眷属と宮司と、帰らぬ人
いつもお読みいただきありがとうございます(*´∀`*)
それぞれの想いを胸に、
見守っていただけましたら幸いです。
縁の転移の陣によって、
龍神神社へと戻ってきた静音は――
足元に広がっていた光が消えるのと同時に、
ゆっくりと目を開けた。
そして。
視界に飛び込んできた光景に、
息が止まる。
雫と澪斗が、
境内の石畳の上で抱き合い、
声を殺すこともできず、
泣き崩れていた。
肩を震わせ、
必死に縋り合うように。
まるで、
この世のすべてを失ってしまったかのように。
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
「……っ」
考えるより先に、
静音は駆け出していた。
静音
(私はほんとうに……愚かですね……)
砂利を踏む音が響く。
その気配に気づいた澪斗と雫が、
はっと顔を上げる。
次の瞬間。
二人は、
迷うことなく静音へと飛びついた。
「静音さ……っ」
「姉さ……っ」
言葉にならない声。
嗚咽に途切れ、
何を言っているのかほとんど聞き取れない。
けれど――
「お父様と……お兄様が……」
その一言だけで、
すべてを察した。
――来てほしくない知らせだった。
胸の奥に、
冷たい現実が落ちる。
静音の脳裏に、
洋と洋一の姿がよぎった。
無事に帰ってくるのですよと見送った……
大切な二人の顔。
皆を守るために行ってきますと、力強く頷いた洋と、
必ず帰ってきますから、
雫や母様のこと、お願いしますと――
朗らかに笑って行った洋一
二人の最後の日の顔が鮮明に思い出される。
そして、
二人はもう帰ってこれないのだと、
どこか現実味のない思いが胸を締め付ける。
ふと、
石畳に落ちている一枚の紙が目に入った。
静音は雫と澪斗を落ち着かせながら、
その紙を手に取る。
『第32軍歩兵第89連隊所属
水島洋殿
水島洋一殿
右、☓月☓日、戦闘において戦死されました。
ここに謹んでご通知申し上げます。』
静音はその戦死公報を目にして、
やっとこれは現実なのだと理解したのだった。
痛いほどに――
「……っ」
気づけば、
視界が滲んでいた。
こらえきれず、
静音の頬を一筋の涙が伝う。
三人は、
しばらくそのまま、
互いに抱きしめ合って泣いた。
ただ、
寄り添うことしかできなくて。
それでも、
離れることができなかった。
少し離れた場所で――
その様子を見守っていた火の童子と縁も、
言葉を失っていた。
縁
「ところで火の童子。さっき、珍しく真剣な顔して静音に戻れって言ってたけどさ……もしかして、焔神社にも――」
火の童子
「縁は感が鋭くてやらしいな……縁の思っとる通りや、
焔神社の誓約の一族も何人か帰ってこれんで家族が泣いとった……」
縁
「……そっか……だから……」
火の童子
「もしかしたら今回の戦で焔神社の誓約の一族は途絶えるかもしれんな……」
縁は、なにも言えなかった
火の童子は、
鼻をすすりながらぼそりと呟く。
「……あかんなぁ……
年取ると、涙もろくなるわ……」
縁が苦笑する。
「僕たち、まだそんな歳じゃないけどね……」
けれど、
その目元はしっかり赤くて。
二人とも、
同じように目頭を押さえていた。
縁と火の童子が鼻をすすっていると、
後ろから声がかかる。
「これは驚いた、火の童子が泣いてるなんて……
明日は大雪でも降るのか」
火の童子
「なんやと! 誰や失礼なやっちゃな!」
そのからかうような声の主に文句を言いながら、
火の童子と縁が振り返った先には、
高齢の男が立っていた。
火の童子
「なんや、おまえか。
そうやったな、今回のお役目で、
おまえも各地の神社の手伝いにきとったな……」
縁は二人を見比べ、
縁
(あ〜……なるほどね)
小さく頷いた。
縁
「火の童子が見えてるってことは、
焔神社の方?」
縁の問いに、
火の童子に「お前」と呼ばれたその人物は、
小さく目を細めて穏やかに笑った。
白髪まじりの髪をきちんと撫でつけ、
年季の入った狩衣を整える仕草には、
長年神社を預かってきた者らしい落ち着きがにじんでいる。
それから、
背筋をすっと伸ばし、
ゆっくりと一礼して――
丁寧に挨拶をはじめた。
穏やかな眼差しのまま、
落ち着いた低い声で名乗る。
「お初にお目にかかります。
焔神社当代宮司――
火宮燈一朗と申します」
そう言って、
もう一度、ゆるやかに頭を下げた。
その所作は流れるように自然で、
長年、神前に立ち続けてきた者だけが持つ
染みついた礼儀がにじんでいる。
その声は老いていても、
よく通り、
不思議と胸の奥までまっすぐ届く。
炎を司る社の主らしい、
静かな熱を宿した声音だった。
縁
「はじめまして。
僕は豊穣神社の縁と申します。」
燈一朗
「縁様は……」
縁は、
燈一朗が問いかけようとした言葉の先を察して、
小さく笑って答える。
縁
「僕は豊穣神社の狐の眷属です。
以後、お見知りおきを」
燈一朗は一瞬目を丸くし、
それから感心したように目を細めた。
燈一朗
「眷属さまでしたか。
大変失礼致しました。」
そして、少し困ったように微笑み、
燈一朗
「しかし……
