表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【実は狐の眷属です!真白と紡の神社日誌】眷属と主神様が織りなす物語  作者: 稲荷寿司
【実は狐の眷属です真白と紡の神社日誌】        ―葵禁忌のはじまり ―【過去編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/99

眷属が知った幸福

ただ、隣にいるだけで。

それが、永遠だと疑いもしなかった日々がありました。


これは、

眷属が初めて触れた――

静かな幸福の記憶です。

あの日、しずくに思いを伝えたら、

雫はすごく驚いた後に、固まってしまった。



「…………」



「えっと……雫?」



(あれ?

 もしかして同じ気持ちって思ってたのは

 私の勘違い……?


 もし、そうだとしたら

 今、雫は返答に困って固まってる……?)



「えっと……雫、ごめんね。

 私にそんな事いわれても困るよね。

 今のは忘れて――」



「えっ!

 そんな、嫌ですよ!

 忘れません!」



「えっ……

 でも、私の告げた思いに困って

 固まってし――」



「違います!

 私も葵様と同じ気持です!


 ただ、その……と、突然だったので、

 驚いてしまって……」



それから雫は、

自分の頬に――ぱん!と平手打ちをした。



突然のことに驚いた葵は、

思わず声を上げる。



「雫!

 何してるの?!」



赤く腫れた雫の頬に、

葵はそっと手を添えた。



「痛いです……」



「そりゃ、それだけ強く叩けば

 痛いに決まってる。


 赤くなってきてるじゃないか……」



そう言いながら、

頬をそっと撫でる葵の手に、

雫は自分の手を重ねた。



「夢ではなかったのですね……


 嬉しいです。

 葵様が、私と……」



そう呟きながら、

雫は葵の胸に顔をうずめ、

甘えるように額をすりつけてきた。



予想外の雫の甘えに、

今度は葵が固まってしまい、

身動きが取れなくなる。



(えっ……

 雫、すごく積極的すぎない?


 いや、待て。

 人の子は、みんなそうなのか?)



戸惑いながらも、

葵は雫の背にそっと手を回し、

優しく抱きとめた。



すると――

今まで味わったことのない幸福感が、

胸いっぱいに広がっていく。



(愛しい者を胸に抱くと、

 こんなにも幸せな気持ちになれるものなんて……)



生まれて初めての感覚に驚きながらも、

葵はただ、その幸福感に身を委ねていた。



すると、

胸元に埋まっていた雫が顔を上げ、

葵を見つめながら言う。



「ふふっ……

 葵様、胸がドキドキしてますね」



そう言いながら、

葵の心音を確かめるように、

嬉しそうに耳をすり寄せ、目を閉じた。



(なんだ、今の……

 “愛しい”を越えた気がする……)



「ねぇ、雫。


 私は眷属だから……

 人の子に、とてもとても好いていると伝えるとき、

 なんて伝えたらいいのか、

 教えてくれるかい?」



雫は葵を見上げ、

ぱちりと瞬きをした後、

にっこりと幸せそうに笑った。



そして、

内緒話をするように、

葵の耳元へ顔を寄せる。



「それはですね――」



――――――



それからの毎日は、

穏やかで、

けれど確かに――

幸せに満ちた日々だった。



「葵様!

 お勤めも終わりましたし、

 少しお話がしたいです!」



呼びかけながら、

雫は境内の奥へ視線を向けた。



そこには、

澪斗みなとに治癒術を教えている

葵の姿があった。



「雫、もうそんな時間か……

 それじゃあ澪斗、今日はこれくらいで――」



澪斗

「嫌です!

 まだ少し修行の時間はあります!

 それまでは葵兄さんは僕のものです!!」



「いいえ、澪斗……

 葵様は、私のものです!」



澪斗

「はぁー!?

 兄様は今、僕と修行の時間です!

 ですから雫様は、終わるまで

 ご自分のお部屋でお留守番していてください!」



言い合う二人を前に、

葵は小さく息を吐いた。



「……二人とも。

 そんなに声を荒らげなくてもいいだろう」



だが、その言葉は

二人の耳には、ほとんど届いていない。



澪斗

「兄様は僕の修行を見てくださっている最中です!

