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【実は狐の眷属です!真白と紡の神社日誌】眷属と主神様が織りなす物語  作者: 稲荷寿司
【実は狐の眷属です真白と紡の神社日誌】        ―葵禁忌のはじまり ―【過去編】

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失ったもの、それでも残ったもの

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回は雫と葵にとって大きな転機となる回です。

少しシリアスですが、よろしくお願いします。

(*´∀`)




―――


(葵様……?)


雫は、薄れゆく意識の中で、

その安心できる声に反応しようとした。


けれど――

身体を走る激痛のせいで、

声を上げることすらできない。


荒くなる息だけが、

必死に生きていることを訴えていた。


(葵……さ……ま……

 私は……ここ……です……)


声にはならない、


それでも雫は、

必死に葵へと呼びかけていた。

心の奥から何度も呼びかけた。


お願い。

どうか、気づいて。

私は、ここです。


視界がにじみ、

熱いものが溢れてくる。


涙が零れているのに、

それを拭う指先すら、動かない。


声も、

涙も、

想いさえも――


すべてが、

葵へと届かないまま――


雫の中で、

静かに、滲んでいった。


このまま――

自分は、息絶えるのだろう。


そう覚悟した心は、

不思議なほど静かだった。


けれど、その静けさの底で、

ひとつだけ、どうしても消えない想いがあった。



(……最後に……

 もう一度だけ……

 葵様に……会いたい……)



今朝のことが、

不意に脳裏をよぎる。


配給所へ向かう、

いつもと変わらない朝。


「行ってきます」と言う代わりに、

小さく手を振って、背を向けた――


それが、

最後になるなんて、思いもしなかった。


ほんの一言、

声をかければよかった。


ほんの一瞬、

足を止めればよかった。


――ちゃんと、行ってまいります、と。

――また、戻ったらお話ししましょう、と。



(……あれが……

 葵様との最後なんて……)



胸の奥に、

後悔が、静かに滲んでいく。


それでも――

もう二度と、やり直せない。



雫は、だんだんと瞼が重くなり

眠るように目を閉じた……



その瞬間――



「雫!

 大丈夫か?!」



聞き慣れた声が、

確かに、降ってきた。


雫は、

沈みかけていた意識を必死に繋ぎ止め、

重たい瞼を、かすかに持ち上げる。


ぼやけた視界の向こう。



そこに――

最後に会いたいと願った、

最愛の姿があった。



瓦礫の山の中で、

葵は、ようやく雫を見つけた。


「……雫……」


声をかけた瞬間、

その身体の状態を見て、息を呑む。


雫は、

頭と左の上半身だけが、

辛うじて瓦礫の外に出ていた。


それ以外は、

崩れた石や倒れた柱の下に埋もれ、

身動きひとつ取れない状態だった。


葵は、

震える指で、

そっと頬に触れる。


「……雫。聞こえるか」


雫の瞼が、

わずかに動いた。


ゆっくりと、

ほんの少しだけ開き、

焦点の合わない目が、

葵を映す。


「……あ……おい……さま……」


それだけで、

声は続かなかった。


葵はすぐに

瓦礫へと手を伸ばし、


慎重に位置を確かめながら、

瓦礫をどかす。



瓦礫をどかし終えた葵は、

あらわになった雫の身体を見て、言葉を失った。


潰れてしまっている右手。

同じく、瓦礫に押し潰された右足。


骨の形は失われ、

もはや、元の姿を留めていない。


(……っ……)


喉の奥が、きゅっと詰まる。


一瞬、

視界が滲みかけた。


雫がどれほどの痛みの中で、

どれほど必死に耐えていたのか――

それが、嫌というほど伝わってくる。


(……もう……元通りには……)


