―縁と静音と火の童子―
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回は
縁、静音、火の童子――
三人の眷属のそれぞれのかたちで「守る」ことと向き合うお話です。
戦いではなく、
寄り添うことの強さを感じていただけましたら幸いです。
どうぞ最後までお付き合いください。(*´∀`)
−−−
火の童子は、
真白にもらった琥珀糖を太陽にかざし、
光に透かすように眺めていた。
火の童子
(……なんやこれ……不思議な飴玉やな……
ほんまに真白の神気が入っとるんやろか……)
透き通った琥珀色が、
陽光を受けてきらりと光る。
まるで小さな灯火。
やさしく、あたたかい色だった。
火の童子
「……不思議やな。
見てるだけで、ほっとするやんけ……」
ついさっきまで悪鬼を討ち、
荒ぶる焔のまま胸の奥で燃え続けていた熱が、
嘘みたいに、すうっと静まっている。
不思議な余韻に浸りながら、
火の童子はしばらく黙ってそれを眺めていた。
一方で静音は、
真白の力について思案していた。
自らの神気を、
飴に込める力。
あれほど穏やかで、
あれほどやさしい浄化。
静音
(……己の神気を飴に込めるなど、
あのようなことは出来るのだろうか)
もし可能なら。
もし応用できるのなら。
救える命は、
きっと増える。
静音は静かに目を伏せ、
思案に沈む。
戦いの名残が残るその場には、
まだ真白の残した神気の余韻が、
淡く漂っていた。
――そのとき。
思案していた静音の視界の片隅に、
かすかな気配をとらえた。
そして、その気配の主は、
するりと、
静音の足元へ寄り添った。
白い影が足首に、
絡みつくように寄り添う。
細く、しなやかな身体。
月光のような鱗。
白蛇が、
甘えるように静音へすり寄っていた。
静音
(……この子は……)
気配に気づき、
静音はそっと視線を落とす。
その様子に、
飴をかざしたままの火の童子も、
かすかな気配に気づいたように目を細める。
静音の視線の先を追うように、
ゆっくりと足元へ視線を落とした。
火の童子
「なんやその白い蛇は?」
静音は白蛇の頭をやさしく撫でながら、
静かに答えた。
静音
「この子は……先程お話した、末の弟――澪斗からの使いのようです」
白蛇はくるりと身体を巻き、
主を見上げるように小さく首をもたげる。
ただの蛇ではない。
はっきりとした“意志”を宿した目だった。
火の童子
「使い?
……使いなんぞ来るっちゅうことは、
なんかあったんとちゃうか?」
そう言いながら、
火の童子はふわりと静音のそばへ近づく。
さっきまでの穏やかな空気が、
ほんの少しだけ張りつめる。
静音の瞳が、
すっと細められた。
――胸の奥に、
嫌な予感が落ちる。
白蛇は、
何かを伝えるように、
小さく舌を鳴らした。
静音は、
使いの蛇と意志を交わすように、
じっと見つめ合った。
白蛇の金の瞳が、
陽光を映して、かすかに揺れる。
細い舌が、
ちろりと空気を舐める。
静音のまぶたが、
わずかに震え――
二人のあいだに、
音が消えた。
風が止む。
音が遠のく。
白蛇の金の瞳が、
すっと静音を射抜いた。
澪斗の使いの蛇の声が、
直接、静音の頭に響く。
静音
(朝に……役場の者と、在郷軍人会の二人組が……
雫に会いに……)
その言葉が届いた瞬間――
静音のまぶたが、
わずかに震えた。
役場。
在郷軍人会。
胸の奥に、
冷たいものが、ひやりと落ちる。
指先が、
わずかに冷える。
(……胸騒ぎがします……)
理由など、
考えるまでもなかった。
さっきまで穏やかだった静音の纏う空気が、
目に見えて張りつめていた。
すぐそばで、
静かに見守るように浮かびながら、
その様子を見守っていた火の童子は、
静音の雰囲気が変わったことに気づき、
わずかに眉を寄せた。
そして、
驚かせないように声を落とし――
静音が蛇の言伝を理解した頃を見計らって、
低い声で尋ねる。
火の童子
「ほんで……そのお使いは、なんやて?
