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【実は狐の眷属です!真白と紡の神社日誌】眷属と主神様が織りなす物語  作者: 稲荷寿司
【実は狐の眷属です真白と紡の神社日誌】        ―葵禁忌のはじまり ―【過去編】

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幸せな日々の終わりの始まり

あたりまえのように続くと信じていた日々は、

突然に、形を変えていきました。


これは、

その「始まり」のお話です。


−−−



あの頃の私は、

しずくとの日々が、

ずっと続くものだと疑っていなかった。


守ると決めたものは守れる。

そう信じて生きてきたし、

それが揺らいだこともなかった。


――その日までは。



「雫ちゃん!おはよー!」


境内に、弾むような声が響いた。

振り返ると、さっちゃんが手を振っている。



「さっちゃん! おはよー!」


雫は駆け寄り、笑顔で応えた。



「さっちゃんは今日は、

 お参りの後、配給もらいに行くの?」


「うん! 雫ちゃんは?」


「私もこれからお母様と行くよー!」



その声に応えるように、

雫の母が二人の元へやってくる。



「あら、さっちゃん。

 私と雫もちょうど今から

 配給をもらいに行くところなの。

 一緒に行かない?」


「いいんですか?」


「そうだよ! 一緒に行こ!」



さっちゃんは少しだけ迷う素振りを見せてから、

ふふっと笑った。



「じゃあ、ご一緒します!」



三人は並んで境内を出る。

その途中、雫はふと足を止めた。



ほんの一瞬、

誰にも気づかれないように振り返る。



境内の奥。

そこに立つあおいの姿を見つけ、

雫は小さく手を振った。



ただ、それだけで十分だと思った。



葵も、それに気づいたように、

わずかに目を細める。



雫は何事もなかったかのように向き直り、

再び歩き出した。



配給所へ向かう道すがら、

列に並びながら交わされる会話は、

驚くほど穏やかだった。



「最近、配給少なくなったよね」

「この前は芋が少しだけだったわ」

「それでも、煮れば美味しいですよ」



そんな他愛のない言葉が、

ゆっくりと流れていく。



その時だった。



「……あ」



雫の視線が、列の外へ向いた。



少し離れたところに、

不安そうに立ち尽くす幼い子どもがいる。

きょろきょろと辺りを見回し、

今にも泣き出しそうな顔をしていた。



雫は、

(親御さんとはぐれちゃったのかな……?)



「お母様、まだ順番来ないよね?」


「ええ、そうね」


「じゃあ、あの子の親御さん探してくる。

 すぐ戻るから」



雫の母は一瞬だけ表情を曇らせたが、

すぐに頷いた。



「そうね……気をつけて行きなさい」



それから雫は子どものもとへ小走りで近づくと、

子どもの手を取り、

静かに列を離れる。



「大丈夫だよ。

 一緒にお母さん探そうね」



そう声をかけながら、

二人は路地へ入っていった。



角を曲がり、

さらに少し進んだ、その時――



――ごう、と空が鳴った。



次の瞬間、

世界がひっくり返った。



耳を裂くような轟音。

地面が持ち上がる感覚。

背中を叩きつける、凄まじい爆風。



雫は反射的に子どもを抱き寄せた。



そして――



衝撃。



身体が宙に浮き、

何か硬いものに後頭部を強く打ちつける。



視界が白く弾け、

音が遠のき、

意識が闇に沈んでいった。



その頃――



配給所の方角で起きた異変は――

澪斗みなとの治癒術の修行をしていた葵たちにも、

すぐに感知された。



境内に響いたのは、

地を揺らすような爆音。



そして、

空へと立ち上る、黒い煙。



澪斗は思わず動きを止め、

胸の奥に広がる違和感を押さえるように息を吸った。



澪斗

「兄様……

 なんでしょうか……?

 すごく嫌な気配というか……」



だが、その声は、

もはや葵の耳には届いていなかった。



視線はすでに、

遠くの空へと釘付けになっている。



空に、複数の黒い影が浮かんでいた。



初めて耳にする異様な音を奏でながら、

鳥でも雲でもないそれらは、

空から、何かを落としながら飛んでいた。



静音も、異変に気づき、

空を見あげ、

思わず息を呑んだ。



静音

(……あれは……なに?

 あの黒煙……

 配給所の方角……?!)



そう、それは……

――配給所の方角。



その瞬間、

葵の喉から、掠れた声が零れ落ちる。



「……雫?」



名を呼んだだけだった。

それだけなのに、

胸の奥が、強く締めつけられる。



その様子を見て、

澪斗の中でも、ある記憶がよみがえった。



――今朝。

雫と、その母が、

配給をもらいに行くと言っていたこと。



澪斗は、はっとして、

震える声で口を開く。



澪斗

「あの……葵兄様……

 あの黒煙は……

 配給所の方角から、あがって――」



だが、

最後まで言い終わるよりも早く、



葵は、地を蹴っていた。



何も言わず、

振り返ることもなく、

ただ、一直線に駆け出していく。



その背に向かって、

静音が声を張り上げる。



静音

「葵兄様!!」



だが、その声は、

すでに遠ざかる背中に吸い込まれていった。



黒煙を頼りに配給所に向かう葵の胸にあるのは、

恐怖と混乱それから――



雫を“失ってしまうかもしれない”



という実感だけが、

まだ形を持たないまま、

冷たい影となって広がっていく。



葵は、夢中で走りながら、

雫と雫の母の気配を探っていた。



近づくにつれて、

そこにあるはずの見慣れた道は消え、

代わりに広がっていたのは、

瓦礫の山と、焦土と化した見知らぬ風景だった。



葵は思わず足を止め、

静かに息を整えると、

雫たちの魂の気配へと意識を集中させる。



雫とその母は、

誓約の一族だ。

本来なら、魂の気配を辿ることは、

決して難しいはずがなかった。



――だが、今は。



(……なんだ……?)