言葉にすれば、

その瞬間に崩れてしまいそうだった。


葵は、

奥歯を強く噛みしめ、

こみ上げかけたものを、無理やり押し殺す。


泣くのは、後だ。

今は――


それでも――

せめて、これ以上苦しませないために。


「……大丈夫だ。

 今、痛みを止める」


低く、

自分自身に言い聞かせるように呟きながら、

葵は静かに術を施した。


潰れた箇所を覆うように、

龍神の力が、淡く光を帯びる。


血は止まり、

激しい痛みだけが、ゆっくりと引いていく。


雫の荒かった呼吸が、

ほんのわずか、落ち着いた。


胸を締めつけていた激痛が、

遠のいていくのを、

雫は、ぼんやりと感じていた。


――痛く、ない。


そう気づいた瞬間、

それまで必死に張り詰めていたものが、

ふっと緩む。


息が、吸える。

ゆっくりと、吐ける。


雫は、

浅く、何度か呼吸を繰り返す。


肺に空気が満ちていくにつれ、

霞がかかっていた思考が、

少しずつ、はっきりとしていった。


その様子を見届けてから、

葵はようやく、

小さく息を吐いた。


「……あ……」


雫は、微かに息を吸い、

葵を見つめた。


「……会え……た……」


その目に、涙が滲む。


「……葵様に……

 もう一度……会いたかった……」


震える声でそう言って、

雫は左手を伸ばそうとする。


葵は、すぐにその手を握った。


「……ああ。

 ここにいる。もう大丈夫だ」


だが――

雫を抱き起こそうとした、その時。


葵の指先に、

ぬるりとした感触が伝わった。


赤い。


雫の髪の間から、

血が流れている。


「……頭を……打ったのか……」


雫は、ぼんやりとしたまま、

小さく頷いた。


「……飛ばされ……て……

 その時……切れた……のかも……」


葵はすぐに、

その傷にも手を当て、力を流す。


血は止まり、

雫の表情が、わずかに和らいだ。


その時――


雫の目が、ふと揺れる。


「……あ……」


何かを思い出したように、

視線がさまよう。


「……あの……子……」


葵が、息を詰める。


雫は、必死に言葉を探すように、続けた。


「……迷子……の……子……

 抱いて……庇って……」


葵は、静かに首を振った。


「……ここには、雫しかいなかった」


その一言に、

雫の瞳が、大きく見開かれる。


「……え……?」


「……じゃあ……あの子は……」


震える声。


雫は、その言葉の先を

言葉にすることは出来なかった……。



そして――



雫は、無意識に涙を拭おうとして、


そこで、違和感に気づく。



「……あ……れ……?」



右手に、感覚がない。


「……動か……ない……?」



ゆっくりと視線を落とし、

瓦礫の下を見て――


気づいてしまった。



「……あ……」



喉から、息が漏れる。


「えっ……な……い……」

「……私のっ……手……」



呼吸が、一気に乱れる。


「っ……や……だ……」



雫の様子に、葵がすぐに声をかける。


「雫、落ち着け」



だが、雫は止まらない。



混乱の中、

葵の声も耳に届くことなく、


落ち着かせようと背中をさする葵を押しのけ、

立ち上がろうとして――



右足にも、力が入らないことに気づく。



「……あ……」

「……足……も……」



次の瞬間、


雫の呼吸が、完全に崩れた。



「……はっ……はっ……」

「……いや……」

「……やだ……!」



過呼吸。



身体が震え、

目が泳ぎ、

言葉にならない恐怖が溢れる。



葵は、必死に肩を支える。


「雫、見ろ。俺だ」

「……大丈夫だ……」

「……大丈夫だ……」



何度も、繰り返す。



だが――



雫の意識は、限界だった。



「……あ……お……」



そのまま、

力が抜ける。



「……雫……!」



葵は、強く抱き留めた。



静かになった呼吸。

閉じられた瞳。



葵の目から、

ぽたりと、涙が落ちる。



「……すまない……」

「……守れなかった……」

「……すまない……」



何度も、何度も、

同じ言葉を呟きながら。



葵は、雫をそっと抱き上げる。



「……帰ろう……」

「……必ず……守る……」



涙をこらえることもせず、

そのまま、神社へと歩き出した。



龍神神社の石段を、

葵は、雫を抱いたまま駆け上がった。


腕の中の身体は、軽すぎるほど軽い。


血の匂いだけが、生々しく残っていた。




「……兄様?」




最初に気づいたのは澪斗だった。


続いて、静音が振り向く。




そして――


二人は、言葉を失った。




「……っ……」