火の童子とは違って、
縁様も静音様も、ずいぶん腰の低いお方ですね」
そして、
再び丁寧に一礼する。
燈一朗が顔を上げた、そのときだった。
ふと、
縁の肩越しに、境内の奥が視界に入る。
石畳の上。
寄り添うようにして、
肩を震わせ続けている三つの影。
泣き崩れる雫と澪斗。
その二人を抱きしめる静音。
嗚咽だけが、
かすかに風に混じって届いてくる。
燈一朗の目が、
わずかに細められた。
穏やかだった眼差しに、
静かな緊張が差す。
「……これは」
低く、落ち着いた声。
問いかけは柔らかい。
けれど、
燈一朗
(何ごとか……)
胸の奥に、
嫌な予感が沈む。
燈一朗
「何事でしょうか」
火の童子が、
鼻をすすりながら、ぶっきらぼうに答える。
「……今朝役場の人間と、在郷軍人会のもんがきたらしい……」
その一言で、
場の空気が、すっと冷えた。
言葉にしなくても、
何の知らせか――察してしまう。
「龍神神社の誓約の一族の父親と兄貴がな……
帰ってこれんかった」
燈一朗は、
ゆっくりと目を伏せた。
深く、
息を吐く。
その顔に浮かんだのは、
先ほどまでの穏やかな笑みではなく。
同じ知らせを受け取ってきた者だけが浮かべる――
痛みを知り尽くした、
静かな悲しみの表情だった。
「……そう、でしたか……」
胸の奥から絞り出すような、
小さな呟き。
握った指先に、
わずかに力がこもる。
焔神社の宮司として。
そして、
同じ誓約の一族を預かる者として。
その悲しみが、
決して他人事ではないことを、
誰より理解している顔だった。
火の童子
「……すまんな燈一朗、思い出させてもうたな……」
火の童子の言葉に、縁ははっとして燈一朗に視線を送る。
燈一朗は、
静音たちの方を見ていた。
縁
「……大丈夫ですか?」
ゆるやかに瞬きをして、
小さく息を整える。
それから、
いつもの穏やかな表情を作り直して、
燈一朗
「私は五人の息子に恵まれましたが、今は二人になってしまいました……
その二人も無事で帰ってこれるのかは分かりませんが……」
そう言って、
どこか寂しげに微笑む。
そして、
縁に向けて、やわらかく目を細めた。
「……お気遣い、ありがとうございます」
その声は、
ほんの少しだけ掠れていた。
そのときだった。
縁の耳元に、
淡く光る小さな狐の窓が、ふわりと現れる。
揺れる光の向こうに映ったのは――菖蒲だった。
菖蒲
「縁さま! 申し訳ございませんが、こちらの援護をお願いできますでしょうか?
少々手強い悪鬼でして……」
縁は一瞬だけ目を瞬かせ、
すぐにいつもの調子でにっと笑う。
縁
「了解だよー! すぐ行くから頑張って!」
菖蒲
「ありがとうございます!」
声が途切れると同時に、
狐の窓は、すうっと霞のように溶けて消えた。
その一部始終を見ていた燈一朗は、
思わず感嘆の息をもらす。
尊敬と驚きが入り混じった、
まっすぐな眼差しで縁を見つめた。
燈一朗
「……すごいですね。
狐の眷属様たちは窓を使う術があるとは聞いておりましたが……
実際に目にするのは、初めてです。」
少し興奮したように言葉を重ねる燈一朗に、
縁は照れくさそうに頬をかいた。
縁
「いやいや、そんなにすごくないですよ。
狐の眷属なら、みんな使えますしね。」
それから、
火の童子の方へ振り向く。
縁
「火の童子、ごめんね!
菖蒲と真白くんのところに助太刀に向かうね!」
すると燈一朗が、
穏やかに一歩前へ出た。
燈一朗
「こちらのことは、私が見守っているから、
縁様と共に向かって大丈夫だよ。」
「だけど火の童子……無事に帰ってくるように頼むよ。」
静かだが、
芯の通った声だった。
火の童子は、
ちらりと静音たちの方を見る。
泣き疲れ、
寄り添い合う三人の姿。
それから燈一朗へ視線を戻し、
小さく鼻を鳴らした。
火の童子
「……頼んだで、燈一朗、お前も気ぃつけてな……」
縁
「燈一朗さん、彼らのことお願いします。
それじゃいこうか、火の童子」
ぱん、と。
軽い音が、静かな境内に響いた。
足元に淡い光の陣が広がり、
やわらかな輝きが縁と火の童子を包み込む。
風が、ふわりと舞い上がる。
次の瞬間――
二人の姿は、
朝靄に溶けるように、すっと掻き消えていた。
あとに残ったのは、
張りつめていた空気と、
遠くで聞こえる、かすかな嗚咽だけ。
燈一朗は、
静かにその場に立ったまま、
龍神神社の境内を見渡す。
泣き崩れる三人。
守るために去っていった二人。
それぞれの想いが、
この小さな社に重なっている。
「……どうか、皆が無事でありますように」
誰にともなく、
小さく祈りを落とす。
それは宮司としてではなく、
ただ一人の、
人としての願いだった。
空を見上げれば、
雲の切れ間から、
淡い光が静かに差し込んでいる。
まるで――
それぞれの行く先を、
そっと照らすかのように。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
祈ることしかできない時間もまた、
きっと大切な強さなのだと思っています。
次回もお付き合いいただければ幸いです(*´ω`*)




