大白蛇②
一瞬だけ思考が停止し、その後すぐに再起動した。天井が落ちてきたのだとわかったのだ。爆音と衝撃と一緒に。
「うおおおおおお!?」
ユーリは反射的に前に飛び込んだ。
ゴオオオオオオン!!!!
背後で石柱がくだけ、岩盤が崩れ落ちる。
『シャァァァァァ!!!!』
大白蛇が怒号をあげた。落石がその巨体に直撃したのだ。
「な、なんだ今の………!?」
なんとか巻き込まれず部屋の中に避難することに成功した。
ユーリは自分の体勢を起こし、振り返ってどうなったかを確認した。
「…………ん!?」
酷い困惑の声が出てしまった。
土煙が薄れてきて、その向こう。
瓦礫の山の上にーーーー
それはいた。
銀色。
月光のような髪。
白磁のような肌。
でかい胸。
「…………は?」
血を流して、気を失っている、無闇矢鱈な美少女。神様の丹精込めて創造した美術品かのような。そんな戦場に似つかわしく無い美少女。
いや、それ以前に。
「上から落ちてきたのか……?」
天井は砕け、ぽっかりと穴が空いている。
考える暇は、無い。
「ーーーっ!!」
ユーリは少女の回収のために部屋を駆け出した。大白蛇の死亡確認と、あの銀髪美少女の生存確認をしに。
『シャルルルルルルルル!!!!!』
少女に駆け寄る途中に積まれている瓦礫の下から大白蛇の鳴き声がきこえた。
「ーーッチ、これでも死んでないのかよ」
急がなければ。そして、すぐに少女のもとに着き、口や首に手を当て、息や脈を確認する。
「生きてる。ーーーっしょ!!」
倒れている少女の腕を取り、無理やり背負う。そしてそのまま部屋に向かって走り始めた。
「大白蛇はまだ時間がかかるはず……」
背中に柔らかいものを感じながら走る。
大白蛇の高速の突進には、必ず身体をしならせる動きが必要になる。観察していて気がついたことだ。
「ーーーっらぁ!」
『シャァァァァァ!!!!』
「ーーーーっ!?」
部屋の扉を蹴り開けて少女をベッドに投げておく。おそらく借金取りの使用済みなんだろうが気にしている暇はなかった。そして投げると同時に外で大白蛇の声がより鮮明に聞こえた。
そして振り返ると大白蛇が身体しならせていた。
「ーーっやっべぇ!?」
急いで扉を閉め、背中を押しつける。これに意味があるのかは不明だが、あの落石だ。少し、いや、かなり弱っていることを期待した。
『シャァァァァァ!!!!!』
「ーーーんあああああ!!いってぇぇぇ!?」
背中にとんでもない衝撃が来た。超痛い。だが、扉もユーリも壊れていないことから少しは弱っていることを確認できた。
「はあ、はあ、イキテル、生きてるぅぅ」
若干涙目になりながら安堵の息を吐く。しかし、ここで閉じこもっていてもどうにもならないしおそらくもう一回突進がくる。のでユーリは気合を入れ直す。
「……ん?あれって……?」
そのとき、部屋の隅に固めて置いてある大量の黒い筒に気がついた。
『シャァァァァァ!!!』
「もしかして、ばくだがぁぁぁぁぁ!?」
喋っている途中で背中に来た、衝撃と痛みが。
またもや涙目になった。そのままベッドの上で呑気に寝ている銀女を睨んだ。
「っていうか、早く目覚めてくれないですかねぇ!!」
「………呼びましたでしょうか?」
「は!?起きたぁ!?」
銀髪美少女が満を持して、状況がわからないまま、目を覚ました。
◆
「………これは?どういう状況でしょうか?」
「言ってる場合か!手伝え!死にたくないだろ!!」
銀色の髪の女はパチクリと瞬きをしてからそのベッドから起き上がった。
「そして、状況は如何ですか?」
「ーーーっ大白蛇がこの扉を叩き続けてる。狙いは俺たちだ。相手はさっきの天井崩落で弱ってる。だが、このままだと死ぬ!!」
「なるほど、少しどいてください」
「は?」
「行って参ります」
「ーーーっは?」
そう言って彼女は部屋から飛び出した。そして瓦礫だらけの空洞を円を描くように走る。大白蛇も釣られたようにその首を動かした。
「貴方の命に罪はありません、されども私の《《目的》》を遮るのならば」
彼女は走りながらその左手を大白蛇に向けた。
