守るためにすれ違った兄妹と、世界一素直な弟
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、兄妹のすれ違いと、
それをそっと繋いでくれた小さな手のお話です。
守りたい気持ちが強いほど、
人はときどき、ひとりで抱え込んでしまうものですね。
少しだけやさしい朝の時間を、
一緒に見守っていただけたら嬉しいです。(*´∀`)
翌日――
澪斗を部屋へ送り届けた夜のことを、
静音は、ふと、思い出していた。
布団に潜り込んだ澪斗は、
いつもより少しだけ無口で。
横になってからも、
なかなか目を閉じようとしなかった。
やがて、
おずおずと、そっと手が伸びてくる。
小さな指が、
ぎゅっと、
静音の指先を掴んだ。
澪斗
「……兄様と姉様が喧嘩するのは、いやです……」
眠気でにじむ、かすれ声。
「……仲直り、してください……」
言葉の最後は、
もう夢の中に落ちかけていて。
そのまま、
すう、と穏やかな寝息に変わった。
指先を掴んだ手は、
最後まで離れなかった。
小さな掌が、
驚くほど温かい。
その体温が、
胸の奥に、
じんわりと染みていく。
静音は、
澪斗を起こさないように、
そっと小さな手を包み返した。
……感情的になりすぎた。
あんな言い方をするつもりじゃなかった。
兄様を責めたかったわけでも、
傷つけたかったわけでもない。
ただ――
私も、雫を守りたかっただけなのに。
次は、
きちんと落ち着いて話さなければ。
兄様と。
そんなことを考えながら、
静音は本殿の掃除を黙々とこなしていた。
箒の先が、
さら、さら、と白砂を撫でる。
朝の光は穏やかで、
昨日の夜の険悪さが、
まるで嘘みたいだった。
……けれど。
胸の奥には、
まだ小さな棘が残っている。
静音
(……ちゃんと話さなければ)
そう思った、その時。
澪斗
「姉様ー!」
弾む声。
顔を上げると、
石畳の向こうから、
澪斗がこちらへ駆けてくるのが見えた。
そして――
その手に、葵の手を引きながら。
葵
「……」
静音
「……」
思わず、
葵と視線がぶつかる。
同時に、
ふい、と互いに逸らした。
気まずい沈黙。
その空気などお構いなしに、
澪斗は二人の真ん中に割って入る。
ぎゅっと、
左右の袖を掴んで。
澪斗
「ほら!兄様!姉様!」
「仲直りしてください!」
唐突な一言に、
二人とも目を瞬かせる。
澪斗は小さな胸を張って、
一生懸命に言葉を続けた。
澪斗
「お互いに譲れないものがあって、
ぶつかってしまったのかもしれませんが……」
「自分の思いがその人にとって正しいのかは、
受け取る側にしか分かりません!」
幼い顔には似合わない、
まっすぐな言葉だった。
澪斗
「昨日の夜ですが、雫様のことで喧嘩になったのですよね?だったら、
これからは兄様と姉様は相談しながらやってください!」
「どちらも雫様を守ろうとしているのに、
ぶつかるのは、もったいないです」
言い切って、
ふんす、と鼻息を鳴らす。
静音と葵は、
しばらくぽかんと固まった。
それから。
そっと、
顔を見合わせる。
……同じ顔をしていた。
呆気に取られて、
でも、少しだけ可笑しくて。
昨夜あれほど荒れていた感情が、
馬鹿みたいに小さく思えてくる。
一瞬の沈黙。
そして。
静音・葵
「……ふ」
「……はは……」
同時に、
吹き出した。
肩の力が抜ける。
胸の奥に溜まっていた重たいものが、
するりと落ちていく。
それから、
どちらともなく。
静音
「……言い過ぎました」
葵
「……すまなかった」
声が重なった。
澪斗は、
そっと二人の顔色をうかがうように、見上げた。
澪斗
「……仲直り、しました?」
その真剣な顔が、
またおかしくて。
静音はしゃがみ込み、
澪斗の頭をくしゃりと撫でた。
静音
「……ええ。ありがとう、澪斗」
葵も、
小さく笑った。
葵
「……驚いたな。
幼いと思っていた弟に、助けられるとはな……俺たち」
朝の風が、
やわらかく境内を抜けていく。
葵と静音を見上げ、
澪斗は、ぎゅっと握っていた手の力をそっと緩める。
胸の奥に溜まっていたものが、
すう、とほどけていく。
澪斗
