表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【実は狐の眷属です!真白と紡の神社日誌】眷属と主神様が織りなす物語  作者: 稲荷寿司
【実は狐の眷属です真白と紡の神社日誌】        ―葵禁忌のはじまり ―【過去編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/99

龍神の雨と、母の最後の願い

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、静音の語る過去と、

雫の母・清の最期が描かれる回です。

少し切ないお話ですが、どうぞお付き合いください。




真白たちは、

静音の語る声に、

言葉を失ったまま動けずにいた。


それは、遠い過去の出来事でありながら、

ただの「物語」として

聞き流せるものではなかった。


同じ眷属として在るがゆえに――



胸の奥を、じわじわと締めつけられるような感覚だけが、

そこにあった。



真白

「……それで、雫さんは……」



静音は、ほんの一瞬だけ視線を伏せる。


そして、

ゆっくりと息を整えてから、続けた。



静音

「……その後、兄様と共に……

 雫の母の魂の気配を辿りました」




――――――――――――――――――――



瓦礫の隙間に横たわっていたのは、

雫の母清きよだった。


身体は既に、血に染まり、

呼吸も、浅く、か細い。


露わになった肌には、

炎に灼かれた跡が残っている。


誰が見ても――

もう、助からない状態だった。



静音は、膝をつき、

必死にその身を抱き起こそうとする。


だが、龍神の眷属である静音にも、

それが"致命傷"であることは、

はっきりと分かっていた。


どれほどの力をもってしても、

命を繋ぎ留めることはできない。



それでも――

雫の母は、微かに目を開いた。



雫の母

「……静音様……葵様……」



静音は、震える手でその手を握り、

必死に声をかける。



静音

「……きよ……!

 今……今すぐ……」



言葉は、続かなかった。



清は、

静音の声を遮るように、

かすかに首を振った。



「……もう……分かっています……」



その声音は、

不思議なほど穏やかだった。



「……嫁いできた私を……

 誓約の一族として……

 大切にしてくださって……

 本当に……ありがとうございました……」



静音の喉が、詰まる。



「……雫は……?