……大丈夫か?」
静音
「それが……」
言葉を選ぶように、
わずかに視線を伏せる。
どう伝えるべきか、
一瞬、迷う。
その時――
ぱた、ぱた、と。
場違いなほど軽い足音が、
こちらへ近づいてきた。
縁
「ごめ〜ん、お待たせ〜……って、あれ?」
いつも通りの、のんきな声。
けれど、
二人の張りつめた空気に気づき、
歩みをゆるめながら、そっと近づいてくる。
「……どうしたの?」
首をかしげながら、
心配そうに静音のことを覗き込んだ。
静音
「実は……先程、末の弟の澪斗から使いが来まして」
その声は、いつもよりわずかに低く、
かすかに震えていた。
縁
「えっ……使い?
それって……大丈夫なの?」
軽い調子が、すっと消える。
目がわずかに見開かれ、
そのまま静音をまっすぐ見つめた。
静音は小さく首を振った。
静音
「使いによると……
役場の職員と、在郷軍人会の方が、雫に会いに来たと……」
そこで一瞬、言葉を切る。
縁と火の童子が、
小さく顔を見合わせる。
縁・火の童子
「……雫?」
聞き覚えのない名だった。
その反応に、
静音ははっと目を瞬かせる。
二人の戸惑った視線に気づき、
静音はわずかに表情をやわらげる。
説明が足りなかったことを詫びるように、
静かに続けた。
「雫は、龍神の誓約の一族の巫女で……
現在は龍神神社における長代理です」
縁
「……それって……
つまり、その誓約の一族のほんとの継承者が不在ってことは……
もしかして……」
静音は小さく息をのみ、
縁を見ると、そっと頷いてみせた。
それから――
静音
「……雫の……父と、兄が……
長いこと召集されています……」
火の童子
「……ほうか」
低い声が落ちる。
「ほんなら……
余計に、役場と在郷軍人会が来る理由なんて、
ひとつしかあらへんな……」
空気が、重く沈んだ。
火の童子
「……父親か……兄ちゃん……
そのどっちかの、戦死公報やろな……」
視線を逸らしながら、低く呟く。
いつもの荒っぽい口調なのに、
声だけがやけに優しかった。
「……可哀想やけど……」
どうにもできない現実を、
幾度も見てきた者の声だった。
縁は唇をきゅっと結び、
言葉を探すように視線を落とす。
けれど、
何も出てこない。
静音を気遣う言葉すら
今はひとつも浮かばなかった。
ただ、
胸の奥が重く沈む。
縁
「……ねぇ、静音」
そっと呼ぶ声は、
いつもよりずっとやわらかい。
壊れ物に触れるみたいな、
ためらいを含んだ響きだった。
「いま龍神神社には……
古参の眷属、いるの?」
静音
「いいえ……」
小さく首を振る。
「今は、幼い弟と……
若い巫女の雫のみです……」
沈黙が落ちた。
風の音だけが、
やけに大きく耳に残る。
誰も、
すぐには言葉を継げなかった。
縁
「……そっか……」
ぽつりと落ちる声。
いつもの軽やかさはなく、
胸の奥からこぼれたような、
響きだった。
火の童子
「……そら、きっと心細いやろうな……」
そう言って、
火の童子はゆっくりと視線を伏せる。
その眼差しには、やわらかさが滲んでいた。
そして、
縁は静かにうなずき、
それから、まっすぐ静音を見る。
その瞳には、
幼い眷属と、知らせを受けて打ちひしがれているであろう若い巫女を思い、
放っておけないという色が浮かんでいる。
そっと息を吐き、
言葉を選ぶように続ける。
縁
「ここ一帯の悪鬼は、もう殲滅済みだし……」
「静音。
雫さんと弟くんのところへ……行ってあげなよ。」
やわらかな声だった。
命令でも提案でもなく、
ただ、背中を押すような優しさだけがあった。
「今頃、その子たち……
きっと、哀しみにくれてるよ……」
縁の提案に、
静音はわずかに目を見開いた。
思ってもいなかった言葉だった。
胸の奥が、
小さく揺れる。
けれど――
静音
「ですが……」
