静音と燈一朗 ――琥珀糖とお茶
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。
(*´∀`*)
最後までお付き合いいただければ幸いです。
―――
縁
「ところで、葵くんはどうして一人だったの?」
葵
「あぁ、一人ってわけじゃないよ。
班の子たちは負傷してね。今は戦線離脱中なんだ。」
少しだけ視線を遠くへ向ける。
その先――
崩れた家屋の陰に、
数人の眷属たちが横になっていた。
衣のあちこちが裂け、
血と煤で汚れている。
治療担当の眷属が、
必死に淡い光で傷を塞いでいた。
その周りには、
守るように結界を張る眷属の姿があった。
負傷した眷属の荒い息遣いや、
地面に滲む赤黒い跡が
戦いの壮絶さをあらわしていた。
葵
「だから、討伐の終わってる地域に連絡を回してこちらに増援をもらったんだよ。」
努めて軽く言ったその声の奥に、
わずかな疲労がにじむ。
縁はその視線を追い、
ようやく気づいた。
倒れているのは、
葵の班だけじゃない。
少し離れた場所にも、
治療班や結界班の眷属たちが集まり、
傷の手当てを続けている。
何重にも張られた簡易結界が、
かすかに光っていた。
縁
(……あぁ、そっか)
自分たちが来る前に、
もうこれだけの者たちが戦っていたのだ。
縁
「ねぇ葵くん、あの悪鬼どれだけ手強かったの……負傷者結構な数じゃない?」
葵は倒れた同属たちに視線を向けながら、
葵
「何度も何度も周りの穢れた魂を引き寄せては、
鎧のようにまとってしまうから本体が攻撃できなくてね……
消耗戦になってしまったんだよ。」
「だから真白くんの浄化の力にはとても助けられた。
真白くんの力がなかったら今頃僕も無事ではなかったろうね……
ほんとにありがとう」
そう言って葵は真白に小さく頭を下げた。
それから、
葵
「それにしても、今回増援を頼んだ時に改めて思ったけど、『狐の窓』ってほんとに便利だよね。」
縁は頬をかきながら笑う。
縁
「へぇ〜……。
僕らは普通に使っちゃってるけどさ、
狐の窓って、そんなに便利で珍しいもんなの?
菖蒲と真白くんはどう?」
真白
「僕も普通に使っているだけなので、
意識したことはないですね。」
菖蒲
「私も真白と同じ意見です。」
火の童子が腕を組む。
火の童子
「せやけど他の眷属は使いを出さんと連絡取られへんからな。
時間かかってまうんや。
現にさっき、静音の弟からの使いもそうやったやろ?」
その言葉に、
葵がぴくりと反応した。
葵
「……澪斗からの使い、ですか?」
火の童子
「そうや。なんや、葵のとこには来とらんのか?」
葵は小さく首を振った。
葵
「僕らの使いは、一番近い者のところへ向かいますから……
静音の元へ行ったのでしょう。
ですが……何事でしょうか……」
その瞬間。
葵の表情から、
すっと血の気が引いていく。
葵
(澪斗が使いを出すなんて……余程のことだ……)
胸の奥が、
嫌な予感でざわついた。
葵はしばらく黙り込み、
視線を落としたまま思考を巡らせる。
やがて、
ゆっくりと顔を上げ、縁たちを見た。
葵
「縁さまたちは……
使いが何を言伝したのか、静音から聞いていますか?」
縁と火の童子は、
無言のまま顔を見合わせた。
そして――
ほんのわずかに、
その表情が曇る。
縁
「……葵くん、落ち着いて聞いてほしいんだけど。
今朝、龍神神社にね――」
―――
燈一朗
「静音さま。雫さまと、澪斗さまは落ち着きましたか?」
穏やかな声だった。
ただ様子をうかがう、
春の日だまりのようなやわらかな声音。
燈一朗は、
静音へそっと視線を向ける。
その目に映った静音は――
ひどく疲れた顔をしていた。
瞳の奥には、
拭っても拭っても消えない不安と、
泣くことさえ我慢して、
気丈に振る舞う者の顔だった。
