穏やかな帰還と、足りない影
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
語るには少し、重たい話。
触れれば、心が揺れてしまう話。
今回は、
その入口に立つ回となります。
どうか、静かに、
耳を傾けていただけましたら幸いです。(´・ω・)
優羽
「申し訳ございません……
皆さんの足を引っ張ったうえに、寝ぼけるなんて……
不覚です……」
そう言って、優羽はきゅっと拳を握りしめた。
目を覚ましたばかりの身体はまだ重く、
自分が倒れていた間に起きた出来事を思うと、
守るべき場面で立っていられなかった自分が、ひどく腹立たしかった。
優羽
「……それで。
紡と、蒼さんは……?」
その問いに、場の空気が一瞬だけ張りつめる。
縁は、視線をあの扉のあった方向へ向け、
小さく息を吐いてから答えた。
縁
「あの扉の向こうにいるのは、確かなんだけどね……」
そう前置きして、
縁は言葉を選ぶように、ほんの少し間を置いた。
縁
「禁忌の眷属の結界が張られてて……
今の僕たちじゃ、中には入れないんだ」
優羽
「でも……紡は、主神様の御守を持っていたはずですよね?
それなのに、どうして悪鬼に連れて行かれてしまったんでしょうか……?」
縁は、少し困ったように眉を下げ、
優羽へと静かな視線を向けた。
一度、小さく息を吐き、
気持ちを落ち着かせるようにしてから、
言葉を選びつつ、口を開く。
縁
「それはね……この土地が、龍神に守護された地だからだよ。
その龍神の力を借りている悪鬼のほうが、
一時的に、主神様の御守の加護を上回ってしまったんだと思う。
御守はあくまで、
豊穣の地の加護を補助するものだからね」
縁は穏やかな口調のまま、
けれどはっきりと続ける。
縁
「ただ――主神様の加護そのものは、
確かに発動していたよ。
だから紡くんは、
悪鬼に憑かれたり、
支配されたりはしていない。
光の防壁ごと連れ去られてしまっただけだ。
そこは……安心して大丈夫だよ」
優羽
「……ですが、
御守の加護も、
無限ではありませんよね……」
そう呟いて、
優羽はぎゅっと拳を握りしめた。
優羽
「すみません……。
昨日、菖蒲姉様に忠告されたばかりなのに……」
縁の話を聞くほどに、
優羽の胸には後悔が積もっていく。
自分の軽率さが、
皆を、そして紡を危険に晒したのではないか――
その思いが、胸を強く締めつけていた。
その様子を見ていた火の童子は、
腕を組み、しばし黙り込む。
そして、ぽつりと口を開いた。
火の童子
「せやけど……なんで蒼と紡やったんや?」
視線を伏せたまま、
思考を整理するように、言葉を継ぐ。
「真白が欲しかったんやろ?
それなら、たまたま居合わせた
同じ権能の紡が攫われたんは……
まぁ……なんとなく分かる」
そこでふっと顔を上げ、
周囲を見渡しながら、強く首をかしげた。
「せやけど――
なんで、蒼まで欲しがったんや?」
静音
「そばにいたからでしょうか?」
縁
「うーん、違う気がする……
葵くんは、あの時確かに“青い焔”って言ってた。
それに――」
縁は一瞬、言葉を探すように視線を伏せてから、
そっと静音を見る。
縁
「さっき葵くんに聞いてた“あの者”……
もしかしたら、それと関係があって、
蒼くんも欲しがったんじゃないかな。
静音……
聞いても、いい?」
静音は、すぐには答えなかった。
一度、唇をきゅっと結び、
少しだけ気まずそうに縁から視線を逸らす。
その沈黙が、
この話題の重さを物語っていた。
静音は、胸の奥で一度だけ息を整えた。
その視線には、迷いと覚悟が入り混じっている。
静音
「……少し、長い話になります」
その声は低く、
けれど、はっきりとしていた。
静音
「そして……
それは、私たち眷属にとって、
守りたかったものを守れなかった、
とても切なく、悲しい話です。
ですから……
葵兄様の想いに触れてしまい、
皆さんの中に、迷いが生まれてしまうかもしれません……」
そう前置きすると、
静音は一度だけ視線を伏せ、
胸の前で、そっと指を握りしめた。
言葉にすれば、
この場の空気が変わってしまう。
それを、誰よりも分かっているからこそ――
ほんのわずかな沈黙が、落とされた。
やがて、
静音は静かに息を吸い、
ゆっくりと顔を上げる。
静音
「それでも……
今は、皆さんに話すべきことなのかもしれません……」
その声は低く、
けれど、はっきりとした決意を帯びていた。
逃げることも、
伏せることもできたはずの真実を、
あえて口にする――
そんな覚悟が、そこに滲んでいた。
静音
「兄様が執着している“あの者”と……
蒼くん、そして紡くんが攫われた理由――」
一拍、間を置いてから、
静音は縁のほうへ視線を向ける。
静音
「……縁様のおっしゃる通り、
そこには、確かに関係があるやも知れません……」
優羽
「それなら、一度豊穣神社に戻りませんか?
