Smile
平凡な男子に訪れた、衝撃の出来事。
オフィス街は、夏だろうと冬だろうと関係なく、人々が忙しなく行き交う場所。
都会なんて、コンクリートとアスファルトと無機質・無感動・無関心で出来上がってるんだ。
朝の地下鉄なんてさらにサイテーだ。希薄な人間関係を、無理にでもくっつけようとしているみたいに、毎朝ぎゅうぎゅう詰めにされる。
ケバイ化粧の女は、おっぱいが丸ごと出てそうな服を着て、鼻が曲がりそうな匂いを振りまいて、さも自分は奇麗だと思い込んでいる。
錯覚だっつの。
その隣の頭の薄いオッサンは、そんな女の胸ばっか見てやがる。他に考える事ねーのかよ。
・・・まあ、女の胸なんて、見えて悪い気はしねーけどさ。俺も男だし。
ま。痴漢呼ばわりされちゃたまんねーから、つり革に両手で掴まるわけ。通勤カバンをショルダーにしたのだって、他の部署のカトウが痴漢で掴まったからなんだ。
聞いた話じゃ、カトウは同性愛者ってやつらしい。裁判所で『女の尻には興味がない!』って大声で叫んだそうだ。
そんなんで、普通は信じねーだろうと思ったら、何人か証言する『恋人』(もちろん男だ)が出てきて、無罪を勝ち取ったらしい。
ヤツは実に運がいい。しかし、この裁判でカトウが同性愛だとカミングアウトするはめになり、なおかつ、浮気相手まで出てきたもんだから、俺には到底理解できない修羅場を経験したそうだ。
結局事の真相はというと、カトウが持ってたカバンが、ミニスカ女の尻にぶつかっただけだったそうだ。
まったく、自意識過剰な女が、世の中に多すぎね?まあ、そもそも痴漢行為を働く男がいるから、善良な俺等が迷惑するんだ。
ったく、ジョーダンじゃねーよなー。
毎朝そんな不満を抱えながらの、俺の東京ライフはもう三年目だ。
彼女とは別れたばっかだし、実家は田舎で仕事もねーし。コンビニが家から1時間ってどーよ?
一度は都会で働くのもいいだろうって親父が出してくれた。
それはまあいい。その内、両親を温泉にでも連れてってやるさ。
この日の俺は、特に機嫌が悪かった。原因は美代子だ。大学からずっと一緒だった彼女だが、アイツの浮気が判明した。
ほんの三日前だ。
アイツ、俺に散々ヴィトンだのグッチだの買わせておいて、すぐに質入れしやがって、その金で別の男に貢いでた。
その事を問いつめれば、『貴方より彼の方がずっとHが上手いもん』だとほざいた。腹の虫が治まるわけがない。
くそっ。
不機嫌なまま電車を降りると、階段を使って改札へ向かう。
改札を抜けてバス停へ向かったところで足を止めた。
美代子のせいで金がない。
会社まで歩くしかない。くそっ。
始業時間まであと15分。今日は会議もあった筈だ。
・・・間に合うのか?
焦りつつ駆け足になるも、大きな交差点の信号で必ず足止めを喰う。
ったく、何かの呪いか?ついてねーなー。
イライラしながら立っていると、一軒の喫茶店が目に入った。
大きなガラス越しに、スーツを着たオッサンがサンドウィッチをぱくついているのが見えた。『朝から優雅にモーニングかよっ!いいご身分だぜ。』
俺の機嫌はさらに急降下した。
中年サラリーマンめ。羨ましい。こっちは食事代も節約してるっつーのに。
自分勝手な逆恨みで、俺のイライラはさらにupする。
そこにウェイトレスがコーヒーを持って来たのが見えた。
僅かに体を傾け、優雅な仕草でカップをテーブルに置く。
顔はよく見えなかったが、肩に届くか届かないかのボブが、凄く印象的だった。
心臓が大きく跳ねた。
俺の心臓の音が聞こえたみたいに、ウェイトレスがこちらに顔を向けた。大きな目が俺を見た。
綺麗な女だと思った。
俺の周囲から、音が消えた。
俺は、目をそらす事もできず・・・・ただ、その女を見詰め返す。
次の瞬間、女がはにかんだように微笑み、小さく会釈をしたのが分かった。俺の心臓が馬鹿みたいに跳ね回る。これは一体なんなんだ?!
信号が青に変わっても、俺はその場から動けなかった。
ウェイトレスはもうそこにはいない。
俺は、アスファルトにくっついたみたいに動けなかった。
もう一度、彼女の笑顔が見たい・・・そんな馬鹿みたいな考えが頭から離れない。
ひょっとして、俺はいま・・・
・・・・・恋に落ちた・・・・のか?
不器用な彼は、きっと、足しげく喫茶店に通うことでしょう。
声をかけれるかどうかは、彼次第。