(良かった……)
(ごめんなさい、兄様、姉様……
僕は雫様よりも……
兄様と姉様が笑ってるほうが、いいです)
そして――
誰にも気づかれないくらい、
ほんの小さく。
澪斗は、
安心したように微笑んだ。
昨日の夜より、
ほんの少しだけ、
世界が軽くなっていた。
――現在。
優羽
「……あの、ちょっと確認させていただきたいのですが」
腕を挙げ、
おずおずと口を開く。
「今の静音様のお話に出てきた
“素直で可愛らしい幼子”って……」
「ほんとに、私の知ってる“あの”澪斗ですか?」
火の童子
「あたいも同意見や……」
縁
「今の澪斗くん、だいぶひねくれてるよね……?」
三人の視線が、
す……っと静音へ集まる。
静音
「え?」
きょとん。
「澪斗は今も昔も、変わらず素直な子ですよ?」
優羽・火の童子・縁
「はぁー!?」
見事なハモり。
真白は首をかしげながら、
のんびりと言う。
「僕も、澪斗さんは失言はありますが……
とても素直な方だと思いますよ?」
優羽
「絶対猫かぶってますって!!」
火の童子
「ほんまや!真白と静音の前だけや!絶対そうや!」
縁
「あー……でも僕にも普通に素直だよ?」
ぴたり。
二人がゆっくり縁を見る。
優羽・火の童子
「……裏切り者ですね」
「縁はあっち行け」
縁
「え!?ちょ、ちょっと!?」
押し出される縁。
「今そんな話してる場合じゃないでしょー!?」
優羽ははっと我に返る。
「……そうでした。
あまりにも“澪斗が素直だった時代”に衝撃を受けまして……」
真白
「静音様。
それで……雫様のお母様の記憶を封印して、その後はどうなったのでしょうか?」
空気が、
すっと落ち着く。
笑いの余韻が、
ゆるやかに静まっていく。
静音は、
小さく息を整えてから頷いた。
「はい……」
「兄様と仲直りした後、
澪斗も交えて……三人で、雫の今後について話し合いました」
――
葵は、
静音と言い争いになってしまった経緯を、
ぽつりぽつりと澪斗に話した。
夜気の中に、
言葉だけが静かに落ちていく。
すべて話し終えてから、
小さく息を吐く。
葵
「……というわけなんだ」
「澪斗。
お前なら……どうしたらいいと思う?」
澪斗は、
少しだけ考えるように視線を落とした。
それから、
静かに口を開く。
澪斗
「……兄様が雫様を守ろうとしたのは、分かります」
「心が壊れないようにって、
きっとそれが一番良いと思ったのですよね」
そこで一度、
ちらりと葵を見る。
そして、
淡々と続けた。
「でも」
「雫様に聞かずに決めてしまった時点で」
「それはもう、
“守る”じゃなくて“御心”を無視したのと、
結果は同じです」
静かな声だった。
責める色はない。
兄様を傷つけたいわけじゃない。
ただ――
兄様が苦しんで決めたことだと知っているからこそ、
ごまかさずに言おうとしている声だった。
葵の喉が、
わずかに鳴った。
澪斗は、
それでも視線を逸らさず、続ける。
「それに……」
「もう封じてしまったことは、
きっと……戻せません」
小さく、息を飲む。
「だから」
「隠したままにするより、
ちゃんとお話して、
謝って……」
「そのうえで、
どうするかを雫様に決めてもらうのが、
一番いいんじゃないでしょうか」
少しだけ、
不安そうに葵を見上げる。
迷いがちな、
それでも真っ直ぐな瞳。
「……だって」
「雫様は――」
「そんなに弱い人じゃないですから」
その言葉に、
葵の胸が、わずかに震えた。
葵
「雫は……こんな勝手をした私を、許してくれるかな……?
それに……嫌いになるかもしれないね……」
澪斗
「えっ! なに言ってるんですか、兄様!」
「雫様が許すか許さないかは分かりませんが、
兄様を嫌いになるなんて、ありえませんよ!」
葵
「……澪斗は、どうしてそう思うのだ?」
澪斗
「だって。
幼いころから雫様は、兄様のことが好きだったのですよ」
「大きくなったら兄様の嫁になる、とも言っていましたし」
「兄様が僕と遊んでくれた時なんて、
嫉妬した雫様に、僕はよく意地悪されてましたから」
澪斗からの思わぬ告発に、
今度は静音が目を見開く。
静音
「……雫に、意地悪……?
