした。
「記憶がまだない時、乙鬼に『記憶が戻ったらどうする?』ってちょっとした疑問で聞いてみたんだよね。そしたらなんて言ったと思う!?」
「………。」
「逃がさないって言ったの!その時、私は絶対記憶戻しちゃだめだって思って……。とまあ思い出したわけだけど、なんで逃がさないって言ったのかだいたい予想がつくんだよね」
ガキンチョは、静かに首を傾げた。「その予想とは何だ」と語る瞳に早く答えろと催促される。
「ガキンチョは知らないかもしれないけど……ほら、私500年前、乙鬼との約定を破って森を出たでしょ?しかも雪乃ちゃんっていう人間の子を森に入れてしまったこともある。その子を助けるためにまた掟を破って森を出たことの罰をまだ受けてないの。」
彼女を助けに森を出て、村へ行った私を乙鬼は罰するためか、助けるためか分からないけれど追ってきた。ただ村で私はもう瀕死状態だったから彼は黙って森に連れ帰ってくれた。そして桜の木の下で私はこの現代に戻された。だから私にとってはちょっと前の出来事だったのだ。
「そんな昔のことを今更罰したりしない。あの時お前を追ったのは、村人から助けるためだ。……もう手遅れだったが」
「なんであの時のことをガキンチョが知ってるの?乙鬼から聞いたの?」
少し驚いてガキンチョに聞いてみたが、軽くスルーされてしまった。というかなんで不機嫌なんだろう。
「じゃあ何で『逃がさない』って言ったのかも知ってるの?」
「お前、妖との約束は破ることは許されないということは知っているな。」
「え?ああ、昔そんなこと聞いたかも」
それで?と次は私がガキンチョの返答を催促する番だった。いっさい目を逸らさないガキンチョに、少し怯みそうになるがどうせこの体制ではどうしようもない。おとなしく話を聞いていた。