そこかしこに、

彷徨う魂の気配が立ち込めている。

自らの死を理解できぬまま、

宙に縫い止められたような魂が、

あまりにも多すぎた。



(これでは……

 雫たちの気配が、掴めない……)



そんな中――

かすかに、ひとつだけ

葵の意識に引っかかる魂の気配があった。



(……見つけた……)



瓦礫の隙間を縫うように、

微弱なその気配を辿る。



(雫の……母だ……)



確かに感じ取れる。

誓約の一族の魂の気配。

間違いようがなかった。



――けれど。



(……雫は……?)



その傍にあるはずの、

小さく、温かな気配が、

どこにも、ない。



胸の奥が、

きゅう、と音を立てて縮こまる。



葵は必死に意識を広げ、

周囲を探る。

何度も、何度も。



――それでも、

雫の気配は掴めなかった。



不安は、

一気に最高潮へと押し上げられる。



無意識のうちに、

葵の足は震え始めていた。



次の一歩を踏み出そうとして――

力が入らず、

足元の瓦礫に躓く。



鈍い音を立てて、

葵は地面に倒れ込んだ。



瓦礫の冷たさが、

掌と膝にじかに伝わる。



息が、詰まる。



少しだけ、

頭が冷えたからこそ――

浮かんでしまった考えがあった。



(……もしかして……)



ここに、

雫の魂の気配がない理由。



(……もう……)



それ以上、思考を続けられなかった。



胸の奥に広がるのは、

「失ったかもしれない」という恐怖。



立ち上がる力が、

完全に抜け落ちる。



葵はその場に座り込んだまま、

動けずにいた。



(雫……

 私は……どうしたら……)



声にならない問いが、

胸の中で何度も反響する。



――その時。



荒い息とともに、

背後から声が飛んできた。



静音

「兄様!!」



葵の肩が、びくりと揺れる。



静音

「早く立ち上がってくださいませ!

 そんな事では、

 雫も、澪斗も――

 きっと不安に思います!」



張り裂けるような声だった。



次の瞬間、

静音は葵の腕を掴み、

力任せに引き上げる。



「……っ」



体勢が整わないまま、

ぐらりと立たされた、その直後――



ぱん、と、

乾いた音が響いた。



静音の張り手が、

容赦なく葵の頬を打ち抜く。



葵は息を呑み、

衝撃に目を見開いた。



静音

「……兄様。

 今、立ち止まっている時間はありません」



その声は、わずかに震えていた。

恐怖も、不安も、悲しみも。

すべてを必死に押し殺したうえでの声だった。



けれど――

その奥には、揺らがぬ意志があった。



静音は一度、深く息を吸い、

まっすぐに葵を見据える。



静音

「雫は……生きています。

 そう、信じてください」



言葉を紡ぐたび、

喉が詰まるのをこらえながら。



静音

「そして――

 探してください」



張り裂けそうだった葵の心に、

その言葉は、逃げ場のない現実として叩き込まれた。



「っ……!

 私だって……!

 雫を、見つけてやりたいっ……!」



声は掠れ、

胸の奥から絞り出すように続く。



「……だけど、感じないんだ……!

 雫の気配が……どこにも……!」



絶望が、言葉になった瞬間だった。



その直後――

乾いた音が、瓦礫の空間に響いた。



ぱん、と。



静音はさらに葵の頬を打とうとして手を振り上げる



「……なっ」



反射的に、

葵は静音の手首を掴み、その顔を見る。



そこで、息を呑んだ。



静音の頬には、

堪えきれなくなった涙が、

とめどなく溢れていた。



静音

「……雫は、生きていますっ……!」



震える声。

けれど、その言葉は必死に前を向いていた。



静音

「私たちが……諦めてしまったら……

 誰が、雫を見つけてやれるのですか……!」



涙を流しながら、

それでも目を逸らさず、静音は続ける。



静音

「だから……兄様……お願いです……

 一緒に……雫を……っ……」



そこまで言って、

言葉は嗚咽に溶け、

それ以上、声にならなかった。



葵は――

何も言えず、ただ静音を抱き寄せた。



細い肩が、小刻みに震えている。



「……すまなかったね、静音」



その声は、先ほどまでの取り乱しが嘘のように、

静かだった。



「……お前の言う通りだ。

 私たちが……諦めてはいけなかった」



腕に力を込め、

静音を落ち着かせるように、そっと背を撫でる。



「探そう。

 雫を――必ず」



その言葉に、

静音は何度も、小さく頷いた。



涙を袖で拭い、

震えを抑えながら、顔を上げる。



その瞳には、

再び強い光が宿っていた。



静音

「……兄様。

 雫の母上の魂を、かすかに感じます」



静音は視線を前方へ向ける。



静音

「まずは……母上の元へ向かいましょう。

 きっと、そこに手がかりがあります」



「……そうだね」



頷いた葵の声は、

もう揺れてはいなかった。



「急ごう。

 一刻も、無駄にはできない」



二人は、

再び瓦礫の中へと足を踏み出す。



悲しみを抱えたまま。

それでも――

雫は生きていると信じて




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


何気ない会話や、

ささやかな優しさの中にあった日常は、

あとになってから、かけがえのないものだったと気づかされます。


この出来事が、

雫や葵、静音たちの心に

どのように残り、つながっていくのか――


引き続き、そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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