見た夢は
「巳弥…必ず、必ず帰ってくるんだよ。約束だよ。帰ってきたら、森の話を聞かせておくれよ。」
「はい。---さんは、この時代に飛ばされて生き場所のない私を助けてくれた命の恩人です。私の家族です---さんのこと絶対忘れません。それと…絶対帰ってきます。」
もともと私は村で、このおばあさんにお世話になっていたらしい。見たところこの記憶は、これから森に入ろうとしているところだ。何故かはよくわからない。
上品に着飾っているのは、あわよくば妖怪と間違えられれば生きながらえるかもしれない。また、人間とバレても気に入られれば殺されることは免れる可能性があるなどという……あまり意味のなさそうな理由だった。
「いや、でもさ…---ちゃん。どんなに妖怪と同じド派手な格好しても匂いで分かりそうじゃない?この時代に初めて来たとき、狐の妖怪がそう言ってたし…。」
「あ…まあそうね。本当のことを言えば、妖怪に似させるために着飾らせたわけじゃなくて……。ほら巳弥、この前私がこういう格好してたの羨ましそうにしていたでしょう?だから…」
少し言いずらそうに視線をずらした女の人は、途中でもごもごとして良く聞こえなかった。
きっと、森に行ったら普通に考えて生きて帰れない確率の方が高い。だから最期くらい私がやりたかったことをさせてくれたと、そういうことだろう。
私も、なぜこんな無茶なことすると言い出したのかは、すぐに分かった。私が行かないと、この子が行ってしまうからなんだ。
現実的に考えて、私は絶対森の長を説得するなんて無理だとわかっているはずだけど、この女の子は、説得できると思っている。だから、彼女は行こうとするだろう。それを止めるための身代わりってやつね。
村の人々に見送られ、私は友人である女の人と別れて最後にお世話になったおばあさんと森の入り口で話していた。泣きながらおばあさんは私が見えなくなってもその場で森を見つめていた。
この夢の先をもっと見たい。そう思って私は記憶の中を歩き続けた。ずっと長い道を歩き続けたとき、再び記憶の一部が流れてきた。
「—―――――え」
思わず足を止めた。息をするのも忘れてしまうくらい衝撃な絵図だったからだ。そこではおばあさんと女の人が、5本くらいの矢に射抜かれていた。それも、私をかばって守るように上に覆いかぶさっている。彼女たちはもう、助からない。しかも、妖怪に殺されたのかと思っていたけれど、私達を襲っているのは村人ではないか。
これ以上、傷を作らせるわけにはいかないと、震える腕で彼女達を自分の上から退かせようとするけれど、血だらけの手で私の動きを止めようとする。
虫の息だが、かろうじて意識のあるおばあさんに、泣きながら私は必死にしゃべっていた。依然、森から帰ってきたらそこでの話をするという約束をしていた。それを聞いてほしいのだと彼女の胸に顔を埋めて泣いていた。
『へえ、それはぜひとも聞きたいねえ……。今度、聞かせておくれ…』
それを最後に彼女達は動かない。まさか、こんな別れ方をしてしまうとは思いもよらなかった。立ち尽くして呆然とその記憶を見ていると、突然視界がガタガタと揺れ始め、思わずその場で転んでしまった。
そろそろ起きるころなのだろうか。だいたい起きる時ってこんなに揺れるっけ?何か強制的に起こされてるような感じ。別にいいじゃないのどうせ起きたところで二度寝するから。
またこの夢見れるとは限らないなら、このまま起きずに見てたいんだけどダメなの?それよりどんどん揺れが…というか実際揺れてるのは上半身で、地面が揺れてるわけじゃない。
「ええ!?なんで上半身揺れてんの!?うわっちょ、あんま揺らされると気持ち悪くなる!ううえっ」
夢の中で自分の意識と乱闘している。起きてやるものかとド根性奮闘中だが、どうも揺れがどころか頬っぺたが痛くなってきた。
「痛ぁああーーー!!」
頬っぺたが叩かれたような衝撃を感じた。それはもうバッシバシ叩かれている。酷いおじいちゃんにも打たれたことないのにっ!!赤くなったらどうすんのよ!
しかも夢なのにやけにリアルに痛い。夢なのになんでこんなに痛みがリアルなんだろうかと、頬の衝撃と視界の揺れにも耐えられなくなったとき、ぎゅっと目を瞑った。
「起きろッ!!!」
「うはああい……っ!!」
あ、起きちゃった。突然怒鳴られたから……ほら、おじいちゃんにたたき起こされる時の癖で思わず起きて……って、私おじいちゃんに毎朝叩かれてたわ。
起きたら起きたで、やっぱり頬がじんじん痛かった。これは現実で叩かれてたから痛かったのかと納得したが、しかも乙鬼サマに叩かれていたとは思わなかった。
夢もよくわからない記憶を見たけれど、現実でもよくわからないことになっていた。あれ、これまだ夢だったりする?
「え、あれ乙鬼サマ。ひょっとして私を思いっきり揺らしたり、頬殴ってました?」
「……殴ってはいない。起こそうとしただけだお前が泣いていたから起こした。」
なんで泣いて?と自分の頬に触れると、本当に湿っていた。乙鬼サマのビンタが痛かったからなのでは?と言ったら、ギンッと睨まれた。やだこわい
なら、きっとあの最後の記憶をみたからだろう。結局あの二人が誰かは思い出せなかったし、名前すら分からなかった。私は彼女達の名前を呼んでいたけど、そこだけ消されてしまったかのように聞こえなかった。
おばあさんには、「絶対忘れません」とか言ったくせに今は忘れてしまっているのが、とても悲しい。
「何の記憶を見た。」
「……。」
なんでわかったんだろう。本当にビンタで泣いていたとは思わないのかなこの人…いやいや、まあ泣いてたから起こそうと叩いたんだよね。なかなか鋭いな乙鬼サマ。
でも彼は、記憶を思い出させないようにしてるのだろうか。この前は、少し記憶を思い出してしまったとき、「急がなくては」と呟いていた。今日だってまたひとつ思い出したとき、やけに内容を聞いてきたし…。
何か思い出してはいけないことがあるとか?じゃあ今見たことも黙っておいたほうがいいかもしれない。そう思った私は、とてつもなく悲しんでいるように表情を歪ませた。
「ああ…それならきっとあれですね。…葵に極上ステーキを食べられちゃったんです。あれはもうショックでショックで大泣きしましたから……。」
めそめそと顔を両手で覆った。これで表情は見えないから、思わず笑ってしまいそうになっても何とか切り抜けられそうだ。
ただ、乙鬼サマが今どんな表情をしているかはわからないのが悔やまれる。多分酷く呆れた顔をしているだろう。そりゃそうだ。あれだけ必死に揺すって往復ビンタまでするほどだったのに、くだらない夢を見てましたーってオチなんだから。