穢れ知らずの眷属
いつもお読みいただきありがとうございます。
肩の力を抜いて、
ゆっくりと読んでいただけたら嬉しいです。
(*´ω`*)
火の童子
「見たことないな、あの白い小僧は誰や?」
静音
「ほんとですね……誰でしょうか?」
二人は顔を見合わせる。
その違和感に引かれるように、
二人は縁の元へ歩み寄った。
縁
「真白くん、ありがとう〜」
縁は嬉しそうに目を細め、
軽く手を振る。
その隣で、
白髪の青年がぺこりと頭を下げた。
少し慣れない様子で袖を整え、
控えめに微笑む姿は、どこか幼さすら感じさせる。
真白
「いえ。
主神様より、各地で討伐に励んでいる眷属達に
この琥珀糖を配るよう命がくだりましたので。」
「菖蒲様も、お怪我は大丈夫ですか?」
声は穏やかで、
どこか春の陽だまりのようだった。
戦場の匂いとは、
あまりに対照的なやさしさ。
菖蒲
「真白、心配は無用です!
怪我など負っては主神様が悲しまれますゆえ!
それに、もし不覚を取っても、
静音様が治療してくださるので、ご安心なさい」
その声音には、
静音への絶対的な信頼と、
主神への揺るぎない忠義がにじんでいた。
そこへ、
結界の向こうから、
かすかに、あたたかな気配が近づいてくる。
揺らめく焔の名残が、
ほのかな灯のように瞬き、
静音と火の童子が、
ゆっくりと歩み寄ってきた。
火の童子
「縁や、誰やこの小僧は?」
静音も真白を見る。
その白は――
朝日に溶ける雪のように淡く、
穢れの気配をまったく感じさせなかった。
縁
「あっ、静音。
火の童子へのお説教は終わったの?」
静音
「いえ、一度中断中です。
それよりも縁様、そちらの方は?」
縁
(……続きやるんだ……火の童子ご愁傷様……)
一瞬、気まずい沈黙。
火の童子
(っ……途中って!)
縁
「そ、そっか、二人は初めてだよね。
この子は僕と同じ狐の眷属の真白くん。
まだ低位で、天界で主神様のお側に仕えている子だよ
真白くん、ご挨拶お願いできる?」
縁の言葉に真白ははっとしながら、
真白
「失礼いたしました。
お初にお目にかかります、
縁様と同じ眷属の真白と申します。」
深く、丁寧な一礼。
その所作は、
どこか初々しく、
けれど澄みきった水のように穢れがない。
ただ頭を下げただけなのに、
場の空気がふっと和らぐ。
そんな不思議な気配をまとっている。
静音
「はじめまして。
私は龍神様の蛇の眷属、静音と申します。」
そう言って、
静音はやわらかく微笑みながら、
静かに一礼した。
その微笑みは穏やかで、
澄んだ水面のように落ち着いていて、
張り詰めていた空気を、わずかに和らげる。
火の童子
「アタイは炎神様の火の眷属で火の童子言うねん!
よろしくな!」
ばっ、と片手を上げ、
太陽みたいな笑顔で豪快に笑う。
ぱちぱちと火の粉が弾け、
周囲の空気まで一気に熱を帯びた。
真白は、
同族以外の眷属と会うのは初めてだった。
他の眷属も人の形に近いと聞いていたため。
全身が炎で形づくられた火の童子の姿に、
思わず目を奪われる。
ゆらゆらと揺らめく焔。
熱を帯びた輪郭。
そこに立っているのは、
人の姿を借りた何かではなく、
まるで――意思を持った炎そのもの。
天界で聞いていた眷属たちの姿とは、
まったく違う存在だった。
縁
「どうしたの? 真白くん」
真白
「いえ……
天界では他の眷属も人に近しい見た目だと聞いておりましたので」
「火の童子様のように精霊に近い御姿は初めてで……
少し驚いてしまいました」
縁
「あ~なるほどね。
火の眷属はみんなこんな感じだよ」
火の童子
「なんや!火の眷属見るんも初めてなんか!」
「火の眷属は焔の原子が強いから精霊寄りなんや!
ええもん見れたやないか!」
豪快に笑いながら、
わしゃわしゃと真白の頭を撫でる。
白い髪がくしゃりと乱れ、
真白は少し困ったように目を細めた。
静音
「それで、その真白さんはなぜここに?」
真白
「はい、僕の権能は、
悪鬼になる前の人の子の穢れを祓い浄めること。」
「少しでも討伐隊の皆様の負担を減らせるようにと、
主神様から現世へ降り、
縁様たちのお手伝いを命じられました」
その言葉に、
場の空気がわずかに変わる。
静音
「……悪鬼になる前に祓う?
