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【実は狐の眷属です!真白と紡の神社日誌】眷属と主神様が織りなす物語  作者: 稲荷寿司
【実は狐の眷属です真白と紡の神社日誌】        ―葵禁忌のはじまり ―【過去編】

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あたたかいお茶と、帰りを待つ祈り

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

(人´∀`).☆.。.:*・゜

今回は、物語の少し過去――

まだ「勝利」が信じられていた頃のお話です。


雫と、幼馴染の少女が向き合う、

静かで、けれど重たい時間を描きました。


最後までお付き合いいただけましたら嬉しいです。



――八十五年前。

そこから、二年の月日が流れていた。


しずく

あおい様! 日本軍はまた勝利したようですね!」


しずくは興奮した様子で、

葵のもとへ駆け寄り、新聞を差し出した。


その紙面には、

大きな見出しでこう踊っている。


――「我が軍、南方にて奮戦中

   敵に大打撃を与えた」


「きっと、兄やお父様も……

 お国のために、頑張っていらっしゃるのですよね!」


希望に満ちたその声に、

葵は一瞬だけ、言葉を失った。


(……本当に、戦況が良いのなら)


そうであれば――

雫の兄も、父も、

今なお召集され続けているはずがない。


だが、その違和感を、

葵は口にしなかった。


雫が信じているものを、

今この場で否定する理由は、

どこにもなかったからだ。


「……ああ、そうだね。

 きっと、懸命に務めを果たしているはずだ」


その言葉に、

雫はぱっと顔を明るくし、

満足そうに何度も頷いた。


「はい!

 私も、もっとしっかりお務めしなくてはですね!」


そう言い残して、

雫は境内の奥へと駆けていった。


その背中が見えなくなった頃――


静音が、

幼い澪斗の手を引いて姿を現した。


静音しずね

「……兄様?

 どうなさいましたか。

 ずいぶん、難しいお顔をなさっていますが」


葵は、しばらく黙ったまま、

先ほど雫が持っていた新聞の方向へ

視線を落とす。


そして、低く静かな声で言った。


「……静音。

 今の話、聞いていたかい」


静音

「ええ。

 雫が新聞を持ってきていましたね」


「戦況が本当に優勢なら……

 なぜ、雫の兄や父上は、

 今も召集されたままなんだ?」


静音は、はっと息を呑んだ。


葵は言葉を続ける。


「最近、配給は明らかに減ってきている。

 米も、手に入りにくくなった」


「町からは、

 男たちが次々と姿を消していく」


「学校では、

 学びの時間よりも、

 軍事訓練が増えていると聞く」


ひとつ、またひとつ。

積み重なる現実を、

葵は静音へと突きつけた。


「……これが、

 “勝っている戦”の姿だとは、

 どうしても思えない」


静音は、

澪斗の小さな手をぎゅっと握りしめたまま、

言葉を失っていた。


境内には、

いつもと変わらぬ風が吹いている。


それでも――


確かに、

何かが静かに歪み始めていた。



そんな葵と静音の、

重苦しい沈黙を破ったのは澪斗だった。


澪斗みなと

「葵兄さん!

 今日は僕に幻術を教えてくれるお約束です!」


「ただでさえ雫様に付きっきりで、

 僕の相手は雫様のお勤めの間だけなんですから!」


幼い末の弟からの抗議の言葉に、

葵は思わず、くすりと笑いをこぼした。


「ははっ、それはすまなかった」


「では澪斗、

 今日は幻術よりも先に、

 治癒術の修行にしようか」


澪斗

「幻術ではなくて、ですか?

