prologue
雲一つない快晴の空。優しい風に吹かれて、頭上に立つ大きな桜の木から桃色の花弁がひらひらと舞い散っている。まるで蛍の光りのような温かな光りをまとって緩やかに瞼に舞い落ちた。
ここは、待ち合わせ場所として目の前にいる「鬼」がその妖力を使って作ったものだ。そしてこの木は、すべての始まりでもある。何度も来たこの場所で、まどろみの夢を見た遠い日々を思い出す。
そんな木の下で、私はぐったりと横たわっていた。ここには私と、身体を支えてくれる鬼がいるだけだ。赤い髪と、真紅の瞳が印象的で、いつも感情のないその表情にも、少しだけ悲しみを秘めた表情をしていた。
そそぐ瞳に見守られ、その瞳を静かに見つめた。これまでに起こった悲しみをその燃え滾る赤い瞳に語りかけた。今の私は、全身のいたるところから出血しており、声すら出すのが難しかった。だからこそ、お互いにしゃべることなく目だけで訴えた。そっと壊れ物を扱うように抱きしめられるそのぬくもりに、優しさを感じた。
失くしたものは、甚だ愛しい者達の思い出。自分の意志に反して流れ出る涙を拭うことも出来ない。どれだけ零しても、もうあの頃には戻れない。
暗く暗転していく空。されど依然と赤く燃える瞳に祈りを捧げた。目覚めた約束の時に泡沫の夢にいつかまた出会えるように。伝えたくても今の自分に伝える手段はないけれど、唯一動かせる瞳に全てを籠めて。
未来で邂逅して忘れてしまっても、そんな再会を許してほしい。
闇の中に消えるまで、その赤い光をずっとずっとみつめていた。
遠くで幸せを掴み、笑い描いた未来を夢にみながら――――