【後編】【夕暮れ神社の飴玉】
夕暮れの神社で出会ったのは、少し寂しそうな少年・優くん。
真白と紡ぎが見守る中、親子の絆がもう一度結び直されていきます。
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優君が声をかけてきた瞬間、優の胸の奥に微かな負の気配を感じた。
「こんなに遅くまで遊んでいて、ご両親が心配するんじゃないかい?」
真白は穏やかな声で尋ねる。
「家、お父さんしかいなくて……お父さん、いつも帰りが遅いから……」
言葉が詰まり、少し俯き加減で手のひらを握る。
「でも今日は……昨日お父さんとケンカしちゃって……お父さんに酷いこと言っちゃって……
だから神様にお父さんと仲直り出来るようにお願いしたんです…」
(あぁ……だから後悔の匂いがあるんだな……)
真白は微笑みながら、優君に気づかれないように背中に手を当て浄化の気を込めつつ、縁側へと案内した。
優君は少し戸惑いながらも、案内されるまま縁側に腰を下ろす。
夕暮れの柔らかい光が二人を包み、庭の静けさが心を落ち着かせる。
真白は優しく問いかけた。
「……どんなことがあったのですか?」
「いつもお父さん、帰ってきてからすぐご飯作ったり洗濯したりしてるんだ。
だから僕、手伝おうと思ったんだけど……」
真白は静かにうなずきながら、優しく続きをうながす。
「なのに…お父さんは、すぐ“宿題は終わったのか”“明日の準備はできたのか”って言うんだ。
僕、まだ終わってないときもあるから……そしたら“手伝うより先に自分のことをやりなさい”って言われて……それに僕…何だか最近イライラしちゃって…」
優君は少しうつむき、拳をぎゅっと握った。
「それで、つい……“もうグチグチうるさいから、お父さんのこと嫌いなんだよ!”って言っちゃったんだ。」
真白はただ静かにうなずいた。
「……優君は、本当はお父さんのこと、手伝って、助けてあげたかったんですね…」
「うん……でも、言いすぎちゃったんだ。」
優君の声は少し震えていた。
「仲直りは、できたのですか?」
「ううん……ごめんなさい言えないままで。
昨日あんなこと言ったのに、お父さん、今日も朝起こしてくれて、ごはんも作ってくれたのに……。
でも、あんまり喋ってくれなくて……。」
優君の目に涙が浮かぶ。
真白はそっと微笑んで言った。
「優君は、ちゃんとお父さんを傷つけちゃったって分かってるんだね。」
「……うん。」
小さく頷くと、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
真白は優しくその涙を見守りながら、静かに言葉を添えた。
「大丈夫。お父さんは、優君が本気で“嫌い”なんて言ったわけじゃないって、きっと分かってると思いますよ。」
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「……ほんとに、そう思ってくれてるかな……」
優の問いかけに、真白はただ静かに微笑んだ。
その沈黙の中に、どこか温かな確信が宿っていた。
その時、縁側の奥の方から軽やかな声が響いた。
「真白様〜、お聞きしたいことが――あっ! お客様でしたか、申し訳ありません!」
真白は小さく笑って振り向く。
「大丈夫だよ、紡。」
そして穏やかに続けた。
「丁度よかった。頼みたいことがあるんだ。
僕の卓の上に琥珀糖の飴玉があるだろう? それを持ってきてくれるかい?」
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「承知いたしました! すぐにお持ちしますね!」
ぱたぱたと軽い足音を立てながら、紡は廊下の奥へと駆けていった。
優君が少し気まずそうにうつむいて、
「ごめんなさい、お仕事中だったのに……」と呟くと、
真白は首を横に振り、やわらかく微笑んだ。
「いいえ、気にしないでいいのですよ。
優君はいつも、学校へ行く時に必ず挨拶してくれますよね。
実はね、あの挨拶にいつも元気をもらっているんです。」
その時、ぱたぱたと戻ってくる足音がして、紡が息を弾ませながら姿を見せた。
「お待たせしました! 琥珀糖の飴玉、こちらにございます!」
真白は「ありがとう」と言って飴を受け取り、優君の方へとそっと差し出した。
「悲しい時は、甘いものを食べると落ち着きますよ。」
そう言って飴玉を渡すと、優君は包みを開けて、ゆっくりと飴玉を見つめると口に運んだ。
透きとおる琥珀色の飴は、夕暮れの光を反射してキラリと輝いた。
口の中に甘さが広がると、胸の奥にあった痛みが、ほんの少しずつ溶けていくような気がした。
「……あまい……」
「その飴にはね、ちょっとした“おまじない”があるんです。」
「おまじない……?」
「心が素直になるおまじないですよ。」
優君はゆっくり頷きながら、飴玉を転がす。