 雫様は後にしてください!」



「後、ですか?

 葵様は“物”ではありません。

 澪斗こそ、少しは譲るということを覚えてください」



澪斗

「……っ!」



「それに――

 私は、人の子ですから。

 葵様と過ごせる時間は、

 そんなに長くありません」



その一言に、

澪斗は言葉を詰まらせた。



澪斗

「……それは……」



葵は、

二人の間に流れた微妙な沈黙を感じ取り、

静かに膝を折って目線を下げた。



「澪斗。

 今日は、ここまでにしよう」



澪斗

「で、でも……」



「治癒術の型は、

 もう十分に身についている。

 無理に続けても、身にならないよ」



そう言って、

澪斗の頭にそっと手を置く。



「それに――

 お前が真剣に励んでいることは、

 ちゃんと分かっている」



澪斗は、

不満そうに唇を尖らせながらも、

やがて小さく頷いた。



澪斗

「……分かりました。

 兄様がそう仰るなら」



一方、

雫は葵の言葉に、はっとしたように言葉を失った。



自分が口にした言葉を、

胸の中でもう一度なぞってみて――

ようやく、気づく。



(……私、少し……)



誰かを想う気持ちが強くなるあまり、

周りが見えなくなっていたことに。



雫は小さく視線を伏せ、

指先をきゅっと握りしめた。



「……澪斗、ごめんなさい……

 私、少し……大人げなかったです」



その声は、

叱られた子どものようでもあり、

けれど確かに、

自分を省みる静かな響きを帯びていた。



その様子を見ていた澪斗も、

気まずそうに唇を噛んだ。



澪斗

「……僕も、です。

 兄様を取られるみたいで……

 つい、意地になってしまいました……」



照れ隠しのようにそっぽを向きながら、

ぽつりと零したその言葉に、



年相応の幼さと、

それでも成長しようとする気配が滲んでいた。



葵は二人の様子を見渡し、

困ったように、けれど優しく微笑んだ。



「……謝らなくてもいいよ。

 二人とも、私を大切に思ってくれている。

 それだけで、十分だ」



その言葉に、

雫は小さく息を吐き、

澪斗も肩の力を抜いた。



互いに顔を見合わせ、

気まずそうに――

けれど、どこか照れたように、

小さく頭を下げ合う。



言葉にしなくても、

ちゃんと伝わっていることがある。



境内には、

先ほどまでの張りつめた空気の代わりに、

穏やかな静けさが戻っていた。



最近――

雫から向けられる

自分への“独占欲”に、

葵は少しばかり悩まされている。



想われている。

必要とされている。



そのことを、

こんなにもまっすぐに向けられるのは――

長い時を生きてきたはずの私にとっても、

ほとんど初めての感覚だった。



雫と出会ってから、

私はいくつもの「初めて」を知った。



名を呼ばれるたびに、

胸の奥がわずかに高鳴ること。



視線を向けられているだけで、

なぜか心が落ち着かなくなること。



言葉のない沈黙の中でさえ、

触れられるのを待つように感じてしまうこと。



(――こんな感情は、

 人の子を守り導く者として生きてきた私には、

 本来、必要のないものだったはずなのにな……)



それでも雫は、

それらを一つひとつ、私に差し出してくる。



与えられるばかりのその想いに、

私は戸惑いながらも、

少しずつ――

世界が広がっていくのを感じていた。



それに――

澪斗は自分と同じ眷属だ。

その生は長く、

共に過ごす時間は、

この先いくらでもある。



だからこそ、

人の子である雫と、

この短い時を少しでも共に過ごしたくて、

今日もまた、

その傍を選んでいた。



人の子である雫の生が、

いつか短く終わりを迎えるものだと、

知りながらも――



それでも、

その日が来るまでは。



ただ、

隣に在り続けたいと、

そう思っていただけだった。



この時の葵は、

ただ、

幸せだった。



そしてそれは雫にとっても幸せな日々だった……



――葵様、私今お側にいられてとても幸せです――



この時の葵は、

ただ、幸せでした。


その幸福が、

どれほど脆いものかを――

まだ、知らなかったのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