少女の名は
「………まぶし」
1日も間が空いてないのにやけに太陽の光が目に染み、懐かしく感じた。
ユーリはあの後、大白蛇の魔石を拾い、少女を背負い、死に物狂いで地上へと生還した。流石にあのまま迷宮に眠る少女を置いていくほど自分は畜生では無い。
「………おお!!クソガキ!!金はどうなった?」
「ーーーげ」
あの大白蛇を倒したら、小迷宮は魔物を排出する機能を停止して、以前の坑道へと戻った。そして地上へと出た瞬間これである。ユーリの借金相手、雇い主、怨敵。様々な言い方はあれど少なくとも今一番空いたくなかった相手だ。
「………おまえ、金は?」
「………なかった」
ユーリは嘘をつくことにした。あの場所に大金があったのはおそらく自分しか知らない。そして背負う少女はあの部屋の詳細をよく知らないだろうからおそらくバレない。
「はぁ!?そ、そんなわけねぇだろ!!」
「あったんだよ、嘘みたいなことが」
あった。確かにあった。急に天井が爆発し、崩落し美少女が落ちて来たのだ。どんなに肝が据わっていようと驚くだろう。
「ていうか、空いてるベッドは無いか?こいつが魔力不足でな、動けん。そんで死ぬほど疲れた。寝たい。帰らせてくれ」
「ああ!この嬢ちゃんは!?」
「なんだ?知ってたのか?」
「一応依頼したんだよ。お前がミスったときようにな。ていうか帰ってくると思ってなかったし」
「死ね」
「うるせーお前が死ねカス」
どうやら彼女が迷宮にいたのはこいつのせいだったようだ。まぁ、そのおかげで色々苦労も幸運もあったが。
「んで?ベッドは?」
「ああ、あるぜ。着いてきな」
2人は並んで歩き出した。そして借金取りが口を開く。
「そんでお前の借金のことだがな」
「ああ、どうなった?」
「ひとまず減らすのは保留。そんでお前あの迷宮攻略したのか?」
「攻略?たしかに魔物は出なくなったが」
「なんか大部屋にいる強いのを倒したのかって聞いてんだよ」
「ああ、倒したぞ。でっかい白い蛇だった」
「じゃあそいつが迷宮主だ。迷宮を坑道に戻したのは褒めてやってもいい。俺たちの稼ぎ口だからな」
「それじゃ借金は?」
「それ含めて決める。だから一日待て。ベッドも貸してやる」
思わない場所から金が出て来た気分だ。普段寝ている土と草のベッドからちゃんとしたもので寝れるなんて。後ろの少女がもぞりと動いた。
「そら、着いたぞ」
「おお」
二人が立ち止まった場所にあったのは少し小さな宿だった。少なくともユーリは泊まったことは無い。後ろの彼女は知らないが。
「部屋は二人部屋な。じゃあな。変な気を起こすなよ」
「それどころじゃねぇ、疲れで。ありがとな」
「おう」
借金取りに感謝するのもなんかなと思いながらユーリはベッドに銀髪の少女を寝かせて自分も隣のベッドに倒れ込んだ。汚れやらなんやらはどうでもよかった。
「それで、お前は結局なんなんだ?起きてんだろ?」
「……私はシル・フォルディス。シルと呼んでください」
「……はいよ」
パチリと目を開け、こちらを見る少女、シルは口を開く。
「貴方は?」
「俺はユーリ・シズナリカ。なんとでも呼べ」
◆
「では、ユーリ様で」
「様?いらん」
「ユーリ様で」
「いらん」
「ユーリ様で」
「………わかった」
ニコニコとするシルに折れた。そしてユーリはシルに聞きたいことを聞いた。
「おまえ、なんであんなとこいたんだ?」
「依頼です。ある白髪の森人を知らないか?という問いに答えていただく代わりに依頼をお受けしました」
「………そ。ちなみに俺は知らないぞ」
「分かりました」
次にシルから質問が返って来た。
「ユーリ様は一体何をなさっていたのですか?」
「俺も依頼みたいなものだな。ほぼ強制だったが。あの部屋ーーあの爆弾があった部屋な。あそこに隠してあるへそくりを取ってきてくれと」
「なるほど。ですが木っ端微塵ですね?」
「吹っ飛んだな。見事に」
「ならば内緒ですね?彼には」
「ああ。助かる」
察しが良い女だ。こちらの意図を先回りしてくれた。説明がめんどくさいので非常に助かる。