一拍、息を整えてから続ける。
「他の討伐に励んでいる者たちの手助けをするのが、
今は優先です。
ですから、縁様。
お気持ちだけ、ありがたく頂戴します」
静かに、迷いのない声だった。
眷属として、
務めを選んだ声だった。
だけど本当は――
一刻も早く、
雫と澪斗のもとへ駆けつけたかった。
脳裏に、
きっと泣いてるであろう二人の姿が浮かんで、
胸がきゅっと苦しくなった。
それでも、
己に言い聞かせる。
――自分は眷属だ。
――私情より、守るべきものがある。
そのとき縁と静音のやり取りを見守っていた火の童子が、
静かに口を開いた。
火の童子
「あんな……静音、それは違うで」
そこにいつもの荒っぽさはない。
いつも豪快な火の童子らしくない、
やけに真剣な口調だった。
火の童子
「人の子が大切な家族を亡くしてもうた悲しみは、
アタイらの想像以上や、いや違うな……
アタイら眷属には想像すらでけへん……」
「ただでさえ寿命があっという間の人の子や。
それが望んどらん戦に駆り出されて、
ろくに家族にも会えんまま……
戦場で、その命、燃やしてしまうねん……」
ぽつり、ぽつりと、
過去をなぞるよう紡がれる言葉。
火の童子
「そして……
帰りを待つもんは、毎日神様に無事を祈っとることしか出来ん。」
「それなのに、最後すら看取れん……
それどころか死に際も分からん……それやのに、あ る日突然あんたの待っとる人は戦場で立派に死んだと聞かせられるんや……」
「戦場に召集されたほうも、帰りを待ち続けるん
も……どっちも地獄や……」
話しながら火の童子は
静音の肩に優しく手を置く。
それから
優しい眼差しで静音に視線を合わせる。
火の童子
「せやから静音……
はよう、行ってやりぃ」
静音は、はっとすると同時に、
胸が強く締めつけられた。
火の童子の優しい言葉が、
胸の奥に深く沈み込んでいく。
守るとは、
戦うことだけじゃない。
寄り添うことも、
同じくらい大切なのだと――
静音はゆっくり顔を上げた。
静音
「火の童子様……ありがとうございます。
私は……大切にしなければならないものを、間違えてしまうところでしたね。」
小さな後悔が滲んだ声、
けれど、間違いに気づけた。
だから――
もう間違えないと誓う、
真っ直ぐな声だった。
静音は力強い瞳で縁と火の童子を見ると、
静音
「雫と澪斗のもとへ……行ってまいります」
そう力強く言った。
縁と火の童子が、
やさしく頷く。
縁
「そうこなくっちゃ!」
火の童子
「縁や!転移の陣ですぐ送ってやってや!」
縁
「言われなくても、そのつもりだったよ〜!」
縁がぱん、と軽く手を打つ。
足元に、
淡い光の陣がふわりと広がった。
やわらかな光が、
かすかに揺れる。
静音が一歩、
陣の中央へ進む。
すると――
火の童子も、当然のような顔でその隣に浮かび、
縁も「はいはい」と言わんばかりに肩をすくめながら並んだ。
静音は目を瞬かせる。
「……お二人も?」
縁はにっと笑う。
「当たり前でしょ?」
火の童子も鼻を鳴らす。
「仲間ほっといて一人で行かせるほど、
薄情やあらへんで」
その言葉に、
静音の胸の奥が、じんわりと温かくなる。
――ひとりじゃない。
そう思えた瞬間、
張りつめていた心が、
すっと軽くなった。
縁
「ほら、行くよ」
光が強まる。
三人の影が、
やわらかな輝きに溶けていく。
次の瞬間――
その場には、
静かな風だけが残った。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
静音と縁、そして火の童子。
三人の想いが、少しでも温かく伝わっていたら嬉しいです。
これからも「真白シリーズ」を見守っていただけますと幸いです。
また次のお話でお会いしましょう。(*´∀`)