雫の姿を見た瞬間、

喉が凍りついたように、声が出ない。


右腕。

右足。


そこにあるはずの形が、もうなかった。




静音の指先が、小さく震える。


澪斗の唇が、ぎゅっと結ばれる。




ぽたり、と。


石畳に雫とは別の涙が落ちた。




「……ひどい……」




掠れた声が、誰のものだったのか、分からない。




葵は、そっと雫を社務所の床へ寝かせた。


指が、震えている。


それでも、視線だけは逸らさなかった。




目を背けたら、

きっと二度と向き合えなくなる気がした。




「……澪斗……」




喉が詰まり、言葉が途切れる。


それでも、無理やり声を押し出す。




「……雫の……駄目になった所を……切断する……」




声が、震えた。




「……その間……治療術で止血を……頼むよ……」




澪斗は、強く拳を握りしめる。


爪が掌に食い込むほどに。




澪斗

「……はいっ……兄様……」




返事の最後が、掠れた。


涙で視界が滲んでいる。




静音も、袖で目元を拭いながら前に出る。




静音

「……っ……私は……

 雫が、痛みで起きぬよう……

 術で……眠らせておきます……」




声が震えて、うまく言葉にならない。




三人とも、もう分かっていた。


これは、助けるための処置だ。


けれど。




守れなかった証を、

自分たちの手で確定させる行為でもあった。




静音が、そっと雫の額に触れる。


淡い光が降りる。




「……おやすみ、雫……」




祈るような声だった。




次の瞬間。




社務所の中は、異様なほど静まり返る。




刃物の触れる音だけが、小さく響く。




誰も、泣き声を上げなかった。




ただ。




ぽた、


ぽた、と。




三人の涙だけが、

雫の袖や床に、静かに落ち続けていた。




誰一人、

その涙を拭おうともしなかった。




拭えば、

心まで崩れてしまいそうだったから。




葵は、何度も、何度も、

心の中で繰り返していた。




(……すまない)


(……すまない、雫)




祈るように。


懺悔のように。




ただ、ひたすらに。




――――――――――


右手の処置を終えた葵は、

布団に横たわる雫の傍らに、ただ静かに座っていた。


規則正しい寝息。


小さく上下する胸。


それを確かめるように、

何度も、何度も、視線を落とす。


まるで――

目を離した瞬間に、消えてしまいそうで。



(……きっと、起きたら……)


(雫は、この現実を受け止めきれず……

 また、興奮してしまうだろう……)



強く握った拳に、じわりと爪が食い込む。



静音

「……兄様」


控えめな声が、静寂を揺らした。


「この状態の雫に……

 清の最期を伝えるのは……

 あまりに酷ではないかと……」



葵は、目を閉じる。



「……ああ……」


「今の雫には……

 心への負担が、大きすぎる……」


「ここへ連れ帰る前に……

 自分の手足の状態を見ただけで……

 興奮して、気を失ってしまったのだから……」



言葉の最後が、かすれた。


悔しさとも、無力感ともつかない感情が、

胸の奥に沈んでいく。



その時――



遠くから、うねるようなサイレンが近づく。

静寂を引き裂くように、境内いっぱいに鳴り響いた。


静かな社務所の空気が、びりっと裂ける。



「今頃、警報などっ……!」



反射的に立ち上がりかけた葵の袖を、

澪斗が強く掴んだ。



澪斗

「兄様、落ち着いてください……!」


「雫様が起きてしまいます……!」



はっとする。


荒れていた呼吸を、無理やり整える。


一度。


二度。


深く、息を吐く。


怒りも焦りも、

すべて押し込めるように。



「……すまない……」


そして、小さく呟いた。


「……清のことは……

 しばらく、告げない方がいいのかもしれない」



静音は、そっと頷く。



静音

「……それが……最善ですね……」



再び、部屋に静寂が戻る。


聞こえるのは、雫の寝息だけ。



葵は、布団越しにそっと雫の手を握った。



――守れなかった。


けれど、


今度こそ、ここからは守る。



その想いだけを胸に、

葵は、雫から目を離さなかった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

失ったものの中にも、確かに残るものがある。

そんな夜のお話でした。

また次回も、見守っていただけたら嬉しいです。

(*´ェ`*)

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