どういうことですか?」
澪斗
「いえ、幼子の意地悪なので」
「兄様が僕に買ってきてくれたお土産のお菓子を横取りされたり、
兄様と遊ぶ約束の時に羨ましくなって泣き叫んだり……」
「なだめていたら、
泣かせていると勘違いした者たちに怒られたりもしました……」
「……その様子を、
雫様は、ニヤリと笑いながら見ていましたし……」
「大人になられた雫様には、
幼い頃は兄様のことが好きすぎるあまり僕に嫉妬して意地悪して申し訳なかったと
謝っていただけましたが、」
「……雫様は、
蛇の眷属の僕たちより、よほど嫉妬深いですよ」
そして澪斗は、最後ににこりと笑ったまま言った。
「ですから。
兄様にあれだけ恋焦がれているのですから、
嫌いになるなんて、ありえませんよ」
「……謝られても、僕は許してませんけどね」
突然明かされた末弟の闇と、
雫の意外な一面。
兄と姉は、
少しだけ澪斗の将来を心配しながらも――
葵
「……幼子のお前を虐げるほどに、
私のことを……」
その言葉とは裏腹に、
葵の口元は、わずかに緩んでいた。
静音
「許すも許さないも雫が決めることだとは思いますが……」
「確かに、
私にさえ嫉妬のような眼差しを向けることがありましたし……
兄様が嫌われることは、ないかと……」
澪斗
「今は恋仲ですし」
「死ぬまで離れない、くらいの執念さえ感じてましたから」
「兄様が心配することは、なにもないですよ」
――はたまた現在
火の童子
「……澪斗があないにひねくれたんは龍神の誓約の一族の巫女が原因やったんやな……」
優羽
「そのような扱いを受けていたとなると、あの嫌味な性格も納得できますね……」
縁
「……愛は人の子を恐ろしい存在に変えてしまうってことだよね……
雫くんはそんな子には見えなかったけどね……」
優羽
「えっ!縁様は雫様にお会いした事があるのですか?」
縁
「雫くんの幼い頃に一度だけね、澪斗くんが泣かせてると思って怒った大人は多分僕のことだよ……
なんかごめんね澪斗くん……」
真白
「色々驚きましたが、澪斗さんを叱った大人が縁様って所が……
ご縁を感じますね……」
火の童子
「なんのやねん!感じるか!」
真白のよく分からない持論と
火の童子の突っ込みを見ていた静音は、
静音
(あの時も縁や火の童子をもっと信頼して話していれば違う結末があったのかも知れない……)
賑やかな声が境内に広がっているのに、
静音だけが、うまく笑えなかった。
皆のやり取りを眺めながら、
胸の奥に、
あの時、もう一歩踏み出せたのではないかという思いが、
小さく残っていた。
(兄様と二人だけで抱え込まず、
縁様や火の童子様に、
もっと早く打ち明けていれば――)
違う未来も、あったのだろうか……と。
そんな静音の考えを見透かすように、
真白は静音に優しく声をかける。
真白
「静音様。
当時のことを縁様や火の童子様に話していたとしても……
結末は、きっと同じだったと思いますよ」
静音は、はっと顔を上げる。
真白は少し困ったように笑った。
「すみません……
少し、後悔の穢れを感じてしまって……」
「ですが静音様。
あの頃とは、状況もメンバーも違います」
「僕も低位の眷属でしたし、
優羽さんも澪斗さんも、まだ幼位の眷属でしたから……」
「今みたいに、
力になれたとは言えなかったと思います」
火の童子
「そおやでー静音!
幼位組はまだまだ子どもやったしな!」
縁
「そうそう。
良くも悪くもパワフル新世代、まだ育ってなかったしねー。
さっ!続き続き!」
不器用で。
騒がしくて。
でも――
どうしようもなく、優しい。
この人たちらしい慰め方だった。
胸の奥の固まりが、
じんわりとほどけていく。
静音は、
そっと胸に手を当てた。
……大丈夫。
もう、抱え込まない。
今度は、
ちゃんと頼ろう。
そう、思えた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
ぶつかり合いながらも、
ちゃんと「話そう」と歩み寄れる関係は、
きっと何より強い絆なのだと思います。
澪斗の小さな勇気が、
皆の心を少しだけ軽くしてくれた回でした。
これからも眷属たちの日常を、
あたたかく見守っていただけましたら幸いです。
(;´∀`)