「最後のあの結界、お前だろ?疲れただろうし寝ようぜ」
「………ですね。では、おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
ユーリはすぐに眠りについた。夢の世界へと旅に出る。
シルは目を瞑り、意識を沈ませていった。いつも見ていた夢は何故か見なかった。
◆
「はあ!?借金増えんの!?」
「仕方ねーだろ。俺だってそうなるとは思ってなかったんだ」
「ユーリ様の借金、増えてしまったのですか?」
次の日、部屋にやって来た借金取りはユーリに告げた。借金は減らずに増えることになった。と。
「な、なんで!」
「いやぁ、なんでも冒険者でも無いお前が迷宮を攻略したことが不味かったみたいでな」
「………迷宮規定ですか?」
「そう、それだ」
「は?なにそれ」
「それについては私から説明しようか」
シルが口を開く。それに借金取りが同意する。【迷宮規定】その言葉を知らなかったユーリとシルは疑問を口にする。そして、金髪の髪を短く切りそろえ、耳にピアスをつけた只人の少女が入って来た。
「………誰だ?」
「私はステラ・ローレンス。一応、王都で勇者をしているよ」
「勇者様ですか?」
「ステラ様、なぜお越しに?」
「さっきも言ったが【迷宮規定】について説明するためだよ」
【勇者】、たしか王都ソルテーラの最大戦力の一人で、世界の平和のために日夜奮闘している人だったはずだ。少なくとも会ったことは無いし、今後も無いだろうと思っていたが、こんなところで会うとは。
「そして話の続きだけど、まず、迷宮規定というのは、簡単に言うと迷宮の扱いに対するルールみたいなものだね」
「ルール?」
「そう、迷宮を探索するなら守らなければいけないルールだ。紹介しようか」
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【迷宮規定】
第一条:迷宮を探索する者は大小に関わらず冒険者の資格を有する者でなければならない
第二条:迷宮を発見した場合、都市領の中ならばその都市へと報告しなければならず無断で探索した場合、資格を有していても罰則の対象となる
第三条:成果の10%の金額をその領内の都市に納めなければならない
第四条:迷宮主を討伐した者は迷宮主の詳細を都市支部の冒険者ギルドへと報告する
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「とまぁ、こんな感じかな」
「えーと、つまり?」
「盛大にアウトだ。ユーリ・シズナリカ」
「違反がいっぱいですね?」
「そういうことさ。シル・フォルディス」
「まあ」
そういうことであった。今の時点で二つ犯している。世間的には今のユーリとシルは犯罪者ということになる。
「逮捕ですか?罰金ですか?」
「本来ならそうなるはずなのだけど、そこの男が待ったをかけたんだ」
「ああ、こっからは俺が話すぜ。クソガキ、嬢ちゃん」
借金取りが口を開いた。なんだろう、絶対に聞きたく無い。
「まず、お前たちが捕まっちまうと俺まで被害を被ることになる。それで交渉したのさ」
「王都と?すごいなお前」
「まあ」
この男は交渉したらしい。しかし、いったいどんな交渉をしたのだろうか?
「昨日聞いたお前の話から迷宮主を【巨大白蛇】だと思ってな。巨大白蛇はランクDの魔物だ。それを儀式を済ませて四日の子供が討伐に成功したってな国に言ったんだよ」
【ランク】、SからGまで8段階の階級で表された危険度、強さのようなものだ。
「ランクDか、確かに討伐したが、あれは周囲にあった物を使った作戦に嵌めて殺しただけだぞ?」
「ですが、ユーリ様、結構長い間逃げ続けてましたよね?」
「お前らランクDがどの程度か知らないだろう?………そうだな、銅級の冒険者が数人集まって討伐出来るぐらいだ。それを冒険者ですら無いガキンチョ二人で倒しちまったわけだ」
それと王都との交渉になんの関係があるのだろうか?ただ命知らずの子供が幸運で命を拾っただけじゃないのか?