 なぜですか?」


「僕は兄様と同じ、

 幻術が得意になりたいのですが!」


「この間、お前を見ていて思ったのだけどね」


「お前は幻術よりも、

 治癒術のほうが、

 とてもうまく出来ていた」


「だから、そちらを修行したほうが

 いいと思ってね」


「それに、

 これから戦争の影響で、

 傷つく人の子たちも

 出てくるかもしれない」


「その時に、

 治癒術が使える者は、

 多いほうがいいからね」


澪斗

「……戦争は、

 日本軍が勝つのではないのですか?」


「勝つかどうかは、

 軍人さん達にしか分からない」


「だけど、

 いつこの龍神の地の者が

 被害にあっても大丈夫なように」


「澪斗にも、

 治癒術を覚えてもらいたいんだ」


「どうだろう。

 兄様の頼み、

 聞いてくれるか?」


澪斗

「……他ならぬ兄様の頼みです!」


「この澪斗、

 治癒術を使いこなせるように

 頑張ります!」



――


朝のお勤めを終えた雫は境内の掃除に取り掛かろうと箒を手に本殿に足を踏み入れていた。


そこには先客がおり、少女が涙ながらに必死に本殿に祈りを捧げていた…


それは雫の幼馴染の少女だった…


「えっ…さっちゃん…?!」


雫は少女の元へ駆け寄り声をかける


「さっちゃん!!どうしたの?」


雫の声は、

さっちゃんの耳には届かなかった。


さっちゃんは、

何度も、何度も、柏手を打つ。


その指先は赤く、

声はかすれている。


「……龍神様……」

「お願いです……」


「お父さんを……

 無事に、帰してください……お願いです…っ…」



さっちゃんは反応も示さぬまま、

また柏手を打とうと、

震える手を持ち上げる。


――その瞬間。


雫は、

その手を、ぎゅっと両手で包み込んだ。


「……さっちゃん」


ぴたり、と

柏手が止まる。


初めて、

さっちゃんの動きが途切れた。


ゆっくりと、

焦点の合わなかった瞳が雫を映す。


その目を見た途端――


さっちゃんの表情が、

くしゃりと崩れた。


「……っ……」


声にならない嗚咽が漏れ、

力の抜けた身体が、

そのまま雫へと崩れ落ちる。


「……帰ってくるって……

 言ってたのに……」


しがみつく指先は、

雫の袖を強く掴み、

離れようとしなかった。


しがみついた指先から1枚の紙が落ちる


そこには、


『艦長トシテ

終始沈着ニ部下ヲ指揮シ

皇国海軍将校ノ模範トナル行動ヲ示シ

遂ニ戦死セラレタリ』


と書かれた遺族に送られる戦死公報だった。

境内に、

さっちゃんの泣き声だけが、

長く響いていた。



やがて――

雫は、そっとさっちゃんの背を撫でながら、静かに声をかけた。


「……ここは、寒いよね。

 私の部屋へ行きましょう」


返事はなかった。

けれど、拒む力も、もう残っていなかった。


雫は、さっちゃんの肩を抱き、

その身を支えながら、

ゆっくりと社務所の奥へと歩いた。



雫の部屋には、

沸かされたばかりの湯の音と、

ほのかな茶葉の香りが満ちていた。


(葵様がお湯沸かしてくれたのかな?)



畳に座っても、

さっちゃんは、ただ虚ろに俯いたままだった。


雫は、さっちゃんと自分の分の茶を淹れ、

湯呑をそっと差し出す。


さっちゃんの手は、

まだ小刻みに震えている。


「……熱いから、

 ゆっくり飲んで……」


湯呑に口をつけ、

少しずつ、少しずつ。


温かさが喉を通るたび、

さっちゃんの呼吸は、わずかに落ち着いていった。


やがて――

ぽつり、ぽつりと。

胸の奥に溜め込んでいた言葉が、

こぼれ落ちるように、語られはじめる。



――今日の朝。

さっちゃんの家に届いたという、

一枚の紙。


――戦死公報。


けれど、

さっちゃんには、

それがどうしても信じられなかった。


信じてしまえば、

何かが壊れてしまう気がして。


昨日まで、

新聞には

「我が軍、優勢」と

書かれていたのだから。


立派な戦艦に乗っていると、

お母さんが、少し誇らしそうに言っていたのだから。


それなのに――


「戦死」だなんて。


そんなの、

間違いに決まっている。




さっちゃん

「だから私、龍神様にお願いに来たんだ……

 お父様が、無事に帰ってきてくれますようにって」


そう言って、

さっちゃんは湯呑を両手で包み込んだまま、

小さく笑おうとした。


雫は、その笑顔を見つめながら、

何も言えずに唇を噛んだ。


――「きっと大丈夫」

――「帰ってくるよ」


そんな言葉を、

軽々しく口にしてはいけない気がして、

雫は黙り込んでしまった。


さっちゃんの願いが、

あまりにも必死で、

あまりにも純粋だったから。


雫の胸の奥に、

重たい感情が、静かに沈んでいく。


(……本当に、無事なのだろうか)


ふと、

自分の父の顔が浮かぶ。


兄の、笑った横顔が浮かぶ。


(お父様も……兄も……)


新聞に書かれた

「勝利」の文字。


それを信じてきたはずなのに、

さっちゃんの涙を見てしまった今、

その文字が、

急に遠く、頼りないものに思えてくる。


(もし……)

(もし、本当は……)


雫は、

それ以上考えることを、

必死で押しとどめた。


今は、

目の前で震えている

この小さな背中を、

支えなければならない。


雫はそっと、

さっちゃんの湯呑に手を添え、

温もりを伝えるように包み込んだ。


「……お茶あったかくて美味しいでしょ…」


その一言だけが、

今の雫に言えた、

精一杯の言葉だった。


さっちゃん

「……うん。美味しいね……

 雫ちゃん、ありがとう……」


湯呑を口に運びながら、

さっちゃんは小さく、そう呟いた。


その声には、

先ほどまでの切迫した響きはなく、

ほんのわずかに、力が戻ってきているようだった。


それから先、

二人は――

あの一枚の紙のことには、

互いに触れなかった。


境内でのこと。

昔、一緒に遊んだこと。

さっちゃんの家の猫の話。


取り留めのない、

けれど確かに“日常”の話を、

ぽつり、ぽつりと交わしながら、

時間は静かに流れていった。


その様子を、

少し離れた場所から見守っていた葵は、

雫の表情がようやく和らいだのを見て、

そっと息を吐いた。


(……よかった)



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


「祈ることしかできなかった時代」の中で、

それでも誰かを思い、寄り添おうとした

小さな心の揺れを書きたかった章です。


雫にとっても、

この出来事は後の物語へ

静かに影を落としていきます。


また次回も、

眷属たちの時間を見守っていただけたら幸いです。

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