 あの子は……無事ですか……?」



葵は、言葉を失ったまま、

首を横に振ることしかできなかった。



「すまない……清、まだ雫を見つけられていない……」



その言葉に、

清は、かすかにまぶたを揺らした。



「……そう……ですか……

 雫は、迷子の子を……助けようとして……

 その子の親を探すために、

 ここを……離れていきました……」



その表情には、

すでに自らの最期を受け入れた者だけが持つ、

静かな安堵が滲んでいた。



ただ、

母としての想いだけが、

そこに残されていた。



「……どうか……

 雫を……お願いします……」



静音は、唇を噛みしめ、

涙を堪えながら、深く頷く。



静音

「……はい……安心しておやすみなさい。

 必ず……雫は見つけます……」



清は、

その答えに、ほっとしたように微笑んで……



「……それなら……

 もう……安心ですね……

 龍神様のご加護を……」



その声は、

次第に、力を失っていく。



静音は、

そっとその身体を抱き寄せた。



静音

「……せめて……

 お社へ……

 安らかに……」



そして、葵を見上げる。



静音

「兄様……

 雫の捜索を……

 お願いします……」



その言葉に、

葵は、強く頷いた。



「……必ず……

 見つける……」



清は、

そのやり取りを聞きながら、

静かに、目を閉じた。



――それが、

雫の母の、

最期だった。



静音

「兄様、私は清を連れてお社に戻ります……

 ですが、その前に――

 この辺一帯を彷徨っている魂を、

 天に返しましょう……」



「あぁ……

 その方が、雫の魂を辿りやすい……」



それから、

葵と静音は、

瓦礫の中に立ち、

静かに主神である龍神様へと祈りを届ける。



葵は、深く息を吸い、

胸の奥から言葉を絞り出すように、告げる。



「祓い給え……清め給え……突然の死に、

 心が追いつかぬ魂たちよ、

どうか安らかに天に還り……

 来世にて、幸せな生を」



続いて、

静音が一歩前に出る。


その声は震えていたが、

確かな祈りが込められていた。



静音

「祓い給え……清め給え……

 どうか恨まずに、今世の無念も捨て去りただ安らかに……」



静音は、そっと両手を胸の前で重ねる。



「どうか……

 その想いを、

 天へと還し申す……」



その瞬間――



ポツリ――

ポツリ――と。



雨が、

天に向かって降り出した。



龍神の雨は、

魂に――

その生が終わったことを、

静かに教える。



静音

「あなたたちの記憶を……

 つなげましょう……」



「彷徨う魂よ――

その記憶を、龍神の雨と共に、

巡りの理へと、静かに還りゆけ……」



雨に打たれた魂たちは、

まるで怨嗟のような泣き声をこぼしながら、



龍神の雨に溶かされ、

その雨粒の一部となるように――



次々と空へ、

ゆっくりと昇っていった……。



そして――

最後に残っていた魂は、

雫の母である清だった。



龍神の雨に包まれながら、

清の姿は、すでに淡く透け始めている。



清は、葵と静音を見つめ、

ほんの一瞬だけ、微笑んだ。



それから――

まるで言葉の代わりに何かを託すように、

静かに、少しだけ後ろを指差す。



そこに、

恐れも、未練もなかった。



ただ、

母としての想いだけが、

静かに、そこに残されていた。



『雫をお願いします』



言葉にはならなかったその願いが、

すべてだった。



それから――



清は二人に向かって、

深く、丁寧に頭を下げる。



感謝と、別れと、

そして託す心をすべて込めて。



やがてその身体は、

龍神の雨に溶けるように、

静かに、天へと昇っていった……。



静音は、しばらくその方角を見つめたまま、

小さく息を吸い、静かに涙を流しながら言葉を紡ぐ。



静音

「……兄様。

 清が、最後に指差した方角ですが……」



その声には、

震えと、迷いと、

それでも前へ進もうとする強さがあった。



葵は、視線を落とし、

一度だけ目を閉じる。



胸の奥で、

清の想いを受け取るように。



「……雫のいる方角かもしれない」



静かに、しかし確信を帯びた声だった。



「この辺一帯を彷徨っていた魂は、

 すでに天に還った。

 今なら――

 雫の魂の気配を、辿れるはずだ」



その言葉には、

先程までの絶望よりも、

希望が宿っていた。



清が残してくれた、最後の道標を信じて。



(清が指さした方角を指針に……)



葵は、焦る気持ちを必死に押し殺し、

深く息を整えた。



胸の奥に渦巻く不安が、

わずかでも揺れれば、

気配は霧のように散ってしまう。



――静まれ。



そう、自らに言い聞かせる。



葵は目を閉じ、

龍神の眷属としての力を、

静かに内側へと呼び戻した。



それから――

清が指し示した方向を、

ただ一点、心の中で静かに定める。



大地に残る熱。

龍神の雨が触れたあとに残る、

魂の名残。



無数に重なり合うそれらの気配を、

ひとつひとつ、押し分けるように。



葵は、

意識を限界まで研ぎ澄ませていく。



すると――



その奥に、

他とは決して混じらない、

微かで、けれど確かなものがあった。



探し求めていた、

愛しい魂の気配。



(……雫……!)



胸の奥が、強く脈打つ。



間違いない。

これは、雫の魂の気配だ。



葵は、ゆっくりと目を開き、

その方角を見据えた。



そこにはまだ、

瓦礫と焦土が広がっているだけだった。



けれど――

その先に、雫がいる。



葵は、拳を強く握りしめた。



「雫を見つけた。すまない、静音。清のことは……」


静音

「清は私が連れていきます、兄様は早く雫の元へ!」



「……ああ。必ず、連れて帰る」



そう呟くと、



葵は、ただ一直線に――

雫のいる方角へと駆けていった。



地を蹴った瞬間、

瓦礫の感触が足裏を突き抜ける。



崩れた石を跳び越え、

水を含んだ土を踏みしめ、

葵はただ前だけを見て走った。



胸の奥で、

かすかに、しかし確かに感じる気配。



それはもう、

見失いかけた幻ではない。



雨に洗われ、

静まり返った大地の中で、

ただひとつ――

呼び合うように、葵を導く魂の灯。



(待っていろ、雫)



息が切れても、

脚が悲鳴を上げても、

速度を落とすことはなかった。




―――――――――――



雫は、強く頭を打った影響で、

まだ意識を取り戻せず、

瓦礫に半ば埋もれるように倒れていた。



その身をもって庇ったはずの幼子は、

雫の手のなかには、もういなかった。



意識のない雫に、

龍神の雨が、静かに降り注いでいた。



熱を帯びた瓦礫を冷まし、

血と煤を洗い流すように、

細かな雨粒が、絶え間なく落ちてくる。



そのひとしずくひとしずくが、

雫の頬に、髪に、指先に触れていく。



心地よい冷たさ。



それは痛みを呼び覚ますものではなく、

"起きて"と

優しく伝えるような感覚だった。



雫の意識は、

深い闇の底から、

少しずつ――

ほんの、わずかずつ――

静かに、浮かび上がっていく。



「……っ」



雫の睫毛がかすかに揺れ、瞼が開かれた。



雫はぼんやりと、しばらく空を見つめていた。

そして、ふと気付く。



雨に、龍神の神気を感じた……



そこではっとして目が覚める前の事を思い出した。



「そうだ私っ!」



そして勢いよく起き上がろうとして体に激痛が走って、呻き声を上げた


「いっ……っ、ったぁっ……!!」



激しい痛みに、雫の瞳から涙が溢れ、

その額には、脂汗が一気に湧き出した。



(なんで……こんなに痛いの……?!)



ほんの少し動かすだけで、

身体の奥に、鋭い痛みが走る。



あまりの苦痛に、

雫は意識が遠のいていく感覚を覚えた。



言い知れぬ恐怖が、

胸の奥を、きゅう、と締めつける。



(……私、このまま……し――)



薄れゆく意識の中で、

―死んでしまうのではないか―

その考えが、ふと過った瞬間――



「雫!!」



今、この状況で、

いちばん安心できる声が、

はっきりと耳に届いた。



お読みいただき、ありがとうございます。


静かな別れと、託された想いの回でした。

次回は、雫を巡る物語が大きく動きます。


続きも読んでいただけたら嬉しいです。(*´∀`)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