ほんのりした甘みの中に、不思議と涙の味が混じったような気がして、
頬を伝う雫をそっと指でぬぐった。
「……お父さんにも、この飴あげたいな……」
小さくつぶやいた声は、夕暮れの風に溶けていった。
真白はその言葉に穏やかにうなずいた。
「お父さんもね、きっと今日、優君のことを思い出しているはずです。」
その言葉を聞いた瞬間、優は胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。
さっきまで締めつけられていたような苦しさが、いつの間にかどこかへ消えている。
「……なんだろ……もう、苦しくないや……」
優は小さく呟き、目を細めて夕空を見上げた。
茜色の光が、まるで心の中まで染み込むように温かかった。
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「さぁ、優君。そろそろお家へ帰らないと、暗くなってしまいますよ。」
優くんは小さく「……うん」と答え、立ち上がった。
真白と紡に飴のお礼を言うと、三人で鳥居の方へと歩き出す。
夕暮れの光に照らされた石畳を、三人は他愛もない話をしながら進んでいった。
その時間が、まるで穏やかな夢のように感じられた。
「それでは、優君。気をつけて帰ってくださいね。」
「真白さん、紡さん。今日はありがとうございました。……また来てもいいですか?」
真白は優しく微笑んでうなずいた。
「ええ、いつでも来て大丈夫ですよ。」
優が嬉しそうに笑い鳥居の方へと向かう。
そのとき――鳥居の向こうを、一人の男性がゆっくりと横切っていくのが見えた。
その瞬間、優君が大きな声で呼び止めた。
「お父さん!!!」
呼ばれた声に振り向いた男性は、驚いた表情を浮かべて駆け寄ってきた。
「優じゃないか、神社にいるなんて……何かお願い事でもあったのか?」
優は泣きそうになりながらも、必死に笑顔を作った。
「うん……お父さんと仲直りしたいって、お願いしてたの。」
そして小さく震える声で続けた。
「ごめんね……昨日、ひどいこと言って……」
お父さんは少し驚いたように目を見開いたが、
すぐに穏やかに目を細めて、優の肩に手を置いた。
「……あぁ、俺こそごめんな。……」
その言葉を聞いた瞬間、優の胸の奥で何かが溶けて消えていった。
気づけば、頬を伝う涙が止まらない。
お父さんはその小さな体をそっと抱きしめた。
「もういいんだ。帰ろう、優。」
「うん……」
真白は静かにその様子を見つめ、そっと袖の中から飴玉をもうひとつ取り出した。
「これは、お父さんの分です。どうぞ。」
優君は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに受け取って、
「ありがとう!」と笑顔を見せた。
優君のお父さんもその様子を見て、真白と紡ぎに深く頭を下げた。
「……息子がお世話になりました。本当に、ありがとうございました。」
真白は静かに微笑んだ。
「いいえ。優君の心が素直に動いたのは、お父様への想いがまっすぐだからですよ。」
紡ぎも柔らかく続けた。
「どうかこれからは、たくさんお話をしてあげてくださいね。」
「……本当に、その通りですね。ありがとうございます。」
その小さな手の中で、飴玉が夕日を受けてキラリと光る。
父と子の背中がゆっくりと鳥居の向こうへ消えていく。
そのあとも、夕風が境内を渡り、木々の葉がさらさらと音を立てていた。
真白は静かに目を閉じ、小さく呟いた。
「……きっともう大丈夫ですね。」
その声を合図にしたように、遠くで鈴の音がひとつ、静かに鳴った。
「真白様〜」
隣で紡がほっと息をつきながら、にこりと笑う。
「優くん、とっても素直でいい子でしたね。
……ところで真白様、あの琥珀糖、もう残ってたりしませんよね?」
「……え?」
真白が目を瞬かせると、紡の口元に小さな琥珀糖のかけらが光っていた。
本人は気づかぬまま、手を背中に回してそっと隠す。
「ちょっと味見を……してみたくて……」
「また勝手に食べましたね?」
「だ、だって“素直になれる”おまじないがあるって……気になっちゃって!」
真白は小さくため息をつきながらも、口元に微笑を浮かべた。
「……仕方ありませんね。では今度、紡専用に“反省できる飴”でも作りましょうか。」
「えぇぇ!? それは甘くないやつですか!?」
真白は小さく笑い、夕空を見上げた。
「さぁ、片付けをしましょうか。」
朱に染まる空の下、風が二人の笑い声を運んでいった。
今日もまた、神社にひとつ、小さな奇跡が生まれたようだった。
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最後までお読みいただきありがとうございました 今回は反抗期のせいで素直になれないそんな優君と真白さんと紡君の物語でした(*´∀`*)
面白く読んでいただけたら幸いです。