その姿はまるで逃がさないという意思を感じさせる狩人のようだった。
「貴方の命、この身に背負いましょう」
それは宣言のようなものだ。その宣言が終わった瞬間、彼女の周囲に薄い銀の色をした魔力が渦巻き始めた。
【魔術】
人類が【魔法】を解析し、生み出した、魔力を手繰り発生させる仮初の奇跡。その力を彼女は行使しているのだ。ユーリは息を飲んだ。
「【冷気よ、従え。】」
同時、彼女の目の前に氷の杭が出来る。それは彼女の容姿も合わさって、まさしく奇跡と言ってもいい、神秘的な姿だった。
放たれた氷の杭は一直線に大白蛇へと向かっていった。
そしてーーー
『…………シュルル?』
「は?」
「あら?」
大白蛇に直撃すると同時に砕け散った。思っていたものと違う結果になったユーリはその光景になんと言葉を口にすればいいかわからなかった。
自分の魔術の結果を見届けた少女は砕け散り水となった杭と自身の左手で何度も目線を行き来させ、顎に手を添え悩む顔をした。そしてこちらに走って近づいて来ていたユーリに顔を向けた。
「ちょっと想定外です」
『シャルルルルルルルル!!!!』
大白蛇が吼えた。
「でしょうねぇ!!!!!」
ユーリは少女を抱えて逃走を開始した。瓦礫を足場にし、ぴょんぴょんと跳ねながら、逃げながら背中にいる少女に尋ねる。
「なんなの!?お前なんなの!?いやマジで!!」
「すいません、魔力を消費し切りました。魔力不足です」
少女は酷い顔色をしていた。さっきまですごい美少女だったのに、青白い顔色をした儚げな美少女になっていた。よく変化はわからないがとにかく具合が悪そうだということはわかった。
「ああ、もう、クソッタレ!!」
ユーリは酷く気分が荒立っていた。死にそうだったところにすごい美少女がやって来て自分を助けに来てくれたみたいな、そんな展開が来たと思っていたのに、本当はお荷物が一人増えただけである。しかも瓦礫で走りにくい。
ユーリはうまく逃げていた。瓦礫の酷く無い道を瞬時に選び、大白蛇との間に瓦礫が高い場所を挟んで。
「………なにか、策があるのですか?」
「一個だけな。お前もう魔術使えないのか?火の魔術とか」
「……むりです」
「わかった、お前1人で逃げれるか?」
「……それは出来ません」
「わかった」
グルグルと迂回しながら走って、走って、走って。ようやく目的地、先程の部屋に戻って来れた。
「……ここで、なにを?」
「岩盤破壊用の爆弾がたくさんあった。元々坑道採掘のギルド長のための部屋だからな」
「……?」
「あいつの突進をこの部屋に誘導する。そんで上手くいけば頭ごと爆殺できる」
「上手くいかなければ?」
「俺たちが逝く。悪いな。お前だけでも逃がせたらよかったが魔力不足で逃しても小鬼とかに襲われるだけだろうからな」
「まぁ、でもなんとか守るよ」とユーリは少女に言い放ち振り返る。その視線の先では大白蛇がこちらを見てその巨体をしならせていた。
その突進は何度も見た。しならせてからどれくらいで突進し始めるのか、それはもう、わかっている。3秒だ。いまから3秒後、高速の突進がこのこの身と背負っている少女に向かってくる。
「3」
「………」
「2」
「………」
「1」
『シャルルルルルルルル!!!!』
「ーーーっ飛べぇぇ」
「っこの命、貴方のおかげで!!」
ユーリは横っ飛びをし、地面に転がった。
ダカァァン!!!
何かが砕け散る音と何かに激突した音が聞こえた。その次の瞬間、爆発と衝撃が2人を襲った。
しかし、一瞬だけ展開された光の結界により、火傷は防がれた。その結界はすぐさま消え去る。
「はあ、はあ、はあ、」
大白蛇の巨体は頭を部屋に突っ込んだまましばらくの間動かなかった。そして、その身体が尻尾から灰になっていく。そして今までで一番大きな魔石がゴトンと落ちた。
「ーーー勝ったぁぁ」
ユーリは地面に転がった姿のまま両手を広げて脱力する。銀の少女はすぐそばで眠りについていた。
ユーリはぽっかりと穴が空いた天井を見つめる。
「ーーーーあ!?、金!!」
そもそもの目的を果たせないことが確定した。