役に立たなかった私が言うのもなんですが……
ここにいても、進展は難しそうですし……」
少しだけ俯きながらも、
優羽は皆の顔を見渡してそう提案した。
火の童子
「せやな。
優羽の言う通りや。
一度、豊穣神社に戻ってから
体勢を立て直すんが一番ええ」
そう言って火の童子は踵を返し、
歩き出そうとする。
それに続くように、
静音と優羽も足を動かしかけた――その時。
縁
「……四名くらいなら……大丈夫かな。
うん」
独り言のように呟きながら、
縁は足元へと視線を落とす。
火の童子
「縁は、なにをぶつぶつ――」
小言を言いかけた、その瞬間だった。
縁は何も告げることなく、
静かに神気を解き放つ。
次の瞬間、
皆の足元に、淡い光を帯びた五芒星陣が広がった。
床に描かれた陣は、
音もなく脈打つように輝きを増していく。
静音、火の童子、優羽は、
その意味を察したかのように、
誰一人として動こうとしなかった。
――ただ一人。
大和だけが、
事態を飲み込めないまま目を見開く。
大和
「え……?」
何が起こるのか分からず、
反射的に隣にいた火の童子の腕へと手を伸ばす。
その指先が、
ぎゅっと布を掴んだ。
火の童子は大和を見ると、
一瞬だけ驚いたように目を細め――
すぐに、にやりと笑った。
火の童子
「なんや大和……
幼子の頃に戻ったみたいやな」
からかうような声音だったが、
その腕は、振りほどかれることなく、
その言葉に言い返そうとした――
まさに、その瞬間。
視界が、白に染まった。
目を開けていられないほどの眩い光に包まれ、
大和は思わず強く目を閉じる。
耳鳴りのような感覚と、
足元が消えるような浮遊感が、
身体の芯を揺さぶる。
世界が、遠のいていく――
そして。
火の童子
「ほれ大和。
もう目ぇ開けても、大丈夫やでぇ」
からかうようでいて、
どこか落ち着いたその声に導かれるように、
大和は、そっと瞼を開いた。
次の瞬間――
空気が、明らかに違っていた。
そこにあったのは、
見慣れた豊穣神社の境内と、
静かに佇む御神木、
そして――
そこにいるだけで、不思議と胸が落ち着く、
真白の穏やかな姿だった。
真白
「お帰りなさいませ、皆さん……」
御神木の傍らに立つ真白は、
いつものように穏やかな微笑みを浮かべ、
静かに頭を下げた。
その存在だけで、
場に満ちていた緊張が、
ゆるやかにほどけていく。
だが――
真白の視線が、
一瞬、宙を彷徨った。
真白
「……おや?」
数を確かめるように、
一人ひとりを見渡してから、
小さく息を整える。
真白
「……では、ないようですね」
真白の言葉に、
静音はそっと視線を伏せた。
優羽は何も言わず、拳を握りしめていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ようやく戻った豊穣神社――
けれど、全員ではありませんでした…(。•́︿•̀。)
引き続き、見守っていただけたら幸いです。