そんなことが、できるのですか?」
驚きとも、
探るような興味ともつかない視線が、
静かに真白へ向けられた。
縁
「真白くんは生まれが少し特殊でね。
その影響で、権能が穢れ知らずで、
人の子の穢れを祓う事が出来るんだよね」
縁はどこか誇らしげに、
けれど当たり前のことのように笑って言った。
滅多に感情を表に出さない静音の瞳が、
わずかに細められる。
静音
「人の子の穢れを祓えるとは、珍しい権能ですね……」
「元来、人の子は穢れがたまると、
我々眷属でも容易には祓えなくなりますが……」
静音の声音は静かだったが、
そこにははっきりとした驚きが滲んでいる。
それは治療を担う者だからこそ知っている、
“人の穢れの厄介さ”への実感だった。
真白は、
その視線を受け止めるように、
やわらかく微笑みながら答える。
真白
「僕の権能は、
悪鬼になる前までなら、
穢れや瘴気を祓う事が可能です。」
「それに――」
そっと懐から、
透き通った琥珀色の菓子を取り出す。
朝日にかざせば、
きらりと光が滲んだ。
「僅かな穢れも感知する事が出来ますので、
穢れの兆候を見抜き、
この琥珀糖を与えて、
穢れや瘴気を浄化する事ができます」
その口調は自慢でも誇示でもなく、
ただ“できることを淡々と伝えているだけ”。
けれど――
悪鬼を討伐する彼らにとって、
それはあまりにも異質で、
あまりにも優しい力だった。
理屈は理解できる。
だが――
実感が追いつかない。
悪鬼になる前の穢れを祓う。
兆候を感知する。
琥珀糖で浄化する。
どれも理論としては興味深い。
しかし、
どこか現実味が薄かった。
静音
(そんなことが、本当に可能なの……?)
静音がわずかに考え込んだ、その時だった。
真白
「……静音様」
やわらかな声が、
そっと名を呼ぶ。
真白は、
少し心配そうに首を傾げる。
真白
「今、火の童子様にお怒りですよね」
静音
「……え?」
思わず目を瞬かせる。
真白
「ほんの少しですが……
胸のあたりに、穢れの揺らぎを感じます。
怒りや心配の感情が、
瘴気に変わりかけています」
その言葉に、
静音ははっとした。
(……確かに)
先ほどから、
火の童子の無茶を思い出すたびに、
胸の奥がちくりと痛んでいた。
なぜ自ら危険をおかすのか。
もっと御身を大切にしてほしい。
そんな焦りと苛立ちが、
ずっと燻っている。
自分では、
冷静なつもりだったのに。
真白
「僕の権能は、
眷属の皆様にも有効です」
「もしよろしければ……
一度、試してみませんか?」
そう言って、
そっと手を差し出す。
触れるか触れないかの距離で、
静音の胸元へ掌をかざした。
淡い光が、
ほろり、と零れる。
春の日差しのような、
やさしい白。
ふわり、と。
胸の奥に溜まっていた重たいものが、
溶けるように消えていく。
ざらついていた感情が、
静かにほどけていく。
怒りも、
焦りも、
責める気持ちも。
すべてが、
水面に落ちた雪のように、
すっと消えた。
静音は小さく息をのむ。
(……清い気……)
そして、
胸が驚くほど軽い。
先ほどまで確かにあった黒い感情が、
跡形もなく消えている。
ただ、
澄んだ静寂だけが残っていた。
静音
「……すごい、ですね」
思わず、
本音が零れる。
静音
「こんなにも……
心が、穏やかになるとは……」
真白は、
ほっとしたように微笑んだ。
真白
「穢れは、
ほんの少しの感情からでも生まれますから」
「だから、
無理はなさらないでくださいね」
その様子を、
少し離れた場所で見ていた火の童子が、
ぱちぱちと火の粉を弾かせながら目を見開いた。
火の童子
「……お、おい縁……見たか今の……」
縁
「もちろん!真白くんすごいでしょ〜ふふっ」
火の童子は、
信じられないものを見るように、
真白と静音を交互に見比べる。
ついさっきまで、
あれほど張りつめていた静音の空気が、
嘘みたいにやわらいでいる。
あの“能面説教の静音”が、
すっかりいつもの穏やかな顔に戻っているのだ。
火の童子
「……すご……なんや今の……
怒気、きれーさっぱり消えとるやん……」
そして次の瞬間。
ぼんっ、と。
焔が一段高く揺れた。
火の童子は、
勢いよく真白の元へ近寄ると――
がしっ!
勢いそのまま、
真白の肩を抱き寄せた。
真白
「わっ……?!」
火の童子
「真白ぉぉぉ!!」
声がやたらデカい。
火の粉がばちばち跳ねる。
火の童子
「お前めちゃくちゃ凄いやんけ!!
なんやあの力!反則やろそれ!」
「静音の説教モード止められるとか、
もはや神業やんけ!!」
ぶんぶんと、
激しく真白を揺さぶる。
真白の髪がぐしゃぐしゃに乱れた。
真白
「あ、あの……火の童子様、痛いです……」
火の童子
「気にすんな!!」
豪快に笑いながら、
今度はわしゃわしゃと頭を撫で回す。
火の童子
「ようやった!!
今日一番の功労者はお前や!!」
「これからはずっとアタイのそばおってくれ!!
ほんまに助かるわ!!」
縁はくすくす笑い、
静音も、
わずかに口元を緩めた。
先ほどまでの重苦しさは、
もうどこにもない。
ただ、
静かなぬくもりだけが、
そこにあった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
怒りや不安がほどけて、
心が少し軽くなる――
そんな空気を書きたくて生まれたお話でした。
真白のやさしさが、
皆さまにもほんの少し届いていたら嬉しいです。
これからも、眷属たちの日常を
あたたかく見守っていただけましたら幸いです。
(*´∀`)