「それで?そっから国はなんて言ったんだ?」
「つまり、国がお前らに興味を抱いたんだよ。お前らが冒険者になったらどうなんだろうってな」
「つまり、逮捕や罰金の代わりに、国からの冒険者になるという依頼が発生した。ということですか?」
「そういうことだ。嬢ちゃん」
借金取りは次にこう言った。
「『冒険者になれ』ってことだよ。クソガキ」
「わかった」
「なんだ?えらく素直だな。らしく無い」
「強制だろ?拒めば逮捕か罰金だ。これ以上借金が増えるのも返せないのも嫌だ」
そういうことだ。しかし、ユーリの頭の中は別のことでいっぱいになっていた。隣の少女を目の端で捉える。シル、彼女まで冒険者にさせられるのだろうか?正直、彼女には冒険者は向いていない気がする。それに、あの顔と体ならばいくらでも仕事など降ってくるだろう。
「なぁ、それってシルもか?」
「ん?そうだ」
「それはおかしくないか?だってシルはお前の依頼を受けただけだろ?依頼板にも乗ってない非正規の依頼をな。それに迷宮規定だって知らなかったはずだ。そんなシルまで逮捕や罰金、冒険者っていうのはいささか早計じゃないか?」
「ふむ。たしかに……」
そう。そうだ。シルは迷宮規定など知らなかったし、依頼も借金取りから口頭で話されただけだ。ならばまだシルは逃げられるかもしれない。
その証拠にステラだって顎に手を添え悩み始めた。その調子ならいける。とユーリは考えシルからも何か言えとシルに目を向ける。それを、シル本人がぶち壊した。
「それならば、大丈夫です。ユーリ様」
「へ?」
「私は元々冒険者になろうと思ってました。そして、いくら口頭であろうと依頼は依頼。私は『知らなかった』で済ます気は無いのです」
「………そうか」
「それに、私は強くならねばならないのです。後、それで言ったらユーリ様だって同じです。私と同じく、迷宮規定についてご存知ではなかったのですから」
「それもそうだな」
シルは言い放った。少しだけ彼女の銀の瞳沈んだような気がしたが、それも気のせいだろうと流し、ユーリはもう一度借金取りをみた。
「そういうことだ。その依頼、引き受けよう」
「ユーリ様に同じく」
「わかったぜ!二人とも!!いやぁ、良かった。これで俺も逮捕されずに済む♪」
「それじゃ、よろしくね二人とも。冒険者になるには冒険者ギルドに行けば大丈夫だよ。推薦しとくよ」
そう言ってステラと借金取りは部屋から出ていこうとする。しかし、その前にシルが借金取りを引き留めた。
「申し訳ありませんが、依頼の報酬を」
「ああーそうだったな。それじゃ心して聞けよ?」
「はい」
「知らない」
「………へ?」
ユーリはその場の空気が底なしに冷えた気がした。その冷気の発生源は隣の少女なことは見ないでもわかる。
「俺は迷宮から嬢ちゃんが帰って来たら教えてやるっていったぜ?強い白髪の森人を知っているか、知らないかをな」
「………強い、白髪の森人?」
「…………シル、こういうやつなんだ。あまり気にしないのを勧める。こういうときはーーーー」
「…………」
借金取りが小馬鹿にしたようにシルを見る。ステラはなにか心当たりがあるのか思考の海に沈み、ユーリが慰め、対借金取り戦法について教える。
その場を食事の用意完了の連絡で目に入れてしまった宿のスタッフは後にこう言った。
『あれはまさしく、混沌というに相応しい場でしたね』
と。
◆
「ユーリ様、提案があります」
食事、風呂を終え、ユーリもシルの疲労もあらかた取れた日の夜、二つ並びの窓側のベッドに腰を下ろすシルはユーリに向かって言った。
「私たち、パーティを組みませんか?」
「………ほう」
「私たち、かなり良いと思うんです。ユーリ様が前衛で、私が前衛兼後衛といったかんじで」
「お前も前衛するのか?」
「魔術は今の身体能力のレベルでは日に数回しか撃てません。それに、前衛でユーリ様が近くにいれば私の魔法、【この命、貴方のおかげで】であなたを守ることも可能です」
「なるほどな。やっぱ最後の結界はお前だった訳だ」
シルの提案は的をいていた。確かにそれならばユーリも、シルもそれぞれが役に立てる。お互いを守れるだろう。故に、ユーリはその提案をうけいれた。
「いいぞ。それじゃ明日、一緒に行くか。冒険者ギルドに」
「ーーーっええ。ありがとうございます。ユーリ様」
「それなら尚更やめてほしいけどな。ユーリ様っての。昼間のあいつらの顔見たか?俺のことをユーリ様って呼んだ時すごい顔してたぞ」
「ユーリ様で」
「………」
「ユーリ様で」
「わかったよ」
ユーリは苦笑しながらベッドから降り、部屋の入り口の方へと歩いていく。そしてユーリは口を開く。彼にはシルに聞きたいことがあった。
「それで、強くならねばならない。だっけ?強くなりたいではなく。それに強い白髪の森人を探してさ。どういうことなんだ?」
「………」
シルはユーリの問いにニコニコとするだけで答えようとは決してしなかった。
「………ま、だいたいの想像はつくからいいか」
「………」
「別に理由を聞いたからってパーティ辞めるとか言わないし」
「ーーーっ」
「さっさと寝ようぜ。明日だってまた早いだろうからな」
「………はい」
入り口横のスイッチを切り替え、魔石灯を消す。真っ暗な部屋のなか、二つのベッドに横たわる少年少女たちは意識を手放した。
もしもユーリに未来が見えていたならばこの日の選択をどう思うだろうか。
後にシルという少女が世界を巻き込みとんでもないことを実行するということを知っていたならば、彼はどんな選択肢をとっただろうか。
その答えは未だ、定まっていない。




