怒らせてはいけない人を怒らせました
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――その頃、静音たちは
結界の外では、黒い瘴気がまだ蠢いている。
地面を這う穢れは、
粘つく液体のようにゆらゆらと揺れ、
時折、
獣のような唸り声が空気を震わせていた。
縁の張った結界だけが、
淡い光の膜となって彼らを守っている。
光と闇がせめぎ合う境界線で、
戦いは続いていた。
縁
「静音、火の童子は大丈夫?!」
静音
「はい! すぐに応急処置できたので大丈夫です!」
静音の五芒星陣の範囲に、
淡く青い光の雨が降り注ぎ、
火の童子の裂けた炎の輪郭が、
ゆっくりと整っていく。
辺りには、
火の童子の焔によって、
燃やし尽くされた悪鬼の焦げた匂いが、
まだ微かに残っていた。
縁
「菖蒲くん! 無理しないで!
危なくなったら僕の結界に戻って来るようにね!」
「火の童子みたいに大怪我したくないでしょ!」
縁の結界が、ぱちりと弾ける。
瘴気が触れるたびに、
小さな火花が散った。
一歩でも外へ出れば、
あの悪鬼が牙を剥くのは、
誰の目にも明らかだった。
菖蒲
「承知しました!ですが、あの悪鬼も手負いです!
今が打ちどきかと!たぁー!」
結界の端で、
菖蒲の薙刀が弧を描く。
光の軌跡が走り、
最後の悪鬼が霧のように散った。
静音は、縁・火の童子・菖蒲の三人と、
悪鬼討伐に駆り出されていた。
縁
「龍神神社の避難者の治療は大丈夫?
こっちに駆り出されちゃってごめんね……」
静音
「いえ、よほど手が足りぬのでしょう。
葵兄様も他の部隊に呼ばれておりました」
縁
「えっ!じゃあ本殿は大丈夫なの?!
静音の所は確か、誓約の一族の者がおさめてたよね?!
守りは大丈夫なの?!」
静音
「はい、縁様の仰る通りです。
ですが、末の弟が優秀で、
治療術は私や兄様よりも才があるようなので大丈夫です」
縁
「へぇー!それはすごいね。
静音や葵くんよりも才があるなんて……
……って、えっ待って。
静音、弟生まれてたの?!」
静音
「はい、二十年ほど前に生まれました。
まだ幼いですが、とても勉強熱心な子で。
それに、焔神社から手伝いを申し出てくれた方々もいらっしゃいます。
ですから、本殿の心配は大丈夫かと」
その時。
静音の治療によって復活した火の童子が、
ばちり、と火の粉を散らしながら身を起こし、
割って入る。
火の童子
「静音の弟かいな、アタイにも今度会わせてや!
……って静音、どないしたん……」
先ほどまで豪快に笑っていたはずの火の童子が、
ふと違和感に気づいたように言葉を止める。
静音の視線が、
やけに冷たい。
いつもの穏やかな治療者の顔ではなく、
“説教前の静音”の顔だった。
そこへ、
結界の外から最後の瘴気が霧散し、
悪鬼を殲滅し終えた菖蒲が戻ってくる。
薙刀についた穢れを振り払いながら、
軽く息を整え、報告する。
菖蒲
「縁さま、この辺一帯の悪鬼は綺麗に殲滅出来ました!
火の童子様は大丈夫でしょうか?」
縁
「ありがとう、菖蒲。
火の童子はね……」
「無茶して大怪我したことを、
一番怒らせてはいけない者から
お説教されてる最中だよ……」
縁は苦笑まじりに肩をすくめる。
その視線の先で、
ぴりっ、と空気が張り詰めていた。
縁の言葉を受け、
菖蒲はそっと二人を見る。
火の童子は気まずそうに目を逸らし、
静音は能面のような無表情で、微動だにしない。
――あの、いつも朗らかに微笑んでいる静音様が……。
菖蒲は思わず息を呑んだ。
(……恐ろしい)
静音
「火の童子様はどうして、
私や縁様の言う事を聞けないのでしょうか?
教えていただけますか?」
静音の声は静かだった。
責める調子でも、怒気を含むでもない。
ただ、問いかけるだけ。
火の童子
「いや、聞いてへんわけやないんやけどな……」
「悪鬼とやりあってる間にな、熱くなってしもうてな、
忘れてまうねん……」
語尾が、わずかに弱くなる。
燃え盛っていたはずの焔が、
心なしか勢いを失い、
火の童子は無意識に肩をすぼめた。
静音
「なるほど。
では忘れないようにするには、
どうしたら良いとお考えですか?」
淡々とした声。
表情は変わらない。
まるで感情というものが
最初からそこに存在しないかのように。
火の童子
(……なんやこれ……
怒鳴られへん方が、よっぽど怖いやないか……)
(終始真顔で、静かに聞いてくるし、
なんでこんなに圧あるねん……)
火の童子
「どのようにって……うーん……」
言葉に詰まり、
視線が宙を彷徨う。
勢いで突っ込むことも、
力で押し切ることもできない。
考え込む火の童子を、
静音は温度の感じない瞳で見つめながら、
ただ答えを待っていた。
瞬き一つしない。
急かしもしない。
――だからこそ、逃げ場がない。
火の童子
(なんやこれ……怖すぎやろ……分かっとったらこんなことになってへんやろ……)
(分かっとらんから、こうなっとんねん……!)
(どうしたらええねん……
これ、納得いくまで質問され続ける流れや……)
火の童子
「あんな、静音。そもそもアタイはな、
悪鬼討伐できればええと思ってやってるからな……」
「怪我のことなんて、
正直、頭にないねん……」
言い切った、つもりだった。
だが。
静音は、何も言わない。
ただ、
「理解できないものを見るような」
ほんのわずかな間。
――まるで、
「なぜその発想に至ったのか」
本気で分からない、という顔だった。
その沈黙が、
火の童子の背中を冷やした。
火の童子
(……あかん。
こいつ、絶対納得してへん顔や……)
火の童子は助けを求めるように、
縁へと視線を送る。
(――頼む、縁や、助けてくれ!)
すると――
その視線の先に、
見慣れない存在が立っていた。
火の童子
「……誰や、あれ?」
静音
「火の童子様、話をそらさないでください。」
そう言いながら、
静音も縁のほうを見る。
火の童子と静音の視線の先には
まだあどけなさの残る、
若い眷属の姿――
それはまるで、
朝日に溶けるような、白い気配だった。
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(人´∀`)☆