燈一朗の胸が、
ちくりと痛む。
燈一朗
(静音さまは、眷属としては若い方なのだろう……)
それでも、
神社と、
雫たちを支えようと、
必死に立っている。
燈一朗は、
そんな静音に――
祖父が孫を見るような、
「大丈夫」と、
包み込むような眼差しを向けた。
それから、
燈一朗は持ってきたお茶を
まるで冷えた手を温めるかのように、静音へ差し出した。
静音は湯呑みを両手でそっと包み込む。
その温もりに、
張りつめていた指先がわずかに緩む。
ほのかな湯気が、
ふたりの間にやわらかく立ちのぼった。
そして、
燈一朗の問いに、静かに答える。
静音
「はい……澪斗の方はなんとか。
ですが、雫が……心の負担が大きすぎたのか、
床に伏せってしまって……」
燈一朗は、
息を詰まらせた。
「それは……」
それ以上、
言葉が続かない。
同じく家族を失った身だ。
だが自分は、
長く生き、
それなりに経験を積み、
心も少しは強くなっていた。
だから、
立っていられる。
けれど――
「雫さまは、まだ若い……」
燈一朗は、
ぽつりと呟く。
「本来ならば、
父や兄に守られながら、
この社で穏やかに歳を重ね、
ゆっくりと人生を積み重ねていくはずだった……」
祭りの日には、境内で支度をしながら、他愛ないことで笑い合い、
雪の日には参拝者が困らぬように皆で雪かきをして、
冷え切った手足を温めるために囲炉裏を囲む、
そんな、当たり前のように明日が訪れる。
そんな、ありふれた幸せ。
――それすら、許されなかった。
燈一朗
「それが、心の準備すら許されぬ別れです。
受け入れられるはずがありません……」
「仮に受け入れようと心を尽くしても、
容易には癒えぬことでしょう……」
燈一朗の声は低く、静かだった。
感情を抑えているはずなのに、
かえって胸の奥に重く沈んでくる。
静音は唇を噛みしめる。
燈一朗
「悲しいのは、静音さまも同じです。
どうか……このお茶を飲んで、少しでも心を休めてください」
静音
「ですが……炊き出しや治療の補佐など、
燈一朗さまにばかり負担を……私も――」
立ち上がろうとしたその肩を、
燈一朗がそっと制した。
燈一朗
「今日くらいは、何もしなくてよいのです。
そのために、私たちがいるのですから」
静音の目に涙が浮かぶ。
静音
「……ありがとうございます……」
それから、
思い出したように懐から小さな包みを取り出す。
「これを……狐の眷属の子からいただいた琥珀糖です。
心が落ち着くと……」
燈一朗は目を丸くした。
「ほう……これはまた、美しい……」
燈一朗は静音から飴を受け取ると
優しい手つきで包みをほどく。
それから、
そっと琥珀糖を口に含む。
優しい甘みとべっ甲の香りが
口のなかいっぱいに広がり、
すっと胸の奥が軽くなる。
「……なんとも、不思議な菓子ですな」
穏やかに微笑み、
「長生きしてみるものですね」
そう言って持ち場へ戻っていった。
その背を見送りながら、
静音は小さく頭を下げる。
静音
(燈一朗さまはきっと多くの悲しみを乗り越えたのでしょう……)
やがて、落ち着いた静音は、
自分の兄にも知らせなくてはと、
ふと思い出し、
静音
「……兄様にも、使いを送らなければ……」
庭先へ使いを呼ぼうと視線を戻した――
その瞬間。
視線の先に、
光の陣が浮かび上がる。
転移の光が柔らかく広がり、消える。
そこに現れたのは――
静音
「葵……兄様……?」
龍神神社へ、
帰還した葵の姿だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
(人´∀`).☆.。.:*・゜
静音と燈一朗の、ささやかなひとときを
少しでも感じていただけたなら嬉しいです。
また次回も、真白たちの物語にお付き合いください。




